*女としてちょっと凹みます
ダーウィンの中心から少し離れた静かな住宅地──他の家と変わらない一軒家の前に車は止まる。ガレージのシャッターが自動で開き、吸い込まれるように静かに入った。
ガレージの後ろにある別の扉から出て、玄関に足を向ける。
キーを出すのかと思ったら、ドアの取っ手を掴んで数秒後、カチリ……という音が微かにしてドアが開いた。
「?」
どういうシステムなのこれ? 首をかしげてドアの取っ手をマジマジとのぞき込む彼女に小さく笑って応える。
「指紋認証だよ」
これも世間には出回っていない新しいシステムらしく、いちいち別の画面に手を当てる必要が無くて便利そうだ。
「ああ、買い物に行かねばな」
思い出したように発した。
「え?」
「腹が減ったろう」
近くにマーケットがあるらしくて、2人は買い出しに出かけた。
歩いて10分くらいの処に、ブラウンの煉瓦造りの建物が大きな駐車場を眼下にそびえている。
その駐車場に負けないくらい大きなスーパーマーケットが建っていた。自動ドアをくぐり、彼はカートを手にする。
どんな姿も様になるなぁ……と、手際よく食材をカートに入れていくその姿を彼女はじっと眺めた。
「食べたいものはあるか」
「えっ!? い、いいえ特には……」
そこでハタと気がつく。
そういえばカートに入れてるのって全部、食材よね。というコトは……自分で作るってこと?
もしかして、あたしに期待してたらどうしよう!? 作れないワケじゃないけど、料理が得意ってほどでもないよ!
「どうした」
「! う、ううん。なんでもない!」
ひと通りの食材を買い終えて帰路に着く。彼は持ってきていたバッグに食材を詰めて、たすきがけにしていた。
何かある時のために両手は常に開けておくんだとか。それを聞いた彼女は「なるほど」と感心した。
店から出て信号待ちのあいだ、その横顔を見つめる。
小さな風にもなびく金色のショートヘア、上品だけどエラそうには見えない振る舞いと輝くエメラルドの瞳──いつまでも見つめていたい衝動にかられる。
家に戻り食材を冷蔵庫などに仕舞っていく。
綺麗に整頓されたキッチンと、そこからつながっているリビングルーム。40インチのLEDテレビが、品の良いソファとリビングテーブルの前に置かれていた。
カウンターキッチンの前にはキッチンテーブル、彼女はダイニングキッチンとリビングを交互に見やる。
「! あ、それ……」
「ん?」
冷蔵庫から取り出した食材に反応して応える。
「パエリア……父が得意だった」
並べられている魚介類を見つめて懐かしい声を上げた。
「! ほう」
彼女の言葉に目を細めて殻の付いたホタテを手に取る。
「なるほど」
彼は小さくつぶやいて微笑んだ。
あたしはこのとき初めて知った。いつも「美味しい!」と言って食べていた父さん自慢のパエリアは、ベリルさん直伝の料理だったコトに……
「父は、本当にあなたのコトが好きだったんですね」
「私を息子のように思ってくれていたよ」
「じゃあ父は子どもから料理を教わったの?」
それを聞いた彼が「! そうなるのか」と小さく笑みをこぼした。
「……」
手際よく調理していく様子を呆然と見つめて、良かった名乗り出なくて。どう考えてもあたしの方がヘタだわ……と胸をなで下ろす。
無駄のない動きに見とれているあいだにパエリアは完成した。正確に言えばパエリアが完成する間に別の料理も作っていたのだが。
パエリアと買ってきたバケット、コーンスープにグリーンサラダがテーブルの上に置かれ食事が始まった。
予想通り、彼の食べ方る姿は上品だった。傭兵というのが未だに信じられない。
「……」
パエリアに父さんを思い出す。ああ、そうだ。この味父さんの味だ……嬉しくて口元がゆるむ。
きっと父さんはこれを覚えるのに大変だったんだろうな、だってパエリアだけは美味しかったんだもの。
食事が終わり、リビングでテレビを観ている彼女の前に出されたものは……
「!」
料理の合間に作っていたマロンムースだ。
「ありがとう」
ニコリと微笑みで応え、彼はブランデーを手にソファに腰を落とす。
「……」
料理だけじゃなくて甘いモノまで作れるなんて反則だわ……ムースを口に運びながらテレビを視界に捉えて薄笑いを浮かべた。
ムースと一緒に運ばれた紅茶を傾けていた彼女に、琥珀色の液体をひと口味わい問いかける。
「傭兵に関する事は教わっているか」
「あ、うん。格闘術も少し」
そうだった、あたしは彼の弟子になりたいって言ってここにいるんだ。
しばらくして、彼女を廊下の突き当たりに促した。
「ちょっとコツが必要でね」
言って、突き当たりの床に左足のかかとをコン! とぶつける。
「あ!?」
シャッ! という音と共に床の一部がスライドして現れたのは、下に続く階段。
「……」
恐る恐るソ~……っとのぞき込んだ。
「騒音対策だ」
笑みを浮かべて降りていくその後に続いて降りていくと、広い空間が彼女を迎えた。
敷地一杯を使って地下の空間が作られている。トレーニングマシンや道場、防音ガラスの試射室まで完備されていた。
「格闘術は何を学んでいた」
「マーシャル・アーツです」
それを聞いて「ふむ……」と思案しながらどこかに向かった。
「?」
しばらく待っていると、戻ってきた手に持っている布を手渡される。
「着替えは向こうで」
「はい」
どうやらそれはトレーニング用の服らしい。





