*悪魔のいたずら
助手席で呆然としているソフィアを一瞥し口を開く。
「彼は魅力的ですものね」
「!」
ルーシーに目を向ける。
「……あなたも好きになった人?」
「誰でも好きになるわ」
笑って肩をすくめた。そして悲しいような寂しいような瞳を浮かべる。
「でも、気がつくの。彼は誰も愛せない代わりに全てを愛する人だ……って」
「!」
「人を愛せないことは永遠の命に必要なのかもしれない。そう言った人もいたわ」
「……人を愛せないコトが、必要」
「愛する人が年を取っていくのって、普通の人に耐えられるかしら」
「!?」
「自分だけが取り残されることに耐えられるのかしら……」
問いかけるような彼女の言葉に、ベリルの家の方角に顔を向けた。
飛行機に乗り込み、ソフィアに行き先を告げる。
「……へ、パース?」
「そうよ」
ルーシーたちの組織の拠点はオーストラリアのパースだ。西オーストラリア州の州都でオーストラリア第四の都市である。スワン川沿いに位置する都市である。「世界で一番美しい都市」とも言われる事があるほどだ。
「……」
ダーウィンから遠いといえば遠いが、同じ大陸にポカンとした。
「そこも考慮して彼は私に頼んだと思うのよ」
「そ……そう言ってくれればいいのに」
ソフィアは頭を抱えて悶えた。
「彼はきっといまあなたのその表情を想像して笑ってるでしょうね」
クスクスと笑う彼女から視線を外し頬をふくらませた。
「……性格悪い」
「悪魔だもの」
ぴしゃりと言ってのけた。
「!」
ソファでダージリンを傾けていたベリルの携帯にメールが入る。
<ベリルのバカ!>
「クク……」
喉の奥から絞り出すような笑いをこぼした。
ソフィアたちはパース空港から一緒に運んできたニュービートルで南に向かう。
組織の建物があるのは街の外れのビルの地下、ニュービートルを駐車場に駐めてエレベータに乗った。
「!」
10階までのボタンを無造作に押していくルーシーに少し驚く。
「これで地下に降りるの」
「え?」
地下に向かうボタンは無かったが、エレベータが下降していく感覚にギョッとした。
「法則の無いボタンの操作で地下に降りる仕組み」
ルーシーはウインクしてみせた。
「上は事務所と住居フロアになってるわ」
「なんの会社ですか?」
「表向きは営業コンサルタントね」
エレベータのドアが開く──これから本格的にこの世界に足を踏み入れるんだ。ソフィアは気を引き締めて、眼前に広がる空間を見つめた。
数日後──
「あなた、筋が良いわね」
「ありがとうございます」
今日のトレーニングを終えてシャワールームでルーシーと会話を交わす。
「ベリルが紹介しただけのことはあるわ」
「!」
それにダグラスの言葉を思い出す。
『情けでは弟子に出来ない』
ちゃんと、その人の適正を見抜いてあたしを紹介してくれたんだ……今更ながら、彼の目に感謝した。
「ベリルの真似した?」
「えっ?」
「動きが似てるから」
「え、ええまあ……」
「彼の動きは独特だから、真似するのは難しいのよ」
「そうなんだ……」
あたしは彼の動きしか知らないから、あの時は必死だった。
「!」
シャワールームから出たソフィアが、ガラスに映った自分の姿を見つめる。
「……」
自分の姿に、何か気付いたのか小さく笑みを浮かべた。
次の日──
「おはようございます」
「! おはよう」
ルーシーは、彼女の姿を見て驚く。
「髪、切ったの?」
「はい」
ニコリと笑う彼女に苦笑いを返す。
「ねえ、それって……」
あとの言葉を濁すルーシーに再び笑みをこぼした。
<彼女、かなりの素質があるわ>
「ん、そうか」
あれから半年が経ち、ソフィアは19歳になっていた。ルーシーからの定期的な連絡に、ベリルは静かに応える。
<あの子の気持ち、まだ変わってないみたいよ>
「!」
<一人前になる日は近いわ>
「……」
ベリルは目を細めた。
「え、仕事ですか?」
「そう。といっても簡単な仕事よ」
ルーシーはソフィアに仕事を紹介する。
「これを、ある人に届けてほしいの」
「……?」
手渡されたのは、目的地が書かれているメモとマイクロチップが入ったケース。
「誰に渡すんですか?」
「行けば解るわ」
ウインクして微笑んだ。
ソフィアは自分の部屋に戻り首をひねる。
「うーん……?」
一体、誰に渡すんだろう? 行けば解るってコトは知ってる人よね。彼女はルーシーと行動を共にしているため顔見知りが増えているせいで見当がつかない。
リリパットの仕事の中には、こういう『配達屋』のような仕事も少なくはない。彼らの職業柄、的確に物を運ぶ事に長けているためだ。
ソフィアは単身、イタリアに飛んだ──イタリア共和国、南ヨーロッパに位置する共和制国家だ。
サンマリノ、バチカンの領土を取り囲んでいる。その首都はローマ。