*皇妃の心
キョトンとしている彼女に再び笑みを見せる。
「わたくしのことは『身分にこだわる女』だと聞かされていたでしょう?」
「えっ!? いいえっ決してそんなコトは……っ」
「クスクス……いいのよ。それも嘘」
「えっ!?」
「2人にはそう言ってもらうように、わたくしから頼んだの」
「どうして……っ?」
「そうね……」
リリアは一度、ゆっくりと目を閉じて中庭が見渡せるバルコニーに向かった。
「実はね。わたくしも初めは本当に身分にこだわっていたの」
「!」
「レオンが生まれる前だけれど。わたくしは側室だった母の争いを見てきたから、やはりどうしても身分は大切だと感じていました」
「はい……」
「でも、それは違うのだと教えてくれたのは皇帝の側室でした」
「えっ!?」
そういえばムカネル皇帝には1人だけ側室がいた事を思い出した。
「彼女は形だけの側室なのです」
「! どういう事ですか?」
「わたくしもそれを知ったのはレオンが生まれる直前だったのです」
ムカネル皇帝の側室は彼と同じ年齢の女性で、皇帝の幼なじみだとの事だった。
「世俗の空気を肌で感じるため、皇族も17歳までは一般の学校に通います」
「そうですね」
一般といっても、かなり高額な学費が必要なハイスクールなのだがそれでも世俗には変わりない。
「ムカネルは今までの皇帝と違い、改革を求めたの」
『伝統にも善し悪しがある。良い伝統だけを受け継がなければ皇族は廃れてしまう!』
ムカネルはそう発言し、多くの敵を作る事にもなった。
「その中には側室の存在もあったわ」
「!」
側室自体の廃止までには至らなかったが、側室にいる女性たちの立場は今よりも高く自由になった。
「でも、ムカネルは側室を置くことは拒否したの」
「えっ? でも……」
「ケイトが側室を申し出たと聞いたわ」
唯一の側室、それがケイトという女性である。
「いくらなんでも側室が1人もいないのでは国民に対して示しが付かない。と皆は口々に言いましたの」
「側室を置かない」とは言わなかったムカネルだが、側室を作らない気でいるのは明白だった。
「側室が必要な理由は解っているでしょう?」
「はい。皇族の血筋保持のためですね」
リリアはゆっくり頷く。
「側室の者たちは貴族として生活していますが、いざ皇帝に何かあれば皇位継承者が城に駆けつけます」
それが歴史の中で様々な悲劇や策略が生まれた結果だ。
「それでも国民は側室の無い皇帝に不安を覚えます」
「……はい」
そんな時──ケイトは大きな決断をムカネルに持ちかけた。
「私が側室になります。見せかけの側室は必要です」
もちろん、ムカネルはそれに反対した。
いくら見せかけとはいえ、側室として城に入るという事は……彼女の将来はどうなる?
「側室は子どもが生まれなければ貴族の身分は与えられません」
ケイトはね、子どもの産めない体なの。
「!?」
リリアから聞いた言葉に目を見開いた。
「彼女は、本当に国のために己の身を捧げていたのです」
わたくしはそれをなに一つ知らず、彼女に冷たい言葉を浴びせていました。
「わたくしにまで黙っていたのですよ。酷いと思いませんか?」
リリアは笑って肩をすくめる。
「その事実を知ったとき、わたくしはどんなに馬鹿だったのかとようやく気がついたのです」
「そうだったんですか……」
「ケイトには旦那様がいるのよ」
「!」
リリアは嬉しそうに発した。
「全てを知って、それでも彼女を愛していると言った殿方がいましたの」
城の侍従をしています……そう語り、まるで家族の幸せのようにリリアは笑った。
「この事実を知るのは城の中でもほんの一握りの者のみ」
「!」
それを聞いてキリリと目を吊り上げた。
そんな重大な事を語ってくれたという事は、それだけ自分を信用してくれたという事でレオンとの事を認めてくれた、という事なのだ。
「さあ、これから忙しくなるわよ」
リリアは美しい微笑みを浮かべた。
確かに大変だった──やはり身分違いという事は他の人たちにはかなり抵抗があり、ちょっとやそっとでは認めてくれない。
それでもレオンだけでなく皇帝も皇妃も皇女も深く静かに丁寧かつ偉そうに、それぞれが説得を続けた。
そんな事が1年以上も続いたが、なんとか認められるに至った。
皇帝の意見を会議で読み上げる人間や評議会の人々は最後まで反対していたが、レオン皇子の切々なる言葉に仕方なく首を振ったという処である。
ここまで来れば、あとは婚姻を済ませたあとでゆっくり歩み寄ればいい。
2人はそう考え、挙式の準備などを続けていった。
反対している人々はさすがにお尻が重く、レオン皇子の言葉にはなかなか動いてくれない。
それでもレオンは怒らずに丁寧に進めていく。
ソフィアは「引退」という形になってしまうが、ルーシーに仕事を辞める事を知らせた。もちろん、ルーシーはそれに喜び歓迎してくれた。