*還る場所
それから1週間が過ぎ、ソフィアが夕飯の準備をしていると電話が鳴った。
「はい」
受話器の向こうから知らない男の人の声──父さんの友達だと言ったあと、声を低くして続けた。
「!?」
男の言葉に声を無くす。
「父さんが……?」
そのまま床にへたり込んだ。涙が溢れて止まらない。
『父が戦死した』──ずっと聞きたくなかった言葉が、彼女の胸に突き刺さった。
「父さんのバカ……」
大丈夫だって言ったじゃない……嘘つき……!
<それで、君の父さんの遺骨はベリルって奴が持っていくから……おい、聞いてるのか?>
ソフィアの耳には、その言葉はもはや届かなかった。
それからおよそ3日が経ち、何もする気力が無く呆然と日々を過ごしていた。
「お仕事見つけなくちゃ……」
か細く発するが、まだそれが出来る気分じゃない。
「!」
ふいに玄関の呼び鈴が鳴ってフラフラと無意識に玄関に向かった。
「……はい」
「失礼。ソフィア・ジェラルド?」
「!?」
入ってきた青年に一瞬、心臓が高鳴る──金色のショートヘアにエメラルド色の瞳。25歳ほどと見受けられる。
「はい……そうですけど」
ソフトジーンズに黒いインナースーツ、その上に淡い水色の長袖前開きのシャツを合わせた格好の青年の右肩に、大きなバッグが提げられていた。
彼女の名前を確認すると少し目を伏せて発する。
「カークの遺骨を届けに来た」
「え……」
耳を疑うように呆然としている彼女を静かに見つめて、青年は怪訝な表情を浮かべた。
「? 連絡は来ていないのか」
「初めて知りました……」
「……そうか」
「それ……父の?」
青年の肩に提げられているバッグに目を向ける。
「すまない」
「え?」
ぼそりと発した青年を見上げ首をかしげた。
「私の責任だ」
「どういう意味ですか」
「私が指揮を執っていた」
「!?」
彼女は目を見開いたあと、強く拳を握りしめギロリと睨み付けた。
「なんであなたみたいな人が!?」
どう考えたって父さんの方が経験もあって落ち着いてるのに、なんでこんな人が指揮を執るのよ!
「あなた、名前は?」
「ベリルだ」
「!?」
父さんが言ってた素晴らしい傭兵ってこの人のコトなの!?
「全然……素晴らしくなんか無いじゃない」
憎しみを帯びた瞳でつぶやいた彼女に、彼はただ静かにそこに立っているだけだった。言い訳も目を逸らす事もなく、じっと彼女の怒りと憎しみを受け止め続ける。
「……」
沈黙している彼女にバッグから遺骨の入ったシルクの白い布にくるまれた30㎝ほどの木箱を差し出す。
「!」
潤んだ瞳でそれを受け取り腕の中のそれをじっと見下ろした。現実を否応なく突きつけられ、どうしていいのか少しだけ戸惑う。
「父さん……」
あんなに大きかった父さんがこんなに小さくなっちゃった……檜の香りがソフィアの気持ちを落ち着かせる。
死んでも父さんはあたしを落ち着かせてくれるのね……小さく笑った。
「ごめんなさい」
「いや」
じっと待ってくれているベリルに気付いて涙を乱暴に拭い彼を家の中に促した。
リビングに案内し、遺骨をリビングテーブルの上に乗せキッチンに向かう。
「構わなくて良い」
「……はい」
そう言われても、やっぱりお客さんには何か出さないと……と生返事を返して冷蔵庫からジュースを取り出す。
グラスに注いだジュースを彼の前に置き、向かいの2人掛けソファに腰を落とした。
「本当にごめんなさい……」
すまなそうな表情を浮かべ、伏し目がちに発した彼女にゆっくりと頭を横に振る。
「謝る必要はない」
「父さん……最期はどうでしたか」
「カークは勇敢だった」
よく通る声がリビングに響く。父さんの最期を、その声はしっかりと伝えるように発した。
今回の要請は、中東で起きている内戦で取り残された村の住民を救い出す仕事だった。周り中が敵という中でベリルさんたちは住民たちを避難させていた。
「子どもが1人、離れた場所にいてカークはその子を助けるために上に覆い被さった」
「!?」
仲間の応戦は間に合わず、父さんは銃弾を何発も浴びたらしい。
「それで……その子どもは……」
「助かったよ」
彼の言葉にホッとして、再び流れた涙を手の甲で拭った。
「父さんは、その子を救ったのね」
彼女の言葉に無言で頷く。
「父さんは……あたしの誇りです」
「素晴らしい傭兵だった」
ベリルさんの言葉が、あたしは嬉しかった……胸を張って誇れる父なのだと、誰にも気兼ねなく言える事なのだと確信した。
「!」
彼が立ち上がると途端に不安が胸を締め付ける。
「……」
入り口の方を一瞥して、ソフィアに視線を移す。
「仕事は決まっているのか」
「あ……まだ卒業したばかりで」
「ふむ……」
少し考えたあと口を開いた。
「もし希望があるのなら私が紹介してもよいが」
「!」
お仕事、紹介してくれるの? それは有り難いけど……特に決めて無かったから、いきなり訊かれても解らない。