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*決意

 それからソフィアはベリルを家に招待した。彼は少しためらったが、父の事が聞きたいと言うと承諾した。

 彼女は自分の知らない戦場での父の話が聞きたかったのだ。リビングに促し、紅茶を煎れにキッチンへ向かう。

「!」

 ティカップをトレイに乗せて戻ってきた彼女の目に、スラリとした足を組んで待っているベリルの姿が映る。

 一瞬、見とれてしまった。落ち着いた雰囲気と、そこはかとなくかもし出される上品な動き……目が自然と彼を追う。


「カークはああ見えて緻密ちみつな計画を好んでいた」

 カップを傾けながら語った言葉に彼女は笑みを浮かべた。

「父さんって見た目がああだから、凄く無骨に見えるみたいね」

 嬉しそうに語る彼女を見やり、ベリルはおもむろに何かを目の前のテーブルに乗せた。

「! これ……」

「渡すのを忘れていた」

 テーブルに置かれた薄汚れた携帯用のチェス盤を手に取る。

「父さんの……?」

「決行の前に私に預かってくれと」

 その言葉にか細く応える。

「そうだったんだ……父さんが勝てないって言ってたの、ベリルさんだったのね」

「! カークがそんな事を?」

「『いつか絶対に勝つ!』……って」

「そうか」

 目を細めてチェス盤を見つめる。

「! ……?」

 再び差し出されたチェス盤に怪訝な表情を浮かべた。

「ベリルさんが持っていてください。あたしには家のチェス盤があるから。これは、戦友だったあなたに持っていて欲しいです」

 小さく頷きチェス盤を受け取って確認するように手を滑らせる。そして、2つに折られた盤を開き中の駒を出して並べていった。

「これはね」

 並べながら発する。

「クイーンが無いのだよ」

「!?」

 全て並べられたチェスの駒のキングと対をなすハズの、そこにあるべきクイーンが無くぽっかりと空いていた。

「無くしたの?」

「奴がね」

 懐かしむように駒を動かしながら彼は付け加える。

「私がクイーン側を使っていた」

「!」

 クイーンを動かす事もないってコト? 父さんは、そんな相手とチェスをしていたの?

「奴は私がいつかクイーンを動かす事になった時どうするのかを知りたかったようだ」

「もし動かすコトになったら……どうしていましたか?」

「……」

 彼は少し黙ったあと、パンツのバックポケットから何かを取り出してクイーンの位置に立てた。

「!」

 それはオレンジ色の石で出来たクイーン──サンストーンと呼ばれる石だ。

 インクルージョン(鉱物などに入っている液体や小さな結晶などの総称)の効果でキラキラと乱反射している。

 ムーンストーンと同じフェルドスパーという鉱物の仲間であるため、その色とムーンストーンと対を成す意味でサンストーンと名付けられた。

「私のクイーンを動かした者への賞品だ」

 太陽のエネルギーを宿しているとされ、生きる希望と幸福を与えてくれる。そして、才能を引き出す力があると云われる石だ。

 そして彼はクイーンの位置から、テーブルの上に移動させチェス盤を仕舞い始める。

「私からお前に」

「! あたしに?」

「奴の代わりに受け取ってもらいたい」

「でも……父さんはクイーンを動かせなかったんでしょ?」

「続けていればいつかは動かしただろう。あと一歩だった」

「それホント?」

 苦笑いで発した彼女に少し笑って肩をすくませる。その動作でウソなんだなって解った。きっと父さんは彼には歯が立たなかったんだ。

「ありがとう」

 サンストーンのクイーンを静かに持ち上げた。

「!」

 彼が立ち上がると途端に不安に襲われ、孤独感が心を満たしていった。そして、もう彼とは会えない気がして胸が締め付けられる。

 玄関に向かうその背中に手を伸ばしたい衝動にかられた。

「私に出来る事があればいつでも連絡してくるといい」

 そう言ってドアに手をかける。

「待って!」

「ん?」

 その声に振り向いて、うつむいている彼女の次の言葉を待つ。

「希望の仕事……あります」

「! なんだね?」

「傭兵に……」

「何?」

「あなたの弟子にしてください!」

 彼女が意を決し顔を上げて応えると彼は目を丸くした。

「……本気で言っているのか」

「!」

 とても怖い目になった。あたしは冗談で言ったんじゃない。これでも少しは父さんから傭兵については色々と聞いて学んでいるんだ。

「……」

 彼はソフィアの目をジッと見つめたあと小さく溜息を吐き出し、呆れたように首を振った。

「2週間後にまた来る」

「あたしの決意は変わりません!」

 閉じられていくドアに向かって声を張り上げた。


「そうよ。本気なんだから。2週間もいらないわ」

 リビングをグルグルと歩き回り、ぶつぶつと繰り返す。

「!」

 そしてキッチンの方に目を向けた。

「ベリルさんの弟子になるなら、電化製品とか処分しなくちゃ」

 さっそくノートパソコンを開いてリサイクル業者を検索し始めた。


「!」

 次の日──ソフィアの家から運ばれていく冷蔵庫やエアコンに隣のメアリーが驚いて家の中をのぞき込む。

「あ、おばさん」

「どうしたの?」

「ちょっと留守にするので、電化製品は売っちゃおうかと」

「! どこかに行くの?」

 メアリーおばさんはストールを羽織り直しながら不安げに訊ねる。

「少しの間だけ、遠くに」

 さすがに「傭兵の弟子になりに」とは言えなくて言葉を濁した。

「そう……でも帰ってくるんでしょ?」

「はい。必ず」

 あたしがそう言うと、メアリーおばさんはニコリと笑った。

「いつ発つの?」

「多分、2週間後」

「……多分?」

「まだハッキリとしてないの」

 肩をすくめて困ったように苦笑いを浮かべた。

 リサイクル業者からお金を受け取り、走り去っていくトラックの後ろ姿を見つめる。

「本当に大丈夫……?」

 心配そうにあたしの瞳をのぞき込むメアリーおばさん。

「大丈夫だって! 今からワクワクしてるんだから」

 あたしはウインクしてみせた。だって本当の事なんだもの。彼とずっと一緒にいられるんだ。あたしはそう思っていた。

 彼が本当は何者なのか……あたしは何も知らないで子どものように彼を慕っていた──

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