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死神の娘  作者: 正木花南
10/20

baroque -2-

 白花は一歩、汀に近づく。せき込みながらもその気配を察した汀は座ったまま後ずさる。


 「なら教えてやろう。猫の周囲には外つ国の理を織り込んだ結界が構築されている。俺は外つ国の理を追うことも近づくこともできない。だからあんたに猫を呼べと言ったんだ……あんたと出会ったのは偶然だが」


 言葉を切った白花は膝をついて汀に目線を合わせると笑う。青花とは異なりはっきりとした笑顔だが何かがおかしい、そんなことを汀は思った。


 「その結界、あんたにも適用していればこんな目に遭わずに済んだのにな……そう思わないか? それに、助けに来る気配すらない。あれはああいうモノだ。哀れむ価値なんかない。あれに悲しむなんて感情があるはずもない。あんた、騙されてるんだ」


 違う、と言おうとしたが声がうまく出ずにせき込んでしまう。肺が痛い。胸のあたりを掴んで、汀はそれでも白花から目をそらさずにいた。


 「捧げられた贄にそこまでの労力をかける気はないんだろ。ずっと一人だったっていうが、あれは好きで一人でいるんだ。これからだって一人でいるだろうよ……」


 贄という言葉にリネンでの会話を思い出す。友近と青花が教えてくれた自分のルーツ。汀の先祖はおそらく生け贄であったのだろう、という話。そして続けられることがなかった友近の言葉。

 なぜ、友近が青花を見て笑ったのかわかった気がする。友近は、汀が青花に与えられた供物だと言いたかったのではないか。どんないきさつで青花が助手を求めたのかは知らないが、少なくとも陰陽寮は青花の要求に応えて人間を探し、汀を選んだ……供物として。

 それならそれで良かった。白花の言うように騙されていても、いつか青花に喰われてしまうとしてもかまわなかった。覚悟はすでにできていた。ただ、青花の傍から離れるという覚悟だけができていない。

 汀が知る青花は優しかったから。


 「私は、哀れんでなんていない。ただ傍にいたいって思っただけ」


 まるで自分の思いを再確認するかのように汀は呟く。

 白花は何かを言いかけたが口を閉ざした。深く呼吸をした汀は喉と肺の痛みに思わず目を閉じた。熱がひどくなっているのかひどいめまいがする。

 しばらくの沈黙の後、白花が絞り出すように呟いた。


 「……俺だって一人だった」


 何の前触れもなく伸ばされた手に肩を掴まれ、汀は逃げようとした。しかし背後には壁がありこれ以上逃げることができない。


 「猫には主の体と命が残された。でも俺には何もない。何もなかった。ずっと一人だった。これからも一人だ……どうして猫にばかり、与えられるんだ」


 静かだが悲痛な言葉とは異なり、白花は笑っていた。そのアンバランスな様子にぞっとして汀は白花の手を振り払おうともがく。しかし肩を掴む手がはずれることはなかった。


 「俺が欲しいと思ったものは全部猫に与えられる。主も、あんたも――主はもういないけど、あんたはここにいる。だから猫を殺す」


 恐ろしいほど澄んだ白花の赤い瞳が汀の目を見つめる。もがいていた汀は最後の言葉に動きを止めた。きっと白花には何を言っても通じない。何を話しても結局は青花を殺すという選択肢しかないのだ。

 それだけはやめてほしい。白花を止めなければと思い、汀は今の自分に何ができるのかを考えた。


 「猫を呼べ」

 「――待って」


 声が重なり、白花はようやく笑みを消す。

 汀はかすれる声を必死になって絞り出した。


 「私が、一緒にいればいいの?」


 白花は何を言われているのかわからないとでも言うようにゆっくりと首を傾げる。汀は深呼吸を一つすると一瞬だけ目を閉じた。

 君はどこへ行く、と青花が呟いた言葉が聞こえたような気がした。


 「あなたと一緒にいけば、青花さんを殺そうなんて思わないの?」


 ――覚悟はできた。

 汀の言葉に白花は驚いたように瞬きをすると顔を伏せる。


 「……あんたの手は、昔を思い出す」


 白花が覆い被さるように抱きついてくる。汀は逃げずに白花の腕の中で目を閉じた。冷え切った体に白花の体温が穏やかに伝わる。


 「一人は、嫌だ」


 小さな、かすかなつぶやきが聞こえる。

 白花も悲しかったのだと思い、それでも汀は青花の事を考えていた。暖かな指が顔に触れ、頬を撫でていく。

 汀は青花に別れを告げることができない事を残念に思った。こんなことになるのなら、返ってくる答えがわかっていても思いを伝えていれば良かった、とも。

 残るのは後悔ばかりだ。けれどしかたがない。

 いつかは別れなければならなかった。それが少し早くなった、ただそれだけの話だ。


 「もう眠りたい」


 指先が唇に触れてしばらくしてから白花が唇を合わせてきた。青花は体に触れたけれど、キスはしなかった。そんなつまらない事を思い出した瞬間、体の奥底から湧き出るような寒気に襲われて汀は目を見開く。

 白花は泣いていた。


 「あんたから猫の気配を消す。それで――猫のことは忘れる」


 がたがたと震える汀を抱き寄せた白花は髪を撫でる。次第に薄れる意識の中で汀は青年の幻を見た。

 見慣れた青花の姿……しかし何かが違う。

 青年は汀に気づくと申し訳なさそうに笑って囁く。

 ごめんね。もう少し、待ってやって――



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