*故郷
「頼めるか」
「OK」
「あ、あたしはまだ……」
「仕事は終ったんでしょ。あとは帰るだけだよ」
「! ベリル……っ待って」
「ソフィア、仕事をこなせ」
言って出て行く。求めるように上げられた手をゆっくりと下げ、ダグラスに睨みを利かせた。
「あれ、俺のせいなの?」
しれっと薄笑いを浮かべた。
「……」
黒いピックアップトラックの助手席で、ガラスの下げられた窓に肘を乗せて風に当たる。
「怒るなよ」
「怒るわよ」
「仕方ないでしょ。ベリルは仕事中」
「解ってるけど……っ!」
彼女の不満げな表情に小さく溜息を吐き出す。
「仕事の内容が知りたかったのかい?」
「!」
的を射抜かれて目を伏せた。
「教えられる訳ないでしょ。それくらい学んでるハズだよね」
「……」
言われて、ますます下を向いた。そんな彼女に呆れたように目を据わらせて口を開く。
「大体の想像は付くでしょ。中東といえば……解るよね」
「! 内戦?」
「他には麻薬」
車を走らせて続ける。
「チップの中身は、多分だけど麻薬組織かもしくは麻薬製造のデータ。作戦遂行中ってことは、どこかの組織を叩いている最中なんじゃないかな」
チップは多分、何かの決定打になり得るものが入ってるんだよ……青年は冷静に、そして的確に判断して語った。
「俺もそこまでしか想像出来ないけど、仲間だからって全部教えてくれるほどこの世界は甘くないからね」
「あなたが訊けば、ベリルは教えてくれるんでしょ……?」
「仕事が終ったあとなら君にだって教えてくれるよ」
現在進行中の作戦をペラペラと喋るバカはいないよ。淡々と言い放った。
「とにかく、危険な仕事を新人に任せたルーシーはベリルからおしかりを受けるだろうね」
「! そんなっ! ルーシーはあたしのために……っ」
「簡単な仕事だとたかをくくった彼女自身にも必要なことなんだよ」
「!」
「ほら、そんなこと言ってる間に車が追尾してる」
「え?」
バックミラーを覗くと後ろに黒い乗用車が映っていた。
「しっかり掴まっててね」
「! きゃー!?」
車は速度を上げ、カーチェイスが始まる──
「ただいまぁ~……」
「! ソフィア。大丈夫だった?」
帰ってきたソフィアにルーシーが駆け寄る。満身創痍の表情に眉をひそめた。
「ごめんなさい。私が浅はかだったわ」
「! いいんです。ベリルに会えたし」
カーチェイスのあと郊外で銃撃戦を繰り広げ、なんとか飛行機に乗り込み帰って来られた。
「ベリルにこっぴどく怒られちゃったわ」
ルーシーはペロリと舌を出して笑う。
「あたしのためにごめんなさい……」
「いいのよ。あなたが無事で良かった」
「ダグは?」
「ビルの入り口で帰りました」
それからしばらくして、ベリルからメールが来た。
<無事か?>
たったそれだけのメール。だけど、あたしは嬉しかった。あたしを少しでも心配してくれたというコトが嬉しかったんだ。
それから、また厳しいトレーニングが続いてルーシーも仕事の難易度を少しずつ上げていく──ソフィアはそれに無理なくついていける程になり、「一人前になるのはもうすぐね」とルーシーに告げられる。
数ヶ月後──
「それでね! 休暇もらったからそっちに行ってもいい!?」
嬉しそうにパステルピンクのニュービートルを走らせながらカーナビにはめ込まれた携帯に声を張り上げる。
<こちらも仕事は無い>
「じゃあ今から行くから!」
<今から? 休暇は今日からな……>
「待っててねー!」
ベリルの言葉を遮るように携帯の通話を切る。
ソフィアは20歳を間近に迎えていた。一人前になると仕事が増えるため、その前にゆっくりするようにと長い休暇をもらったのだ。
「!」
バックポケットに仕舞った携帯が震えて着信を伝える。サブディスプレイに映し出された文字に眉をひそめた。
「! ロナルド?」
携帯をカーナビの凹みに差し込み通話ボタンを押す。
「どうしたの? あたしこれから休暇なんだけど……」
<おまえさ、フォシエント皇国の出身だよな?>
少し高い男の声が車に響く。
「それがどうしたの?」
<これは俺たちの仕事じゃないんだが、ちょっとした情報を耳にしてさ。一応、教えておこうと──>
リリパットのロナルドが、少し声を低くして語り始めた。
「……」
それに聞き入るソフィアの表情は、少しずつ険しくなっていった。
パステルピンクのニュービートルはダーウィンのベリルの家に到着する。
「!」
ガレージのシャッターが開いていた。車を入れろという事なのだろう、ゆっくりとガレージにニュービートルを滑り込ませた。