「心配しすぎだよ」と私の忠告を笑っていた婚約者が、今さら「婚約破棄してくれ」と言ってきました
婚約者のアレードは、人の話を話半分にしか聞かない人だった。正確に言えば、自分にとって心地よい話は最後まで聞くのに、耳に痛い話になると途端に意識をどこかへ飛ばしてしまう人だった。
人間として、そうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。誰だって、責められるよりは褒められたいし、間違っていると指摘されるよりは、正しいのだと肯定されたい。
けれど、侯爵家の嫡男として、そしていずれ家を背負う者として、それを仕方がないで済ませてよいはずがなかった。
そして、その甘さが今回の騒動を招いたのだ。
◇
ある日の事だった。
クラリスは応接室で、アレードと向かい合って座っていた。目の前の机には、王都の慈善会館で開かれる昼食会の案内状と、数枚の資料が広げられている。
内容は、冬を前にした救貧区への寄付を募るというものだった。孤児院の設立、救貧所への食料支援、施療院への薬品や衣類の提供。紙面には、困窮する人々を助けるための言葉が丁寧に並べられており、一見すれば非の打ちどころのない慈善活動に見えた。
アレードは、その資料をどこか誇らしげに見ていた。
「どうだい、クラリス。素晴らしい取り組みだと思わないか」
そう言われても、クラリスはすぐには頷けなかった。
クラリスは資料に目を落としたまま、いつになくそわそわしていた。
気になっているのは、この昼食会だけではない。ここ最近のアレードの処理が、少し雑になっているように思えたからだ。善い話だと思えばすぐに信じる。名のある貴族が数人関わっていれば、それだけで安全だと考えてしまうのだ。
クラリスはいつになく、どこかそわそわしていた。
理由は単純だった。アレードのここ最近の処理が雑になっている気がしたからだ。
「アレードさん」
クラリスは机の上の資料を見つめたまま、ゆっくりと言った。
「この件、本当にもう少し確認した方がよろしいと思いますわ」
だが、アレードは困ったように笑うだけだった。
「クラリス。君の心配しすぎだよ」
「でも……私、心配よ……?貴方がこれで逮捕されたら困るわよ?」
「そうかい?孤児院の設立に基金……どれも素晴らしいものじゃないか」
アレードは、当然のようにそう言った。
確かに、言葉だけを見れば素晴らしいものだった。孤児院を設立する。救貧所へ食料を送る。施療院に薬品や衣類を届ける。困窮する人々のために基金を作る。どれも、貴族として誇るべき行いに見える。
けれど、クラリスが心配しているのは、そこではなかった。
アレードは、他の貴族と比べて、根はとても良い人なのだ。この世に慈善活動を素晴らしいものだと、惜しむことなく寄付をする人はいるのだろうか?
多くの貴族は、慈善を社交の一部として扱う。名前を売るため、評判を守るため、あるいは有力者との繋がりを作るために寄付をする者もいる。もちろん、それで救われる人がいるのなら意味はある。だが、そこに純粋な善意だけがあるとは限らない。
その中で、アレードは違った。
彼は本気で、困っている人々のためになると信じている。孤児院ができれば子どもたちが助かる。基金が集まれば救貧所が冬を越せる。施療院に薬が届けば病人が救われる。そう考えて、何のためらいもなく手を差し伸べようとする。
それがクラリスが彼を好きになった理由でもあるのだが。それゆえに、人の話の聞かなさは残念であった。
「素晴らしいことと、安全であることは別ですわ」
クラリスは、できるだけ穏やかに言った。
「私は、貴方の慈善活動を否定しているのではないのよ。ただ、貴方が署名する前に、基金の管理者や寄付金の流れを確認してほしいだけです。誰が責任を持つのか、どこにお金が渡るのか、孤児院の土地は誰のものなのか。それを確認しないまま名を連ねれば、何かあった時に貴方が大変な目に合うのよ?」
「でも、そんな悪い人たちばかりじゃないだろう?」
「悪い人たちばかりではないけど、悪い人が一人でも混ざっていれば十分なの」
アレードは少し黙った。
けれど、その沈黙には危機感がない。クラリスが心配しているから一応聞いている、というだけの顔だった。
クラリスは小さく息を吐いた。
彼は良い人だ。間違いなく、良い人なのだ。
