表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

#4 進撃

 翌日も、その翌日も、私は陣地の外れにある急造の丸太小屋へと足を運んでいた。

 向かう先は、捕虜となった魔族、ブリヘーリアのいる小屋だ。尋問を行うためにわざわざ三日も続けざまに通い続けている。直接の目的は、奴らの長距離魔術の詳細や、未だ見えぬ魔族の軍勢の動向を少しでも引き出すことだ。しかし、鉄格子越しに向き合う私たちの対話は、本来とは逆の様相を呈している。


「おい、教えろ人間、いや、イルザよ。その『算術』とやらの真髄を!」


 薄暗い牢の中で、足に重い鉄の鎖が繋がれたブリヘーリアは、ランタンの灯りに金色の瞳を光らせながら私にそう要求した。

 そうなのだ、むしろ私の方が尋問される側になっている。魔術をも破った「算術」というものの存在を知るや、この魔族の関心は算術に向けられていた。おかげで、初日に見せていたような、我々を「魔獣以下」と見下すようなあの傲慢な態度は鳴りを潜め、そこにあるのは未知の概念に対する純粋な渇望だ。あの日、私が胸ポケットから取り出して見せた一本の計算尺。どこにでもある白い一本の計算尺が、五百年の時を生きる強大な魔族の心に、一筋の光を与えたようだった。

 そんな彼に、私は冷たく言い放つ。「無理だ」と。


「なんだ、自らを守るため、算術は教えられぬと言うか」

「いや、それ以前の問題だ。距離の概念すらない者に、どうやって弾道計算など伝えられるというのだ?」

「我らは魔術を極めるため、何百年もの間、研鑽を続けた。わずか数十年で息絶える短命な生き物に理解できて、我らがまるで理解できぬとは、ありえぬであろう」

「理解できないと言っているわけでは無い。そもそもとして、基礎となる知識があまりにもお前に無さすぎると言っているだけだ」


 私はため息をつき、座り込む。これでは、尋問どころではない。はてさて、距離も分からぬ種族にどうやって、算術の持つ力を思い知らせることができるというのか。しばらく考え込んだ私は、ふと思いつき、おもむろに牢の外の柔らかい土の地面にしゃがみ込んだ。そして、近くに落ちていた木の枝を拾い、地面に一本の滑らかな曲線を描いてみせた。それは、いわゆる放物線だ。


「砲弾も魔術も、このような弾道を描いて飛翔する。その始点の部分、この角度というものならば、お前は知っているのだろう。ならば、できるだけ遠くに飛ばすには、どれくらいの角度が最適かくらいは、分かっているんだろうな?」


 私が描いたただの曲線を、ブリヘーリアは鉄格子にすがりつくようにして覗き込んだ。その禍々しい二本の角が、鉄格子にカツンと当たる。


「それくらいは知っている。斜め上、およそ四十五度であろう」


 我々から航海術を奪った奴らは、角度という概念だけは心得ている。彼らは四分儀を使い、帆船で北の不動星を目印にして自身のいる場所を把握する。距離は分からずとも、角度だけは理解できる。


「ならば聞くが、どうして四十五度がもっとも物体を遠くに飛ばす最適角度なのか、分かっているのか?」

「そんなものは知らぬ。何度も魔術を打ち放てば、自ずと斜め上がもっとも遠くへ飛ばす事ができると体得できる。それが、航海術とやらで使われている四分儀とやらで言うところの四十五度という数字だった。それだけのことだ」

「……やはり、経験頼みの理屈であったか。あながち間違いではないが、その程度の知識で弾道計算ほどの算術を理解するには、途方もない時間と労力が必要ということになる」

「当たり前のことではないか、何事も、時間がかかる」


 はぁ……私はついため息を吐いた。どうやら魔族というのは本当に技術伝承するという発想に乏しいことが分かる。


「……ならば聞くが、魔族よりも短寿命な我々がどうして、魔術を越える技を磨き上げることができたのか、その理由が分かるか?」

「分からぬ。イルザ、お前は見るからに人間でも若い部類、せいぜい二十歳といったところであろう。なのにどうして、算術などと言うものを身に着けたと言うのか」

「簡単なことだ。千年以上に渡って人は技を積み上げ、それを後世に伝承していったからだ。私の二十三年という人生において、その千年以上もの積み重ねられた技が伝承された結果、私は魔族を越えるほどの算術を扱うことができ、正確に砲弾を魔族や魔術に当てることができたのだ」


