*その感情についての考察
それから何度かメールのやり取りをして、これからの仕事についての準備で1日は終った。
「!」
2階に上がりベッドに寝転がって携帯を手にすると、着信のランプが点滅していた。
<おやすみ>
「……」
その文字をじっと見つめて少し眉をひそめる。
どうして、こんなにあたしに構ってくれるんだろう? 平民の友だちが初めて出来たからかな?
「そうだ! ベリルに電話してみよ」
登録されている番号を表示して通話ボタンを押す。
「……。! あ、ベリル?」
<どうした>
「用事は無いんだけど、今いいかな? って」
<問題無い>
「あのね……」
今までの出来事を一通り話し続ける声に彼は黙って聞き入る。
いつもの優しい声、優しい対応……変わらない彼が嬉しい。あたしは本当に、彼を父のように慕っていたんだと改めて気がつく。
もちろん、恋愛感情がまったく無かった訳じゃないコトも解ってる。でも……恋人でいてくれるより、父のように傍にいてくれる人であってほしい。そう思えた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
<おやすみ>
携帯をナイトテーブルに乗せ電灯を切って眠りに就いた。
次の日──玄関の呼び鈴で目を覚ます。
「はぁ~い……」
「ソフィアさんに荷物が届いてます」
眠い目をこすり荷物を受け取った。
「なんだろ……?」
まだうつろな瞳でその箱を見やる。
「……? !? ベリル!?」
描かれているエンブレムで一気に目が覚めた。宛名は無いが、箱の角に記されているエンブレムは確かにベリルのものだ。
ソフィアは急いで40㎝ほどの横長の箱を開ける。
「!」
それは不思議な素材で出来たインナーだった。
「? あ! 一人前のお祝いか」
嬉しくてメールを送信する。
<届いたよ!ありがとう>
<仕事の時に使うと良い>
この素材は知ってる、とても丈夫で火にも強いんだ。ちょっと高い生地だから、新人にはなかなか購入出来ないシロモノなんだよね。
「ん~」
試着してみると、伸縮性に優れた素材は体をすっぽりと包んでくれた。
「凄い凄い!」
そのフィット感に感嘆する。
そんな風に日常は過ぎていく──彼女はリリパットとしての仕事をこなしていき、レオン皇子とのメールも1週間も経つと日課になりつつあった。
とある平日、昼食の準備をしていた彼女の耳に玄関の呼び鈴の音が響く。
「!? レオン皇子!?」
ドアを開くと見知った顔の青年がいて、思わず声がうわずった。
「どうしてここに!?」
彼を家の中に促し、驚いた表情のまま問いかける。
「昨日メールで、今日は休みだと言っていたから」
苦笑いを浮かべ、いつもの変装をしたレオンが彼女を見下ろす。
ひとまずリビングに案内し、ソファに促してキッチンに向かった。
「もう、びっくりしたじゃない」
ティカップをトレイに乗せ戻ってくる。
「ごめんごめん」
前に置かれた紅茶に角砂糖を2つほど入れながら、悪びれる事もなく発した。
「こんなとこ……あなたの家に比べたら狭いし汚いでしょ」
家って言ってもお城だけど……と心の中で自分にツッコミながら応える。
「それはそうだけど、あれは俺のものじゃない。国の財産だよ」
少し眉をひそめた。
「!」
驚いた目をした彼女に小さく笑い、しかしすぐ目を伏せる。
「昔の俺だったら、全部俺の物だ! って言ってただろうね」
実際、そう思ってたし……と肩をすくめた。
それから、しばらくの沈黙がリビングを満たす。レオン皇子の表情が何か言いたげに目を泳がせていたため、彼女は少し待つ事にした。
ベリルはよく、相手の表情でそれを察知し言い出すのを待っていた。
相手のペースを守る。それがベリルだった。相手が話したい事がある時は、彼はかならず相手に合わせていた。
彼女はそれがとても凄く思えて、自分もそうなれたらいいな……といつも思う。
「本当は、俺にこの国を治められるのか不安なんだ」
数秒の沈黙のあと、青年は重い口を開いた。
「!」
愁いを帯びた表情が彼女の胸をドキンと高鳴らせる。
「俺は父上のように国を治められるのか……祖父皇はあまり良い皇帝ではなかったらしいけど」
「……レオン」
誰にも言えない不安だったに違いない。彼にのし掛かっている重圧は計り知れないけれど、苦しかったんだろうな。
初めて言えた言葉に、レオン皇子はやっと解放されたと深い溜息を吐き出していた。
「ベリルが君に巡り会わせてくれた」
「!」
青年はゆっくりと立ち上がり、驚いてつられるように立ち上がったソフィアに近づく。
「ずっと考えていた。この感情は真実なのかどうか……」
「レオン皇子」
真っ直ぐに見つめられ、ソフィアは体を強ばらせた。
「メールだけじゃなく、会いたいと思っていた」
「……っ」
逃げられない……青いカラーコンタクトの下に隠されている漆黒の宝石が彼女を捕えている。
「君は、平民の知り合いが出来た俺がうかれているだけだと思っていたかもしれないけど」
「!」
考えを見透かされていたようで少し視線を外した。
「俺もそうなのかもしれないと思ったけど……やっぱり違う」
「!?」
レオンの手が頬に触れる。それに小さく強ばり、見下ろすレオンの目を見上げた。
「君が好きだ」
「……レオン」
両手で頭を支えられ静かにキスが降りてくる──雪が沈黙の中で降り積もるように、そのキスはゆっくりとソフィアに降り注いだ。
「じゃあ……仕事、気をつけて」
「うん、ありがと。あ! あなたも、気をつけて」
青年はニコリと笑って城に戻っていった。その背中を見送って、自分の唇に軽く触れる。
「……」
びっくりしたけど、どうしてか素直に受け止められた。
「でも……皇子よね」
思い出して青ざめる。
「やっぱり無理、だめ」
皇族の人がこんな平民……しかも義賊とはいえ一応は泥棒してる人間に! いや、一応ってなんか変だけど。てかそこじゃなくて!
「ああん! もうっ!」
ぐるぐる回る思考に困って階段を駆け上がりベッドに体を投げた。シーツにくるまり、枕を抱きしめる。
「でも、あたしも……好き、かもしれない」
メールが来る度、喜んでいた。メールが遅い日は、あたしの相手に飽きたんじゃないかと少し怖かった。
「あたし……」
自分の感情に改めて直面した。