けれど、良い人であることと、騙されないことは同じではない。むしろ良い人だからこそ、善意を装った言葉に弱い。困っている人のためだと言われれば疑いにくくなる。皆が賛同していると言われれば、自分だけが立ち止まることを失礼だと思ってしまう。
その甘さが、危なかった。
◇
そして、クラリスが危惧していた通りの事態が起きたのだ。
それは、何の前触れもない日だった。
昼食会を終えた後も、アレードはどこか楽観的だった。多くの貴族が賛同していた。教会関係者も穏やかに頷いていた。救貧区の者たちのためになると、誰もが口を揃えていた。だから大丈夫だと、彼はまだどこかで思っていたのだろう。
クラリスだけが、ずっと落ち着かなかった。
その日も、二人は侯爵家の一室で向かい合っていた。机の上には、例の慈善会に関する書類が置かれている。クラリスが何か言いかけた、その時だった。
廊下の向こうから、複数の足音が近づいてきた。
それは使用人のものではなかった。遠慮も礼儀もない、床を踏み鳴らすような重い足音である。クラリスが振り返るより早く、部屋の扉が乱暴に開かれた。
押し掛けてきたのは、武装した兵士たちだった。
「貴方達、一体何をしているのよ!無断侵入よ!」
クラリスは即座に立ち上がった。
だが、兵士たちは彼女の言葉など聞いていなかった。先頭に立つ男は、鋭い目で室内を見回すと、迷うことなくアレードを睨みつけた。
「黙れ!!アレード!貴様を国家反逆罪の罪で逮捕する!」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「こ、国家反逆罪……!?」
クラリスは息を呑んだ。寄付金の不正や名義の悪用ならば、まだ想像の範囲にあった。けれど、国家反逆罪など、簡単に口にされる罪ではない。それが出たということは、すでに何かが大きく動いているということだった。
「待ちなさい!アレードが何をしたと言うの!」
クラリスは兵士たちの前に出ようとした。
しかし、別の兵士が彼女の行く手を塞ぐ。
「下がれ。邪魔をすれば、お前も拘束する」
「そんな横暴が許されると思っているの!?」
クラリスの声が震えた。
怒りからではない。恐怖からでもない。目の前で、取り返しのつかないことが起きようとしているのに、自分の手が届かない。
アレードは抵抗する事なく連れてかれる。
彼は何も言わなかった。逃げようともしなかった。怒鳴り返すことも、身の潔白を叫ぶこともなかった。ただ、顔色を失ったまま、兵士たちに腕を取られていた。
その姿を見て、クラリスは胸を締めつけられた。
あれほど言ったのに。何度も止めたのに。
けれど、そんな言葉は喉の奥で消えた。今さら責めたところで、何も変わらない。彼自身が、それを一番分かっているような顔をしていたからだ。
「アレード……!」
クラリスが名前を呼ぶと、彼はようやく彼女を見た。そして、ひどく静かな声で言った。
「クラリス。すまなかった。君の言う通りだったよ」
聞きたかった言葉ではなかった。
今、この場で聞きたかった言葉では、決してなかった。
「アレード……」
クラリスはそれ以上、何も言えなかった。
アレードは弱々しく笑った。いつものように、彼女を安心させるための笑みではない。自分の愚かさをようやく理解した者の、痛々しい笑みだった。
「僕からのお願いだ。クラリス。僕達はまだ結婚をしていない。君はまだやり直せる。どうか今ここで婚約を破棄してくれ」
その言葉に、クラリスの胸が鋭く痛んだ。
彼は今さらになって、彼女を守ろうとしている。
自分が捕らえられ、国家反逆罪という重すぎる罪を着せられようとしているこの場で、それでもなお、クラリスだけは巻き込まないようにしようとしている。
それが、彼の良さだった。
そして、どうしようもなく救いがない優しさだった。
◇
「そんな事は絶対にさせないわよ。いい?どんな手を使っても貴方を自由にさせるから」
クラリスは、震える声でそう言った。
それは強がりだったのかもしれない。国家反逆罪など、貴族の娘一人がどうにかできるほど軽い罪ではない。王家に背いたと見なされれば、本人だけではなく家にまで疑いが及ぶ。婚約者であるクラリスも、無関係ではいられない可能性があった。
それでも、ここで頷くことだけはできなかった。
