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*女たちの無言の闘い

 ベリルさんが来るまで外食だと思っていたけれど、メアリーおばさんが夕食に招待してくれたりしてあたしは楽しく過ごしていた。

 しばらく留守にするから、ご近所のみんなにはそれを知らせて友達とも当分は会えないコトも伝えて……携帯には友達や知り合いから励ましのメールがいくつか送られて来る。

「!」

 それであたしは思い出した。ベリルさんは一度もあたしに慰めるような言葉は言わなかったコトを……それに別段なんとも思ってなかったけれどいま思えば、あれこそが彼の優しさだったのかもしれない。

 周りから言われ慣れた言葉を今更、誰が聞きたいだろうか。ましてや、父を死に追いやった人間から……知らない人から紡がれる慰めの言葉を、素直に聞くコトが出来ただろうか?

 あの時に言われていたら、あたしはきっと彼を「人殺し」と罵倒したかもしれない……そんなあたしを、父さんは喜ぶだろうか。悲しい瞳で見つめる父さんの姿が脳裏に浮かぶ。


 2週間が経ち──

「……」

 ソフィアの家のリビングでベリルは無言で立っていた。彼女の決意が、訊かなくてもその家の様子から見て取れる。

「はぁ~」

 深い溜息を吐き出し、スーツケースを持っている彼女に向き直った。

「特別扱いはしない」

「解ってます」

 決心の揺るがない彼女を一瞥してスーツケースを持ち玄関に向かう。それに軽く礼を言い彼のあとに続いた。

「しばらくお別れね」

 玄関のドアに鍵をかけ、ゆっくりと見上げた。目に焼き付けるようにしばらく眺めて体を反転させる。

「!」

 その目にオレンジレッドのピックアップトラックが飛び込んできた。

「これ……ベリルさんの車?」

「そうだ」

 ジープとか四駆とか乗ってるのかと思ってた。

 後部座席にスーツケースを乗せて、彼女は助手席に乗り込む。

「!」

 カーナビのある部分に目が留まった。カーナビと、そこにあるくぼみなどが気になってまじまじと見つめる。

「……?」

 初めて見る形の機械だ……

「いつか使い方を知る時が来る」

 ベリルはクスッと笑った。

 そうしてシートベルトを締めると車はゆっくり走り出す。家が視界に入っているあいだ、速度はそのままにゆるやかに遠ざかっていった。

 こんな小さな心遣いまでしてくれる彼に、あたしはますます惹かれていった。


「それで、どこに行くんですか?」

 制限速度を守りながら街中を走る車の中で行き先を訊ねる。

「ダーウィン」

「ダーウィンて、えーと……。! オーストラリア!?」

 フォシエント皇国からのオーストラリアへの直行便は無い。2つほどの経由でオーストラリアに向かわなければならない。

 彼女にとっては初めての長距離移動だ。

 見慣れた風景ともしばらくお別れなのだと、流れる町並みを食い入るように見つめる。あのお店のアクセサリーが好きだとか、あそこのカフェで友達とよくお話していたな……など目が潤む。

 時間は止まってくれない。そう考えると残酷ではあるけれど、未来の景色は自分では計り知れない。


 空港に到着して手続きを済ませる。

 飛行機に乗った事くらいはある彼女は、手続きが違う事に気がつく。彼がパスポートを見せるとVIPルームに通されて、ほぼボディチェックも無く搭乗時刻まで凄い待遇を受けた。

「……」

 彼女は乗り慣れないシートで緊張が隠せない。

「ベ、ベリルさん……あのっ」

「ベリルでいい」

「こ、これって……ファーストクラスですよね」

「金は使うためにある」

 ゆったりした卵形のシートは、空の上にあっても快適な空間を作り出しキャビンアテンダントはこの上もなく丁寧だ。

 初めて乗る上質のシートに仰天したソフィアだが、それよりも驚いたのはベリルへの対応だった。

 彼の横顔を見つめて呆れたように小さく溜息を吐き出した。ボディチェックを受けていない彼は、驚くほどの武装をしている。

 それを知っているうえでのチェック無しなのだ。呆れるしかない。

「……」

 どうでもいいけど、あのキャビンアテンダント。妙にベリルさんに馴れ馴れしいわね……彼女は1人の女性に睨みを利かせた。

 大人の女性の余裕なのだろうか、そのキャビンアテンダントは鼻を鳴らすような表情を浮かべた。

 そんな女の静かな闘いなど知ってか知らずか、彼は常備されている雑誌に目を通している。さして興味の無いファッション系の雑誌なのだが他にも客がいる手前、さすがに武器を出して手入れをする訳にもいかずに仕方なくめくっているという処だ。

 そんな、つまらなさそうな表情の彼にもキャビンアテンダントたちは心トキめかせていた。

「……?」

 しかし、彼女はさすがに冷静だった。ここまで周りに無関心な彼に怪訝な表情を浮かべる。自分の容姿に自覚が無い訳でもないのはなんとなく解るけれど、とにかく自分についてはまるで興味が無いのだろう。

 そういう人も珍しいな……と思いつつ、彼女とキャビンアテンダントとの無言の戦いはフライトが終わるまで続いた。


 そうして長い空の旅も終わり、ダーウィン国際空港に降り立つ。

「ん~……」

 伸びをしてオーストラリアの空気を肺一杯に吸い込んだ。

 一緒に運んできたオレンジレッドのピックアップトラックの助手席に乗り込むと、車はダーウィンにあるベリルの家に向かった。

「ベリルさ……ベリルは恋人いないんですか?」

「ん? いないね」

「そうなんですか」

 なんとなく今更な質問をしている気がしないでもないけど……

「! 日差しきついんですね」

「目は守るようにしておくといい」

 そう言ってサングラスを渡してくれた。

「ありがとう」

 そういえば、オーストラリアは日差しがきついから子どもは帽子が義務づけられてるとか聞いた事がある。

 ベリルさんがサングラスを持っている理由は、日差し対策だけじゃなさそうだけど。

「!」

 何かに気づいたような仕草をした彼はパンツのバックポケットから携帯を取り出した。いつもマナーモードにしてるんだ、などと考えつつ彼の次の動作にまた驚く。

「!」

 カーナビの凹みに携帯を開いて差し込んだ。

「どうした」

<いま移動中か?>

 車内に響く男の声に回りを見回す。

「え? え?」

 こんな機械、初めて見た。

<あれ、女連れか>

「心配ない」

<依頼なんだけど。鬼ごっこの>

「! 詳細はメールに頼む」

<OK>

 切られた携帯電話と機械をマジマジと眺める彼女にクスッと笑った。

「こういう使い方だ」

 携帯を凹みから外してポケットに仕舞う。

「凄い……あたしのでも出来る?」

 肩をすくめ、目で無理だと示した。

「カークのものなら可能だがね」

「! 父さんの?」

 そういえば、父さんの携帯はなんか他の人と少し違ってた気がする。

 傭兵たちの中には、そういう特殊な機械を使う人もいるとベリルさんが教えてくれた。

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