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*長い日々

 本来は葬儀の後に遺体を燃して数日後に納骨だけど、もう骨になっちゃったから納骨だけで済ませるコトにした。

 正直に言えば思っていたほどショックは無い。覚悟はしていたもの……ただ、寂しいのは独りきりの食事だ。

 今までなら帰ってきてくれる人がいたから楽しく食べられた。

 でも、もうそんな人はいない……あたしには恋人もいないから抱きしめてくれるような人すらいない。


 納骨は親しい人たちだけで2日後に行う事になった。

 1日がとても無駄に長く感じられる。納骨の手続きや準備が無かったら、考える時間ばかりが出来て泣いてばかりだったかもしれない。

「!」

 ふいに玄関の呼び鈴が鳴った。

「はい。……! メアリーおばさん」

「大変だったわね」

 右隣のメアリーおばさんが、そう言って抱きしめてくれた。

 メアリーおばさんは5年くらい前にご主人を亡くして独り暮らしをしている。品の良い口元に、年相応のルージュが引かれていた。

 肩まで伸ばされた白髪交じりの銀髪があたしの哀しみに同情するようにしっとりしていた。

「納骨の準備?」

「はい」

 彼女をリビングに促してコーヒーを煎れる。

 思っていたよりも元気そうな彼女に老齢の女性は返って心配になったようだ。不安げな瞳がコーヒーを持ってきた彼女に向けられる。

「大丈夫?」

「はい。お金も父さんの貯金があるし」

 そんな話をしたんじゃないコトは解ってた。でも、あたしは話をすり替える。酷く心配してほしくなかったから……だから元気であるコトを見せるの。落ち込んでたってどうにかなる訳じゃないし。


 しばらく会話を交わしてメアリーを玄関で見送る。

「何か困ったことがあったらいつでも言ってね」

「ありがとうございます」

 心配そうに何度か振り返るメアリーおばさんに笑顔を返し、家の中に入る。

「……はぁ」

 ドアにもたれかかり溜息を吐き出した。


 それから納骨の手続きを終えて当日まで父さんの荷物の整理を始めた。

「……少ないね」

 必要最低限の物しかなくて目を細めて苦笑い。父さんの趣味はチェス。あんな大きな体でチェス盤を前によく唸ってたっけ。

 どうしても勝てない人がいて、「いつか鼻をあかしてやるんだ」って言ってたっけな……その人には勝てたんだろうか。

 ううん、きっとまだ勝ってないのよね。だって、勝っていたら大喜びしたハズだもの。

 少しだけ残して、売れる物は売ろうと思っていたけどチェス盤は残しておこう。

「!」

 ふとナイトテーブルの上に乗せられているフォトスタンドが視界に入る。

「……」

 見ないようにしていたのに……と少し眉をひそめた。

 それは、父のカークとソフィアが笑顔で映っている写真、その隣には母親のセレンと3人で映っている写真が並んでいる。

「……」

 その2つを無言でパタリと伏せた。


 そんな日々の間にも幾人かが彼女の様子を見に訪れる。皆それぞれに彼女の元気な姿に心を痛めているのだろう。

 あたしは大丈夫なのに、みんな心配し過ぎなんだよ……小さく笑う。

「あ、連絡しなくちゃ」

 父親の携帯から見つけていたベリルの番号に自分の携帯からかけた。

<──はい>

「あ、ベリルさん?」

<! ソフィアか>

 少し驚いた声が返ってきた。そうか、あたしの番号は登録されてないもんね。

「あの、納骨の日なんですけど……」

 日時を報告して電話を切った。ベリルさんは他の人のように慰めの言葉は言わなかった。

 自分が父さんを死なせてしまった重みからだろうか? ううん、そんな安っぽい感情なんかじゃないよね。

 傭兵は仲間の死を沢山見てきているんだもの。それに、ベリルさんのせいじゃないコトはよく解ってる。

 言い方は悪いかもしれないけれど……父さんの死は『必然的な死』だったのかもしれない。

 そう思うコトは、あたしの胸を締め付けるけど……頭の中ではそれが自然なんだと思えた。


 納骨の日──白い建物に20人ほどが集まった。壁一面に小さな扉がある。納骨堂だ。

 神父さまが聖書の言葉を引用して語り始める。静かな堂内に響く声は神聖な空間を作り出す。

「あれが指揮官だったらしい」

「!」

 ソフィアの耳に小さな声が届いた。父の友人だった2人だ。ベリルの方をチラチラ見ながら話している。

 当の彼は後ろの端の方でじっと静かに神父の言葉を聞いていた。

「あんな若造に動かされてカークも可哀想に」

「!」

 なんですって!? それベリルさんに聞こえてるわよ。というか、聞こえるように言ってるのがバレバレだわ。

「……っ」

 何か言おうとして振り返った彼女と目が合ったベリルは、無言で頭を小さく横に振った。

「!」

 何も言うなって? あんなコト言われて平気なの?

 黒いスーツじゃないけど、暗めの服を着ているベリルさんはただじっと彼らの言葉を浴びていた。

 数分後に神父の言葉が終わり、下から5番目の扉に父の遺骨を納める。それで葬儀は終り。一同はホッとしたように口を開き始めた。


「へっよくツラを出せたもんだ」

「まったくだな」

 沢山の扉の前に置かれている大きなテーブルに近づいて白い花を一輪乗せた彼の背中にあの2人が再び鋭い言葉を浴びせる。

「……っ」

 あの人たち、まだそんなコト!

「! ソフィア……」

 怒った顔で2人に近づく彼女をベリルは制止するように名を呼んだが、このままでは彼女の気が収まらなかった。

「!」

 怒った顔をして見上げるソフィアに、老齢の男性2人は少し驚く。

「そんなコト言わないで。ベリルさんは父さんが凄い人だって言ってた人なんです。そんな風に言ったら……ベリルさんを褒めた父さんまでバカにされてるみたいで、嫌です」

「!?」

 2人の男性はその言葉にハッとした。そして、すまなそうに頭をかいて謝罪する。

「すまなかったよ」

「そうだな。カークは立派に仕事を成し遂げたんだ」

「ありがとう」

 解ってくれた2人に潤んだ瞳でニコリと微笑む。


「!」

 去っていく2人を見つめている彼女の隣にベリルが無言で立つ。

「ごめんなさい。辛かったでしょ」

「いや」

 彼はさして関心も無いような表情を入り口に向けていた。

「言って楽になる事もある」

「!?」

 彼女はその言葉に驚き、すぐに理解した。

 ベリルさんはもしかして『哀しみのはけ口』になるために来たんじゃ……あえて言葉のつるぎを浴びに来たの? あたしたちのために?

「どうしてそこまで……」

 驚きと戸惑いの眼差しで見上げる彼女を一瞥し、彼はつぶやくように発する。

「負った責任から逃れる事は出来ない」

「……」

 父さんが、彼を信頼していた理由が解った気がした。

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