*懐かしき我が家
次の日──さっそく故郷のフォシエント皇国に向かった。
「……」
ジャンボジェットの小さな窓から流れる雲を見つめる。
「……父さん」
今までの思い出が脳裏を過ぎった。
父さんは父さんの信じるコトをしたんだね。だから、あたしも信じるコトをする……いまフォシエントに必要なのはクーデターなんかじゃないんだから。
「レオン皇子を見つけて守らなきゃ」
決意を胸につぶやいた。
いくつか空港を経由して、懐かしい故郷の地に目を細める。
「……変わってないな」
手続きを済ませ、一緒に運んできたパステルピンクのニュービートルの扉を開いた。
イタリアのような街並みと石畳が優しく彼女を迎える。両親と行った小さなレストランもまだあった。
たった2年しか離れてなかったのに、とても懐かしくて彼女の心に揺らぎを与えた。
「すぐに生活出来るようになってるってベリルが言ってたけど」
車を駐車場に駐めて家に向かう。そして半信半疑で鍵を鍵穴に差し込みゆっくりと回した。
「……」
リビングには液晶テレビ、キッチンには冷蔵庫と電子レンジにIHクッキングヒーターとガスオーブン。
「あたし……カギ渡した覚え、無いんだけど」
薄い笑みを浮かべ、どうやったのか想像をめぐらせた。
「きっとルーシーたちが手伝ったのね」
そう自分を納得させ、持っている荷物を部屋に運ぶ。
一通りの片付けが終り、懐かしの我が家を見回したあとキッチンに向かって紅茶を煎れた。
ティカップを持ってリビングのソファに腰掛け、ミニパソコンを開く。
「!」
1件のメールが来ている事を確認してクリックした。
「! ベリルからだ」
読んでみると、それはレオン皇子に関する詳しい情報だった。
「お忍びは……ほぼ毎日? 時間は……お昼くらいなのね」
つぶやいてリビングの曇りガラスに目を向ける。
「……」
城下町である首都カーサレティアは広い。この街を1人で探し回るのかと思うと頭が痛くなった。
「でも、レオン皇子だってお忍びなんだから1人よね。だったらそんな遠くまでは行かないハズ」
ソフィアはショルダーバッグにミニパソコンを詰め込んで外に飛び出した。
まず皇族の住む城に向かい、そこからレオン皇子が行きそうな場所を回る。写真を見る限り、お忍びなんかするような人物とは思えないが……とりあえず街中を歩いた。
「!」
パンツのポケットに仕舞われている携帯が震える。
<どうだ>
「ん、懐かしくて思わず鼻歌出そう」
彼女の言葉に、電話の向こうからベリルの絞り出したような笑いが聞こえた。
「今、お城の周りを調べてる処なんだけど……」
<路地裏と人が集まる場所も調べておけ>
「わかった」
電話の向こうが少し慌ただしい。彼の方でも準備が行われているようだ。という事は、彼らも現地入りしているのだろうか。
<いつでも動けるようにしておけ>
「うん」
切られた携帯を見つめ、街を見回して溜息を漏らす。
「思ってたよりこの街って広い……ベリルの言うように予測や想像は大事だってコトよく解るわ」
ようやく、今になって闇雲に探して上手く行くとは思えないと気がつく。
『あとはお前の運に賭ける他は無い』
彼はそう言っていたけど、確かにいざという時は運って重要だな……と頭を抱えた。
次の日──
「!」
朝の9時頃に携帯が震えた。画面に表示されているのはベリルを表す暗号。
「はい」
<つい今しがた手に入った情報だ。決行は今日>
「えっ!? 今日!?」
朝食の準備をしていたソフィアは飛び上がるほど驚いた。
<こちらで城を監視しているがレオン皇子が出た形跡はまだ無い>
「行動時間は昼くらいだって言ってたもんね……」
ああ、ドキドキした……胸を押さえて苦笑いを浮かべる。
<準備はしておけ>
「解った」
通話を切ってさっそく準備を始める。
ハンドガンはすぐに撃てるタイプのリボルバー銃に、ナイフは接近戦用と投げ用。
「! あ、そういえば」
レオン皇子はベリルと会ってるんだわ。
「だったら、向こうからあたしを見つけるかも」
そう考えて彼と似た服装をした。
午前11時──ベリルからメールが入る。
<レオン皇子が城を出た>
「よし!」
携帯をバックポケットに乱暴に詰めて玄関の鍵をかけ足早に城に向かった。
入り組んだ町並みは、見晴らしの良い場所からレオン皇子を追跡しているといっても限界がある。
大体の位置は時折メールで送られてくるけれど、そこから出会えるのかは彼女の予測と運に基づく他はない。
「!」
そんな彼女の目の前に怪しい男たちが映る。暗めの服にサングラス……彼女は警戒して近づこうとしたが男たちは何かを探すように駆けていった。
「あ!」
慌てて追いかけたが見失ってしまった。
「! あっ、ちょっと!」
「な、何だ?」
近くにいた青年に声をかける。
「ここら辺で怪しい男たち見かけなかった?」
「向こうに走って行ったよ」
「ありがとう!」