遠く、相槌を打つ
ホラーかな? まあホラーっぽいでしょう。
と言う訳で「夏のホラー2026」参加作品になります。
――カァン カァン カァン カァン
――キィン キィン キィン キィン
「父さん……。 まだ、こんな所にいたのか?」
久方ぶりに顔を見せる息子に声を掛けられ、鍛冶師の男は鎚を振るう手を止めた。
◇ □ ◇
そう大きくもない街の外れに、彼の仕事場はあった。
場合によっては朝から晩までトントンカンカンと鳴り響く鍛冶場だ。
周囲の事を考え、多少の不便には目をつぶった、そんな立地である。
父の、その父の、またその父の代から鍛冶を続けた家だ。
そんな子どもたちは家を継ぐか、もしくは独立し別に居を構え、この街に、その街に根を下ろしていった。
彼の子どもたちも独立して家を出た。
彼同様に鍛冶師になった子もいた。
だがこの鍛冶場はめっきり古くなっており、それでも彼は愛着のあるここをあまり弄りたくはなかった。
だから彼は子どもたちにここを継がせる事なく、この街の別の場所へ、もしくは別の街へ移住させた。
自身は死ぬまでここで鎚を振るい続けようと。
別段大した腕の鍛冶師ではない。
武器や鎧も打つが、鍬や鋏も打つし、細工だって作る。 よく言えばオールマイティ、悪く言えばスペシャリストにはなれない、そんな鍛冶師だ。
やがて、寄る年波には勝てず、彼は倒れた。 妻はこの鍛冶場を維持しようとしたものの、鍛冶師となった子は既に自身の鍛冶場を持っている。
街外れという立地故に買い手も付かず、そこを放って街で子と暮らすしかなかった。
妻がやがて天寿を全うする頃、街は急速な発展を遂げる様になる。
近くに新たな鉱脈が発見されたのだ。
街は大きくなった。
何年も、何十年も掛けて大きく、大きくなっていった。
かつては街外れだった鍛冶場も、拡張という波に飲み込まれる様に再開発されていく……はずだった。
――夜な夜な鉄を打つ音が響く、という噂がなければ。
時には力強く、時には小刻みに鉄を、鋼を打つ音が夜の静寂に谺する。
カァンカァンと、コツーンコツーンと。
人々はその音を聞き、また炉の炎を見たとも言う。
キィンキィンと、甲高い音もする。
何を打つのか、どう打つのかでも変わってくる、一定の様で一定ではない鍛錬と彫金の音色だ。
しかしそこには誰もいない。
無人の、最早鍛冶になど使えそうもない荒涼とした『元』鍛冶場があるだけ。
壁は半分以上倒れ、屋根もなく、炉は辛うじて形だけを保っているが、そもそも周囲には背の高い雑草が生い茂っており火など使おうものなら延焼する事は必至だ。
なのに夜には鍛冶の音。
街の拡張はこの音の届かないところまでで止まり、かと言って反対側へ街を拡げようにも鉱脈の位置からしてそちらへの開発は無駄が大きい。 一方で神殿の生臭坊主たちはお布施は取ってもまるで当てにはならなかった。
□ ◇ □
夜。
そこは誰も近づかず、街の一角になり損ねた場所。
再開発の為に周囲の木々や雑草は一度刈り取られたが、今はまた草原の様に伸びた草が風に靡いていた。
その中心にある今にも崩れてしまいそうな鍛冶場からは、矢張り鉄を打つ音が今も響いていた。
――カァン カァン カァン カァン
――キィン キィン キィン キィン
――コンコンコン コンコンコン
殆ど壁のないそこに赤く浮かび上がるのは炉の炎か。
近づけば空気を送る鞴の音や、灼けた鉄を入れられた水の蒸発する音も聞こえてくる。
そこへ近づくのは草を踏み分ける音。
特に音を消そうともしない、むしろ気づけと言わんばかりのそれに、鍛冶場の音は何の反応も示さない。
だから、
「父さん……。 まだ、こんな所にいたのか?」
倒れた時の彼と、そう変わらない様な年頃の息子は呆れた様に声を掛けた。
――キィン キィン …………
その声に、そう大きくもないその声に、鎚の打つ音が止まる。
誰もいなかったはずの炉の傍に、息子を見る父の姿があった。
「…………スプ、レンド……ル?」
「息子の名前が出るまで随分掛かったね。 ボケた?」
「吐かせ」
父はそれだけ言うと再び鎚を振るい始めた。
――カァン カァン カァン カァン
息子はそれを見て溜息を吐くと、なかった筈の壁からある筈のない鎚を取り、父の前へ。
