*故郷へ
その夜──
「……?」
ソフィアはさらに首をかしげる。やはり朝に下ごしらえしていた食材は並んでいなかった。
明日の下ごしらえなのかな? 料理によっては1日かかるものもあるし。などと考えながら、ワンプレートに置かれているサフランライスとデミグラスハンバーグにポテトサラダを見つめた。
コーンポタージュを二人分手にしているベリルがテーブルにつき、夕飯が始まる。
静かな夕食、ベリルの動きに見入る……とても静かなのに、それが嫌じゃない。落ち着いて食べ物を口に運ぶ彼の姿が上品で、あたしはこの時間が割と好き。
「ソフィア」
「! なに?」
「明日の朝食は無いので昼近くまで寝ていて構わん」
「あ、うん」
明日の朝ご飯は無いんだ。なんでだろ?
「……」
部屋に戻り、ベッドに寝転がり天井を見つめてこれからの事を考えた。
「レオン皇子の顔は気に入らないけど、とにかく助けなくちゃ」
格好いいんだけど、あの目が好きじゃない。冷たく刺すような黒い瞳が凄くバカにしてるように見える。
「まあ確かに、あたしたちとは生まれが違いますけどねぇ~」
どうしよう、出会った途端に殴りそう……半笑いで思った。
「ベリルは何も思わなかったのかな?」
もしかして、あたしと同じように思って殴ってたりしてね。
「皇子を暗殺にかかるのは多くて4人くらいだろうってベリルが言ってたけど……ホントかな」
彼の予想はほとんど外れたコトがないってルーシーが言ってたけどさ……確実に殺すなら、もっと多い方がいいと思うのよね。
「! あ、多いとすぐに見つかって警察が職務質問するかな?」
……っていうか、皇族専用の警護に情報を伝えた方がいいような。
「伝える事は伝えるわよね……ってうーん? 未確認の情報を伝えても動いてくれないかな?」
と、色々と思考を巡らせていた階下ではベリルが携帯で情報を伝えている最中だった。
<暗殺計画?>
「そうだ」
<それはいつだ?>
皇族を警護する責任者らしき男が、ぶっきらぼうに対応する。
「まだそこまでの情報は手に入っていない」
それを聞いた電話の男は、しばらく沈黙して発した。
<情報、感謝する>
それだけ言って通話は切られた。
「……」
解っていた事に小さく溜息を漏らす。
ハッキリした情報が手に入った頃には、それを伝える事は出来ないだろう。反皇族派も迅速に決断し、動くハズだ。これ以上の情報提供をしている暇はない。
「やはり我々が動く他は無い……か」
ベリルは苦い表情を浮かべた。
今の情報で多少の警戒はするだろう。しかし確証は得られないと思われる。それほどに、ベリルたちが手に入れている情報も少ないという事だ。
段階を踏まなければならない国の機関よりも、迅速に行動可能な自分たちが動く方が良い場合もある。
国の中核に関する事にあまり介入しないベリルだが、ソフィアの故郷であるフォシエントの危機に傍観している訳にもいかない。
「派手に動いてくれた方が牽制になるのだが」
その情報を大々的に公表して警戒する事で、相手はその計画を断念するかもしれない。
しかし──彼らはむしろ、その反皇族派を捕まえるために情報を隠す可能性があった。
それは間違っている……ベリルは表情を険しくした。罪を犯してから捕まえるのではなく、犯罪を未然に防ぐ事こそが最も重要な事なのだ。
それを諭した処で聞き入れる訳もない……再び溜息を吐き出しキッチンに足を向けた。
次の日──
「うにゃ~……」
寝疲れて目を覚ます。サイドテーブルに置いてある置き時計の針は、11時30分を指していた。
「もう無理……眠れない」
こんなに長く寝たのは久しぶりかもしれない。
「寝過ぎて体がダルい……」
ベッドからのそりと起き出し、服を着替える。依頼の無い時でも長く寝る事はほぼ無いので、寝過ぎて逆に体が辛い。
これならいつも通りに起きて昼まで部屋で何かしていれば良かったかも。と思いつつ、つい彼に甘えてしまっているのだと溜息を短く切った。
「!」
「おはよう」
階段を下りてキッチンに向かうと、ダイニングテーブルに華やかな料理が並べられていた。
「……?」
不思議がっている彼女にキョトンとする。
「自分の生まれた日を忘れたか」
「あ! 誕生日だ!」
「ケーキは食事のあとだ」
「スゴイすごい! ありがとう!」
ローストビーフにサーモンのテリーヌ、ポトフにサラダ……量は多くないけど色んな料理がテーブルの上を飾っていた。
「美味しそう!」
そうか、それで昨日からあんなに下準備してたんだ。部屋も飾ってないし盛大じゃないけれど、あたしは凄く嬉しかった。
食事が終って、出てきたケーキに声をあげる。
「わあ!? キレイ!」
シンプルなストロベリーケーキの上に、色とりどりの果物と琥珀色のアメ細工がキラキラと輝いていた。ゴージャスだけど繊細な作りで思わず見とれてしまう。
彼はそれを丁寧に切り分け、品の良い皿に乗せられたケーキがソフィアの前に置かれた。
カモミールティの香りがダイニングに充満して、切り分けられたケーキにフォークを立てる。
「! おいしい!」
その笑顔に彼は柔らかな微笑みを返した。
ケーキを堪能し2人はリビングでテレビを見ながらくつろぐ。
「!」
コーヒーを飲んでいると1枚の紙を手渡された。それを見て、思わず身を乗り出す。
「!? 解ったの?」
「実行の日は近い。明日、出発しろ」
険しいベリルの表情に自身も目を吊り上げて、ゆっくり頷いた。
それから何時間も話し合い、確認しあう。まだ一人前とはいえない彼女を単独で行動させる事に少しためらいはあったが、彼女の決意は揺るがなかった。
そのため、いつもよりも確認する作業に時間を費やす。
「反皇族の組織は調べただけで5つ存在する。その中から現在、洗い出しを行っている最中だ」
実行する人間に決行の日程を伝える段階で漏れ伝わった情報のため、組織自体の選出がまだ出来ていない。
「調べた組織の規模を想定して、こちらの人数もすでに決定している。あとは洗い出しの作業だけだ」
「あたしは先に国に戻ってレオン皇子を保護すればいいのね?」
「我々が組織を包囲するまで、彼の身辺を警戒してもらいたい」
「わかった」
漏れてきた情報は、まだ酷く曖昧なものだが先手を打つ必要があった。
「生活出来るだけの機材を運ぶ手配はしてある。到着してすぐにも生活が可能だ」
「!」
そうか……あたし一時的に家に帰るんだ。