アレードが婚約を破棄してくれと言ったのは、クラリスを守るためだ。自分から切り離せば、彼女だけは逃げられるかもしれない。そう考えたのだろう。
けれど、そんな優しさを受け取って逃げるくらいなら、最初から彼のことなど好きになっていない。
「駄目だ。君まで巻き込まれる」
「もう巻き込まれているわよ。貴方の婚約者なのだから」
「だからこそ、今ならまだ――」
「今さら遅いわ」
クラリスは、彼の言葉を遮った。
「貴方が私の忠告を聞かなかったことは許してあげないわ。何度も言ったのに聞き流して、挙げ句の果てにこんな事になって、本当に腹が立っているの。正直、今すぐ説教したいくらいよ」
クラリスは唇を噛みしめながら、それでも目を逸らさなかった。
「でも、だからといって、貴方を見捨てる理由にはならないでしょう」
兵士が苛立ったようにアレードの腕を引いた。
「話は終わりだ。連れて行け」
「待ちなさい!」
クラリスは思わず前に出ようとしたが、兵士に阻まれた。目の前に突き出された腕が、これ以上近づくなと告げている。
アレードは抵抗しなかった。
ただ、連れていかれる直前、もう一度だけクラリスを見た。
その顔には、後悔と、恐怖と、それでも彼女だけは無事でいてほしいという願いが混ざっていた。
「クラリス」
「何よ」
「……すまない」
「謝罪は後で聞くわ」
クラリスは、涙を堪えるように睨み返した。
「だから、勝手に全部終わったみたいな顔をしないで」
アレードは、ほんのわずかに笑った。
それは、先ほどよりも少しだけ弱さの薄れた笑みだった。
だが、その笑みもすぐに兵士たちの背に隠れる。
アレードは連れてかれた。
廊下に響く足音が遠ざかっていく。扉の向こうへ、階段の方へ、そして屋敷の外へ。クラリスはその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
部屋には、散らばった資料だけが残されていた。
「……だから言ったのに」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
本当は、もっと早く止めたかった。もっと強く言えばよかったのかもしれない。嫌われても、怒鳴ってでも、署名させなければよかったのかもしれない。
だが、後悔している時間はない。
国家反逆罪という死の宣告を前にして、貴族の娘である自身が出来る事は、権力の頂点である国王に直訴するくらいなのだ。
無謀だということは分かっていた。
国王に直訴するなど、簡単に許されることではない。まして、国家反逆罪で捕らえられた男の婚約者が面会を願い出たところで、まともに取り合ってもらえる保証はなかった。下手をすれば、クラリス自身も共犯を疑われる。婚約者という立場は、アレードを救う理由にもなれば、疑いをかけられる理由にもなる。
「アレード。貴方、本当に腹が立つ人ね」
クラリスは踵を返した。まずは王宮へ向かわなければならない。
◇
王宮へ向かう道のりは、やけに長く感じられた。
馬車の窓の外では、王都の街並みがいつもと変わらず流れていく。商人は店先で客を呼び、貴族の馬車は大通りを行き交い、何も知らない人々は今日も日常を送っている。けれど、クラリスの耳にはその喧騒が遠く聞こえた。
アレードは今、国家反逆罪の容疑者として連れていかれている。その事実だけが、胸の奥に重く沈んでいる。
やがて馬車は王宮へ到着した。高い門、整然と並ぶ衛兵、磨き上げられた石畳。普段ならば格式と威厳を感じる場所だが、今のクラリスには巨大な壁のようにしか見えなかった。
それでも、彼女は立ち止まらなかった。
「クラリス・アクセーフです。国王陛下へのお目通りを願います」
門兵は怪訝そうに眉を寄せた。
当然だった。約束もなく、突然王宮を訪れ、国王への面会を求めるなど、本来ならば門前払いされても仕方がない。まして、国家反逆罪で捕らえられた男の婚約者となれば、歓迎されるはずがなかった。
だが、今回の事件における一度目の奇跡は、国王が面会を許してくれた事だった。それは彼女が正義を貫く、由緒正しき旧家のアクセーフの娘であるという要素は少なからずあるのだろう。
クラリスは応接室に案内された。
王宮の奥にあるその部屋は、思っていたよりも静かだった。豪奢な調度品は並んでいるものの、謁見の間のような威圧感はない。壁には古い風景画が飾られ、窓際にはよく手入れされた花瓶が置かれている。けれど、その穏やかな内装とは裏腹に、空気はひどく張り詰めていた。
