*新たな道
彼に何度か招待状を送っているそうなのだが一度も返信が来ないのだとか。
「クスッ……彼らしいです」
「ベリル殿とはどういった?」
「あたしの師匠のような存在です」
「! ほう……では君も傭兵なのかね?」
「いえ、あたしは……」
言葉を切って半笑いで動きを止める。
「……」
ヤバイわ、義賊なんて言えない。どうしよう……笑みを浮かべて冷や汗を垂らす。
「? いかがした」
「あ、ああ! いえっなんでもっ」
焦りから声が裏返る。
「人助けに貢献してるんだよ」
レオンが横から助け船を出した。
「む、そうか」
ムカネルはレオンの目とソフィアの表情に何かを悟ったのかそれ以上は訊かなかった。
「ゆっくりしていかれよ」
「ありがとうございます」
柔らかに発し、ムカネルは2人から離れる。
「……っはぁ~危なかったぁ」
「あはは」
ホッと肩を落とした彼女に笑みをこぼし、持っていたグラスを手渡した。
「正室候補のことは皇帝には言ってなかったのね」
笑った彼に仕返しのこどく言い放ってやる。
「うっ……さすがにそこまでの話にはならなかったから」
痛いところを突くなぁ……と苦笑いを浮かべ頭をかいた。
「でも、あなたの言ったことよく解る」
「え?」
「前にレオナ皇女に言ったでしょ。彼を束縛しないで欲しいって」
「! ああ……」
「皇帝からベリルの名前が出て、ふとその時のあなたの言葉を思い出したの」
そう発して見上げる彼女に目を合わせ中庭に視線を移した。
「だって……本当のことだから」
愁いを帯びながらも柔らかな彼の瞳にソフィアも微笑んだ。
「うん。ベリルに狭い場所は似合わない」
互いに彼を想い、諦めたからこそ胸を張ってそう言える。
私もレオンも彼の優しさに触れていたかったのかもしれない、甘えていたかったのかもしれない。
その厳しさを学びたかったのかもしれない……でも、私には私の人生があり乗り越えなければならない壁がある。
「彼にはこの地球だって狭い気がするんだよ」
「あ、それなんとなく解る」
2人は笑いあい、つくづく不思議な縁だと見つめ合った。
「母は、やはり身分にこだわる人だから難しいだろうけど……」
「!」
レオンは真剣な面持ちでぼそりとつぶやく。
「リリア皇妃さまって……」
「うん、祖父皇の娘」
「……それって」
「父上とは半分、血がつながってることになるね」
まあ、それが許されるのが皇族だから。とレオンは苦笑いで応えた。
「側室だった母のお母さんは苦労したみたい」
前皇帝は側室を多く持ち、そこにいた女性たちも牽制し合っていた。いかに皇帝に気に入られるか……どれだけ正室に近い立場に昇れるか。
「母は、そういう時代にいたから……」
「そうね」
決してそれが悪かった訳じゃないのだろう。ただ、受け継がれてきた伝統やつながりが悲劇を生む事もある。
「前の側室のお子たちはどうしているの?」
「彼らの希望を出来るだけ汲むようにしたらしい」
安定した仕事や城での地位、多くはそれを望んだ。
「城での地位って?」
「例えば重要な任に就かせるとかかな」
さすがに国を動かすほどの立場にさせる事は出来ないが、行事に関する長などさして重要では無いがある程度の重要性を持つ仕事に就かせたそうだ。
「結構、大変なのねぇ……」
「俺の時はその子どもたちをどうするか。なんだよね」
レオンは溜息を吐いた。
「ベリルに訊いたら良い案出してくれそうだけど」
「彼にそこまで背負わせることは出来ないよ」
苦笑いで応える。
「それもそうよねぇ。ていうか『自分の国の事は自分でしろ』って言われそう」
「あはは、確かに」
それでも、泣きつけば彼なら何かの道筋は示してくれるだろう。2人はそれも充分に解っていた。
そうして2人は静かに鮮やかなバラを見下ろす。
これからの2人に必要なのは、皇妃への説得──そう考えると気が重くなるがソフィアには楽しみでもあった。
目の前に立ちはだかる壁……どうやら自分はそういうものに己から突っ込んでいくクセがあるらしい。彼女は自分の性格を改めて知るのだった。
別の日──
「皇妃さま、ご機嫌麗しく」
「……」
ソフィアは事あるごとに城に訪れ、リリア皇妃の時間のある時は必ず顔を出すようになった。
「わたくしに取り入ろうとしてもだ……」
「きゃー! これ最新のモデルですよね!?」
皇妃の言葉を遮って化粧台の上にある淡いラベンダー色のポーチに駆け寄る。
「え、ええ。そうよ……レオナが買ってきてくれたの」
実際にはレオナが侍女に頼んで買いに行かせたものなのだが、娘がしてくれた事が嬉しいのだろう。
「可愛い~」
満面の笑顔でポーチを眺める。リリアも悪い気がせず小さく笑ってゆっくりと歩み寄った。
「どうぞ」
「! いいんですか?」
「見るだけよ」
ポーチを手に取りソフィアに渡す。皇妃はラベンダーが好きなのだろうか。
「……」
リリアはポーチをじっと見つめているソフィアを見下ろし、険しい表情を浮かべた。
「レオンのことは、どう思いますか?」
「!」
突然の問いかけに真剣な面持ちの皇妃を見上げポーチを化粧台に戻した。
「出会う前は、なんて勝ち気な人なんだろう。って思いました」
「!」
「でも……接して変わりました。人を思い遣り、国民を気遣っています」
「……」
皇妃は黙って目を伏せた。そしておもむろに顔を上げ彼女にニコリと笑いかける。
「ごめんなさいね」
「え?」