*セレブなお茶会
「解ったわ」
ニッコリと微笑んだ彼に溜息を吐き出した。
お城の中も見てみたいし、このまま彼とお喋りしたくなったし……と促されて城へ向かう。
「あ……」
その道すがら、ふと思った。
そうか、あたし今頃やっと気がついた。あたしがベリルを好きになって、諦めようと思ったのは──
「あのね」
「何?」
声をかけられて立ち止まり、見下ろした彼女の表情は少し真剣だった。
「あたしが彼を諦めたのは、恋愛感情よりも強い心が芽生えたからなの」
「!」
言ったあと、再び歩き出す。
「確かに彼は誰も愛さないけど、それって愛情が無いんじゃなくて……大きすぎるんだわ」
とても、とても大きな愛情。
「あたしは、彼を父のように感じていたコトに気が付いたの」
あの手の温もりも、あんなに安心出来たのも、父の腕の中にいたからなんだ。
「フフ……彼の歳から考えたら、おじいちゃんだけどね」
「! アハハ」
ゆっくりと流れる風景の古い建物の間を涼やかな風が通りすぎていく。
「今はバラが綺麗だよ」
「へえ。黄色いバラとかある?」
「もちろん! ピンクや白や、満開だよ。うちの庭師たちは腕がいいからね」
自信ある言葉は、決して上からの物言いではなかった。
「……」
写真のままの彼だったら助けなかったかもしれない……と思った。冷たい瞳は、何者も叩き伏せようとしていたからだ。
そして、おおらかに笑うレオンの横顔を見つめた。きっと彼は良い皇帝になれる、国民のために頑張ってくれる人だわ。
あなたを忘れられなくて髪型を真似していたけど、明日からは伸ばすようにしようかな……ソフィアは心の中でつぶやいた。
「あ、報告するの忘れてた!」
慌てて携帯をバックポケットから取り出し、通話ボタンを押す。
「ベリル? 遅くなってごめんなさい!」
<組織とそこから逃走した実行犯たちは確保した>
「良かった」
<ルーシーに報告しておく。あとは自由にしろ>
「え?」
<城へ行くのだろう>
「えっ!?」
そうだった、レオン皇子をずっと監視してたんだわ……と驚いて周りを見回した。
<しばらくはレオンの安全のためにお前がついていろ>
「えっ!? あたしが? あ、ちょっと」
彼女の携帯をレオンがすいと取り上げて耳に当てる。
「やあ」
<久しいな>
「相変わらず頑張ってるみたいだね」
<大事は無かったか>
「うん、彼女が守ってくれたから」
一瞥して応えた。
「彼女をお茶に誘ったけど、構わなかった?」
<構わん>
「ありがと」
言って、携帯を返した。
「もう……」
少し怒って携帯に耳をあてる。
<あとの報告はメールで良い>
「わかった」
通話を切り、レオン皇子と共に城に向かった。
紳士的に接するレオンに、また写真を思い起こす。
「……ホントに別人」
「まだ言うのそれ……」
何度目かの言葉で、2人は城に着いた。白い城壁に囲まれた美しい城……正門ではなく、裏口に招かれる。
「一応、お忍びだったから」
苦笑いで発した彼にクスッと笑って木製の厚い扉をくぐった。
「うは」
間近で見る城は荘厳で威圧的にさえ感じられ、まるで覆い被さってくるような恐怖も湧き上がる。
「怖いかい?」
「! そんなコト……」
「城っていうのは、そういうものなんだろうね」
微笑んで、かつて戦いの時代があった事を物語る名残を説明しながら進み、城に入るドアに手をかけた。
大理石の歩廊がソフィアを迎える。
「はぁ~……」
天井につり下げられた綺麗なシャンデリアと、一定距離で飾られている絵画に溜息しか出なかった。
「あ、俺の部屋にお茶とお菓子を頼む」
「かしこまりました」
彼が通りすがりの侍女に言うと、その女性は快く返事をした。ソフィアにも軽く会釈して遠ざかっていく。
そうして招かれた部屋は太陽が差す広いスペース。
「遠慮しないで」
「……」
そう言われても遠慮しますって……と恐る恐る部屋に入るとレオン皇子はバルコニーに案内した。
「! わぁ……」
色とりどりの薔薇の花が美しい油絵のようにそこにあった。
「なんてキレイな庭園」
手すりに手を突いて顔をほころばせる。
「気に入ってくれたみたいだね」
バルコニーにあるテーブルセットに近づき白い椅子を引きながら応えた。
「すっごくキレイ!」
引かれた椅子に腰を掛け晴れた空を見上げた。
「!」
「レオン様、仰せのものをお持ちしました」
ノックのあとに女性の声がドアの向こうで発せられると、彼は赤い扉を開いた。
「ありがとう」
「ごゆっくりなさってください」
気持ちの良い笑顔を残して部屋から去っていく。
香りの良い紅茶がティカップに注がれ、思わず微笑む。
そういえば、ベリルが紅茶について色々と教えてくれたコトがあったっけ……と、琥珀色の液体を眺めて思い起こした。
優しく丁寧に解りやすく教えてくれたなとティカップを持ち上げる。
「……」
さすが皇族、このティカップ凄く高そうだわ……なんとなく怖くなって持つ指に力を込めた。改めて運ばれてきたワゴンを眺める。
金箔の貼られた上品なワゴンは細部にまで手を抜かずに作られていた。
お菓子もなんだか高級そうな……いや、確かに安いもの使ってたり食べたりしてたらむしろそれはそれで皇族としてどうなのよって怖くなるけど。ようやく彼女は、自分とは違う環境なのだと痛感した。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
慌てて紅茶を口にする。
「あ、美味しい……」
「だろ? うちには腕の良い目利きがいるから」
自慢げに話すレオン皇子が、なんだか可愛く思えた。