*独り立ち
「皇子の呼び出しを拒否出来る程なの?」
「違うよ……」
レオン皇子の態度に、お姉さんの事が苦手なのだと感じた。
「正室に迎えるって話はどうしたのよ」
「彼は彼の仕事があるんだ。諦めたよ」
「だったら私の恋人にしてもいいわよね」
「彼は自由が一番なんだ。束縛してあげないで欲しい」
「──っ」
強い眼差しにレオナは戸惑った。初めて抵抗されたのか、次の言葉に迷っているようだ。
「……まあいいわ。彼が来たら教えてちょうだい」
ぶっきらぼうに言い放ち部屋から出て行った。
「はあぁ~」
青年はどっと疲れて肩を落とす。
「レオナ様が苦手なの?」
「まあね……」
ゆっくりと腰掛けて彼女を見つめた。
「珍しいな」
「え?」
青年はティカップを手に取り続ける。
「姉上はいつも俺が連れてきた人間をからかうんだ」
からかう? つまりは遊ばれるってコトか……
「そんな処に連れてこられたのね」
「あ、ごめん」
薄笑いで応える彼女に苦笑いを返した。
忘れていたのか自分なら大丈夫と思われていたのかは解らないが、なんだか姉弟っていうのは変わらないんだなと笑ってしまう。
「良かったら、アドレス教えてくれないかな?」
言いながら携帯を取り出す。
「……」
そうね、暗殺を計画した組織は確保したと言ってもまだ安心は出来ない。彼との連絡は付けられた方がいいわ……と一瞬、ためらったがそう納得付けた。
「ええ、いいわよ」
携帯を取り出す。
それから一通り会話を交わしたあと彼女がおもむろに立ち上がった。レオンは残念そうにしたが、壁の時計を見るとすでに5時を回っていた。
「……また、会えるかな?」
「いつでも連絡してきて、仕事の無い日を教えるから」
実はベリルからメールが来ていた。
<ルーシーの元には戻らなくて良い>
初めから独り立ちのために計画されていた事なんだと知った。どうやら明日、あたしの独り立ちの立会人としてルーシーたちが来るらしい。
「そか……あたしは明日、一人前として認められるんだ」
帰りの道でぼそりとつぶやいた。
次の日──朝食の準備をしていると玄関の呼び鈴が鳴る。
「はーい」
濡れた手を拭いて玄関に向かった。
「! ルーシー! ロナルド! 来てくれたのね」
嬉しくて2人に抱きついた。
「お手柄だったな」
褐色の肌の30代ほどの男、ロナルドが褒めるように発する。
「みんながサポートしてくれたから」
照れながら応えて通路を空ける。
「入って!」
笑顔で2人をリビングに招き入れると、キッチンに向かった。そんな彼女の背中に微笑みながらルーシーはソファに腰掛けて訊ねる。
「家に戻った気分はどう?」
「うーん……なんか別の人の家みたい」
紅茶の入ったティカップとお菓子を乗せたトレイを持ってリビングに戻ってくる。
「長い間、別の場所で暮らしていればそうなるわよね」
リビングテーブルに置かれたカップを口に運びながら女性は応えた。
「まあ、また自分の家になるさ」
お菓子を手に取り男が発する。
「ソフィア」
「!」
名を呼んで女性がバックポケットから何かを取り出した。
「?」
のぞき込むと、手のひらにすっぽりと収まるサイズの金属プレートだ。銀色のプレートに金の紋章が刻まれている。
「ソフィア、これは私からの贈り物よ。常に何事にも冷静な判断でいられるように……この紋章を心に置いておいて」
「……常に冷静に」
それは、鷹が描かれていた。
『冷静に判断し決断する』
そんな意識が紋章から垣間見えた。
「リリパットとして生きる必要は無いのよ」
「! ルーシー?」
突然の言葉に驚いて彼女を見つめる。
「一人前になる。っていうことはね、そういう意味も含まれているの」
己の道は己で決めていかねばならない。
「私たちは一つの道筋をあなたに示しただけ。どう進むかは本人の自由よ」
「あたしの道……」
「あなたがより良く生きるために、私たちに出来ることは協力させてもらうわ」
「それが、その証なんだよ」
ルーシーとロナルドは優しい眼差しでゆっくりと語った。
「っ……ありがとう」
そんな言葉しか出なかった。
こんな素晴らしい出会いをくれて、ありがとうベリル……心の中で何度も感謝した。
「!」
ルーシーたちがこれからの仕事についての説明をして帰ったあと、携帯にメールが来ている事に気づく。レオン皇子からだ。
<元気かい?>
「プ、何それ」
凄く気を遣ってるのが解る。皇子なんだから、平民に気を遣わなくたっていいのに…… でも、これが彼の良いところなんだろうな。
<元気よ>
返信するとすぐにメールが返ってきた。
<仕事はどう?>
「クスッ、仕事してたらメールなんか出来ないよ」
それをそのまま返す。
<あ、そうか。そうだったね>
笑いがこみ上げてきた。皇子さまにしては……普通だ。