*研修旅行は危険な香り
「やったぁー! 旅行だ旅行!」
自分の部屋に戻ると、声を上げてベッドに飛び乗った。
そうよ! 告白するチャンスじゃない! ロマンティックな雰囲気に持ち込んで……
「うくく……」
ソフィアはニヤニヤしながらベッドに潜り込み意識を遠ざけた。
朝──なかなか寝付けなかったが、いつもよりも早く目が覚めてしまった。眠い目をこすり、ここに来る時に使った旅行バッグを引っ張り出してクローゼットの中を眺める。
「どこに行くのかな~何日くらいなんだろう?」
ウキウキしながら服を詰めていく。色んな想像や妄想が止まらない。
「ん? 待てよ……?」
研修旅行? どういう意味なんだろ? 研修って何するのかな? 彼女の頭の中は疑問符で一杯だ。
「……まあいいや。聞けば解るし」
鼻歌交じりに着替えを済ませ、軽快に階段を下りていった。
「ふえっ!? 車で!?」
ソフィアは危うくスクランブルエッグを吹き出しそうになった。
「研修旅行と言ったろう。サバイバル術を学ぶうえではフィールドに出なければな」
「……リリパットに必要なんですかぁ?」
コンソメスープをすすりながら質問する。
「全て学べという訳ではないよ。かじる程度の勉強だ。知っているのと知らないとでは雲泥の差がある」
「旅行って……どんなルート?」
問いかけに、ダイニングテーブルにサラダを乗せて乗せて応える。
「ここからまずバリングラ。次にウルル、そしてシドニーで観光」
「……」
マウント・オーガスタスにエアーズ・ロックで最後はシドニーか。観光といえば観光ね。世界一と二位の一枚岩に、確かシドニーには世界遺産のオペラハウスがあった。
「!」
ハッ!? ちょっと待って……
「あの……寝る処は?」
確かオーストラリアって人が住んでる範囲は少ないって……自然国立公園にホテルなんか無いわよね。
「車の中で寝る」
「えええぇぇ!?」
うそっ!? 本気?
「ひ、飛行機で行きましょうよ」
「それでは意味が無い」
いや、あたしには旅行ってだけで充分に意味があるんですけど……そうも言えず、彼女の意見はさっぱりと拒否されるのだった。
「車ってあれよね……来る時に乗ったやつ」
部屋に戻って唸りながらウロウロと歩き回る。
まだハマーとかなら格好いいけど、ちょっと薄汚れたオレンジレッドのピックアップトラックなんだもんな……あれはあれで悪くはないけどさ。
ていうか、狭い車の中で2人きり!? 嬉しいんだか怖いんだか解らない……!
「……狼になったりして」
自分で言ってて恥ずかしくなった。
あっという間に旅行当日──食料や水を積み込んで車は発進する。色々と考えていたのに、思っていたより時間は速かったらしい。
「……」
ソフィアは、荷台に積まれた荷物に助手席から視線を投げる。
なんか、凄い武器が乗せてあったような……そんな彼女の思考を意に介さず、彼は楽しげにハンドルを握っていた。
数時間後、暇そうにしている彼女を一瞥し口を開く。
「私の愛用しているハンドガンについて説明しろ」
「うえっ!?」
突然、訊かれてわたわたと両手をバタつかせた。
「え……えと~SIG/ザウアーP226だっけ……9ミリ・パラベラム弾を使用するもので……装弾数は~……」
ちらりと視線を向ける。彼は返事を待つように前を向いて運転していた。
「装弾数はぁ~……15発と1発!」
「上出来だ」
「良かったぁ……」
「ではグロック17について」
「ひいぃ~……」
ソフィアの叫び声が車の中に響いた。
「……ホントに荒野だ」
窓から見える景色につぶやいた。
街は海岸沿いにあり大陸の中程はほとんどが荒野だ。荒野といっても草木が点在している。
街から街につながる道路はいくつも張り巡らされてはいるが、活気があるという訳ではない。
「……」
こんな処に1人にされたら、絶対に生きて行けない。小さく身震いしてブランケットを膝にかけた。
もうすぐ夏になるオーストラリアだが、夜は少し冷える。
「!」
ソフィアが再び外に目を移すと、暗闇が広がっていた。
民家の無い砂漠……灯りが無いのは当り前だが初めての暗闇に少し身を震わせる。
「今日はここまでにしよう」
「!?」
車を止めて外に出る彼につられるように慌ててドアを開いた。
荷台から折りたたみのイスと食材を入れてあるクーラーを降ろし、たき火の準備を始める。
しばらくして、肉の焼ける良い匂いが漂う。パンと薄切りの牛肉にアスパラガスがアルミの皿に乗せられソフィアに渡された。
「……」
なんか質素……それでもまだ生肉がある今は贅沢なんだ。数日後には干し肉になるってベリルさんが言ってたもの。
ソフィアは薄切り肉をフォークに刺して口に運ぶ。
「! 美味しい!」
「それは良かった」
ブランデーを傾けてニコリと微笑む。貴重な食料を減らさないために、今回ばかりは食べないらしい。余分には持ってきているけど、もしものために取っておくんだとか。