そこには、人が一人もいなかったのだ。
控えの文官も、侍女も、側近もいない。ただ、ドアの外側に兵士が一人だけ立っていた。見張りなのか、護衛なのか、それとも逃がさないためなのか。クラリスには判断できなかった。
クラリスは部屋の中央で立ち止まった。
国王が来るまで待つのだろうと思った、その時だった。
奥の扉が静かに開いた。現れたのは、年老いた男だった。
「良くきたね、アクセーフの娘よ。お茶は用意しているから座りなさい」
その声は、驚くほど穏やかだった。
クラリスは一瞬、返事が遅れた。目の前にいるのが国王だと分かっていながら、そのあまりにも自然な振る舞いに、反応が追いつかなかったのだ。
「……陛下」
「そう固くならなくていい。今日は大勢の前で裁くために呼んだわけではない。座りなさい。立ったままでは、話もしづらいだろう」
国王はそう言って、自ら先に椅子へ腰を下ろした。
クラリスは深く礼をしてから、勧められた席に座った。目の前には本当に茶が用意されていた。白磁の器からは薄く湯気が立ち、王宮のものらしい上品な香りが漂っている。
けれど、クラリスはそれに手をつける気にはなれなかった。
国王は長年、政治を取り仕切っていた。
若い頃から王位にあり、幾度もの政争、飢饉、隣国との緊張、貴族同士の争いを乗り越えてきた人物である。すでに七十代後半に差し掛かっていたが、その眼差しには衰えよりも深さがあった。白い髪、刻まれた皺、ゆっくりとした動作。そのすべてが年齢を感じさせる一方で、こちらの内側まで見透かすような鋭さを持っている。
「君の父と兄には随分とお世話になった。今日はその礼をしようと思ってね……あぁ、それと、君の婚約者のアレードだったかね?」
国王は、まるで世間話のようにその名を出した。
「私は面白いと思ったのだよ。なぜ、正義を貫く、由緒正しき旧家のアクセーフである君が彼を庇うのかってね。私はてっきり彼を見捨てるのかと思ったよ」
アクセーフ家は、不正を嫌う家だった。
たとえ親しい者であろうと、罪があれば庇わない。身内だからといって見逃さず、王家に対しても、貴族社会に対しても、正しいと思うことを曲げない。それが家の誇りであり、同時に各方面から疎まれる理由でもあった。
そのアクセーフ家の娘であるクラリスが、国家反逆罪で捕らえられた婚約者を庇いに来た。
国王が興味を持つのも、当然だった。
クラリスは膝の上で指を握りしめた。言葉を間違えてはいけない。ここで感情だけをぶつければ、アレードを救うどころか、彼の罪を軽く見ていると思われる。けれど、嘘をつくつもりもなかった。
だから、彼女はまっすぐ国王を見た。
「私は彼を愛しています」
クラリスは声を震わせないように、ゆっくりと言葉を続けた。
「彼は本当にどうしようもなく、抜けている事はあります。それでも、彼は慈善を惜しむことなく財を投じる人です。そんな彼が犯罪を犯すことなんてありません」
そう言いながらも、彼女は分かっていた。アレードは今回、罪に近い場所まで足を踏み入れてしまった。確認を怠り、忠告を聞かず、名前を貸した。その軽率さによって、多くの人が動き、金が集まり、結果として反逆に関わる資金の流れに利用された。
完全に無傷ではいられない。
それでも、国を裏切る意志があったわけではない。そこだけは、絶対に譲れなかった。
国王は、しばらく黙っていた。
やがて、静かに笑う。
「愛している、か。若いね。やっぱり君たち一族はそういう所が好きだよ。実を言うとね。君の父も何十年か前にそう言って、親友を庇ったんだよ」
国王は、懐かしむように目を細めた。
その言葉に、クラリスは思わず瞬きをした。
「父が、ですか?」
「ああ。まだ君が生まれるずっと前の話だ。あの男も若かった。今の君と同じように、まっすぐで、融通が利かなくて、腹立たしいくらい正論ばかり言う男だった」
国王は茶器を手に取り、ゆっくりと口をつける。
「その親友というのが、また厄介な男でね。善良ではあったが、少しばかり人を信じすぎる男だった。悪意を持った者に利用され、自分の知らぬところで罪の片棒を担がされたんだ」
国王は続けて話す。
「でも、結局、私は周りの言う事を聞いて。その男を処刑してしまったんだ。今でも私は後悔しているんだ。君の父に申し訳ない事をした。そんな私を今でも忠義を貫き通してくれている。実に顔が上がらない話だ」