そこで父が打つのは一本になった鉄の棒だった。
その総量から見て作るのは小剣だろうか。
「手伝うよ」
そう言って、タイミングを見計らい鎚を下ろす。
「抜かるなよ」
――カァン カァン カァン カァン
「そっちこそ、腕は落ちてないだろうね?」
言って、にやり。
「ふん。
ここしばらく、一日たりとも休まずに鎚を振っているわい」
鎚が振られる。 振り下ろされる。
先程より速く、強く、鉄を打つ。
鉄は、実のところ打っていられる時間は相当に短い。 その温度帯は1100~1200度。 その温度の時にのみ一打一打魂を込めて打つ。 これが鍛錬である。
「母さんが待ってるよ」
相槌を打ちながら、息子が言う。
伸びた鉄を折り曲げ、重ね、再び熱して打つ。
熱気が籠もる。
真っ赤に燃える炉へ、何重にも折り返し重ねられた鉄が入れられる。
幾度も幾度も繰り返される鍛錬。
「そうだな。 オレはいつもあいつを待たせてばかりだ」
「聞いたよ。 告白した後に慌てて指輪を作ったって。
僕はちゃんと最高の出来のを作ってから結婚を申し込んだけどね」
「……そうかい」
熱された鉄を取り出し、打つ。
――カァンカァンカァンカァン
より速く、より強く、それでも尚正確に。
何度も何度も折り返し、同様の回数を重ねられた硬く固く堅い鋼。
――カァンカァンカァンカァン
相槌を打つ息子は『いつの間にか』若い姿で鎚を振るっていた。
父はおおよそ五十代、息子は三十代程の姿だろうか。
「お前とこうして打つのは何年ぶりだろうな……」
父の独白に近い問い掛けに、しかし子は答えずただ相槌を打つ。
炉の炎に炙られ、汗を流す間もなく蒸発させる灼熱の空間でふたりは鎚を振るい続ける。
作業はいつの間にか鉄を鍛える鍛錬は形を整える鍛造へと変わっていた。
――キィンキィンキィンキィン
――ジュウウウウウウウゥゥゥゥゥ
鍛えられた刃が水へ没入する。
焼き入れ。 これにより鋼は硬くなる。 硬すぎて靱性が殆ど失われてしまうが、この作業が刃を刃たらしめる。
大量の水蒸気が巻き上がる中、父の姿は随分と薄くなっている様に見えた。 まるで、その蒸気に紛れてしまいそうになる程、薄い。 紛れて蒸気と共に消えてしまいそうなくらいに。
「ちゃんと母さんに謝ってよ?」
「わかってる。 これを持って行って頭ぁ地べたに擦りつけて謝るさ。
息子との合作だって、な」
焼き入れされた刃を取り出し再び炉へ。
と言っても炉の炎はすっかり落ち着いている。 僅かに残る炭から発せられる熱とそこに籠もった熱気がその刃の靱性を取り戻させるのだ。 焼き戻しと呼ばれる作業である。
「……刺されないでね」
「阿呆吐かせ。 あいつはそんな女じゃねえよ」
やがて焼き戻しした刃を更に空冷し、研ぎの作業に入る。
「僕がやろうか?」
「こいつは任せられんな。 オレがやるさ」
――シャッ シャッ シャッ シャッ
薄い父が刃を研ぐ。
空へかざしその刃を見て、また研ぐ。
それを繰り返し、繰り返し父は「ほっ」と息を吐いた。
「……完成?」
「まだだ」
息子の声を否定し、刃を渡す。
「ほれ、銘を刻め。
それで完成だ」
少し考えた息子は鏨と金槌を取ると笑顔で銘を刻み、それを父へ渡す。
渡された父は刻まれたそれを理解するのに数瞬の時間を要した。
「――おまっ……!?
何てものを刻むんだよ、お前はっ!?」
「文句は聞かないよ。
さあ、早く母さんの所に行こう」
◇ ◇ ◇
ゆっくりと陽が昇る。
陽光が射し込む。
すっかり薄くなっていた父はその光の中に溶ける様に姿を消した。
息子も、その姿を来た時と同様の、年老いた姿に戻し、ゆっくりと消えていった。
朝露の様に。
ただの夢の様に。
鍛冶場は本来の形を光に晒し、先程まで使われていた形は幻の様に消え失せ……
ただ一本の刃だけがそこには残っていた。
〈愛しい人〉と、そう銘打たれた一本の剣が。
と言う訳で実は息子さんも亡くなっておりました。 こちらも普通に天寿を全うした形ですね。
なにせお父さんが亡くなって5~60年以上は経過しているので。
一応、本当であれば荒研ぎ→銘入れ→本研ぎの行程が入ります。
でもそこまでやると蛇足っぽく感じたのでこういう形で終わらせました。