そこには長い年月を経ても消えない悔いが滲んでいた。国王という立場にある者が、一人の貴族の娘を前にして、これほど率直に過去の後悔を口にする。それがどれほど重いことなのか、クラリスにも分からないはずがなかった。
「そんな事が……」
クラリスは、思わず小さく呟いた。
父はその話をしたことがなかった。兄から聞いたこともない。アクセーフ家は正義を重んじる家だが、過去の功績や痛みを声高に語る家ではなかった。きっと父は、その親友を救えなかったことも、国王を恨んだことも、胸の奥にしまい込んだまま今日まで仕えてきたのだろう。
国王は、わずかに目を伏せた。
「今ではその娘が私にお願いをしているのだ。これは絶好の良い機会だと思ってね。仮を返そう」
クラリスは息を呑んだ。胸の奥で、張り詰めていたものが大きく揺れる。
「では、アレードは……!!」
思わず身を乗り出しかけたクラリスに、国王は静かに頷いた。
「あぁ、国王の名の元に寛大な措置をしよう。そして、今回の事件に携わったものの再調査を命ずる」
◇
こうして、国王の名の元に今回の事件で巻き込まれたアレードを筆頭とした者たちは、直ちに釈放された。
もちろん、それは完全な無罪放免という意味ではなかった。彼らは反社会的な組織による資金集めに、結果として名を貸してしまった者たちである。実際に反逆を企てた者たちとは違うにせよ、貴族として、商人として、あるいは教会関係者として確認を怠った責任は残る。
ただし、罪名は国家反逆罪ではなくなった。
再調査の結果、アレードたちの多くは反逆の意図を持っていたわけではなく、慈善活動を装った資金集めに利用されていたことが明らかになった。彼らに下されたのは、「監督不行届」という比較的軽い罰であった。一定期間の謹慎が科される。だが、命を奪われることはない。
それだけで、クラリスには十分だった。
王宮からの使者が釈放を告げた日、クラリスはほとんど休むことなく拘置所の前へ向かった。石造りの建物の前には、同じように家族や関係者を待つ者たちが集まっていた。泣いている者もいれば、安堵のあまり座り込んでいる者もいる。誰もが、自分の大切な人が無事に戻ってくる瞬間を待っていた。
クラリスも、その一人だった。
扉が開くたびに、彼女の胸は強く跳ねた。知らない貴族の令息が出てくる。商会の者が出てくる。教会関係者が付き添われて出てくる。そのたびに、違う、と心の中で呟く。
そして、ようやく。
少し痩せたように見えるアレードが、兵士に付き添われて外へ出てきた。
その姿を見た瞬間、クラリスは走り出していた。
「アレード……! 良かった……!」
彼女は、そのままアレードを抱きしめた。
礼儀も、人目も、貴族令嬢としての振る舞いも、その瞬間だけは頭から消えていた。無事だった。生きていた。処刑台へ連れていかれることなく、こうして目の前に戻ってきた。その事実だけで、胸の奥に張り詰めていたものが一気に崩れた。
クラリスは泣きじゃくった。
「良かった……本当に、良かった……!」
「クラリス……」
アレードは戸惑ったように彼女の名を呼んだ。
彼の腕が、ためらいがちにクラリスの背へ回る。けれど、その手には以前のような軽さはなかった。自分が何をしたのか、どれほど多くの人に迷惑をかけたのか、そしてクラリスがどれほど危ない橋を渡ったのか。それを知っている者の手だった。
「すまない」
アレードは、かすれた声で言った。
「本当に、すまなかった 」
「謝罪は後で聞くって言ったでしょう……!この馬鹿っ」
クラリスは彼の胸元を掴んだまま、涙で濡れた顔を上げた。
「今は、無事に戻ってきたことだけ言いなさいよ……!」
アレードは一瞬、言葉を失った。
それから、泣きそうな笑みを浮かべた。
「……ただいま、クラリス」
その言葉を聞いた瞬間、クラリスはまた泣いた。
悔しくて、怖くて、腹が立って、それでも嬉しかった。あれほど忠告したのに聞かなかったことは、まだ許していない。彼が甘かったせいで、自分まで死ぬような思いをしたことも忘れない。けれど、それでも彼は戻ってきた。
それだけは、どうしようもなく嬉しかった。
「おかえりなさい、アレード」
クラリスは震える声でそう言った。
そして、もう一度強く彼を抱きしめた。