 それを聞いたブリヘーリアは、唖然とするしかなかった。「伝承」などという言葉が彼らにあるかどうかは分からないが、言いたいことは伝わっただろう。


「……つまり、お前の持つその白い板切れには、千年もの積み重ねがあると、そう言いたいのか?」

「そうだ。その結果として、まさに砲弾が描く放物線を高い精度で予測し、その頭上に当てることができる。放たれた物体や魔術が、このような曲線を描き落ちるその先を予測する術を、お前たち魔族は考えたこともないのだろう。重力という我々を地面に縛り付ける力、加えて風の力、そして大地が自転することによって生じる、コリオリ力という見かけの力……魔力や砲弾を撃ち出す力と比べたら、どれも微々たる力ではあるが、そのような力が集合し、わずかずつではあるが影響しあっている。そのわずかな力の影響は、遠くに飛ばせば飛ばすほど無視できない量となる。なればこそ、私は一度の砲撃で鋭い観測と、そして多数の計算を重ねることになる」

「集合の力を、計算するだと? 風など取るに足らぬし、この大地が我々を縛り付けている? それになんだ、その自転とやらによって生じる見かけの力というものは?」

「貴様らに理解できる言葉で言えば、この大地は我々を引き寄せ、かつ回っているということだ。だから、引力の影響は考慮せねばならないし、遠くへ飛ばせば飛ばすほど、その見かけの力によって弾道はズレる。重い弾頭であっても、空気によって押し返される力は無視できない。私はその全てを、この計算尺一つでこなせるよう勉学に励んだ。測距儀により距離を測り、双眼鏡により揺れる木の葉から風速と風向を推測し、今の緯度からコリオリ力を算出する。さらに空気抵抗をも加味し、砲弾を正しく魔獣の群れの頭上に導いている」

「信じられん……それほど緻密な術を、そして知識を、たかが二十年程度を生きた小娘が会得できるなど……」


 私のこの言葉に、相当ショックだったようだ。それはそうだ。たかが二十年ほどを生きた者が、千年以上も積み重ねた叡智の産物を受け継ぎ、魔族を凌駕した。

 そして私は立ち上がり、ブリヘーリアを真っ直ぐに見据える。


「私はかつて、自身の家族を魔族に殺された。だから私は、魔族を倒すためだけに、まさに一心不乱に算術を極めたのだ。その憎悪の結晶が私の持つ算術の知識であり、この間の戦いの結果として現れた」


 冷たい声でそう言い切ると、ブリヘーリアはしばらくの間、じっと黙り込んだ。その金色の瞳が、私の内に渦巻く真っ黒な憎悪の底を覗き込むように揺らいだ。 やがて、彼は低く押し殺したような声で、こう返してきた。


「……お前に、忠告しておく。魔族は、お前たちが考える以上に卑劣だ」

「は?」

「我ら魔族は、人相手に残虐な行為を平然とする。それをお前たちは知っているはずだ。だが、お前の知る以上に、魔族というものは残忍で卑劣だ。そのことは忘れるな」


 ブリヘーリアの言葉は、一見すると負け惜しみのようにも聞こえる。が、それは単なる負け惜しみというより、何か隠された真実を語りかけているような、そんな感触を覚える。


「確かに、お前たち人間の持つ『算術』とやらは脅威だ。だが、我々は魔力という強大な力だけでこの世界を蹂躙してきたわけではない。目的のためならば、どのような手段もいとわない。そのことを、肝に銘じておけ」


 それが、今日の尋問における彼からの最後の言葉だった。しかしこの時の私には、その警告が何を意味しているのか、想像すらしていなかった。ただの負け惜しみか、あるいは我々に対する単なる脅しだとしか受け取っていなかったのだ。しかし、私はその言葉に何か、引っかかるものを感じ取る。

 私は、算術を教えたわけではない。が、算術のみならず、人がここまで大きく力を蓄え続けることになった理由を、私は図らずもこの魔族に教えることとなった。もしかすると、その返礼のつもりだったのかもしれない。そのことに気付くのは、それから数日後のことだった。


 さて、ブリヘーリアと面会して四日目のことだった。我々第七十五砲術隊は先日、二千もの魔獣どもを叩き潰したあの森の入り口を越え、さらにその奥に広がる鉱山地帯へと進軍することになった。そこはかつて、七百年前に我々人類が魔大陸で発見した希少金属の鉱山の一つがあることが知られている。

 もっとも、今は魔族の手に落ち、彼らの前線基地として機能している場所でもあった。

 平原を越えて、あの森の入り口付近に達する。そこには無数の魔獣の屍が転がっており、それを灯油で焼却処分したと歩兵が言っていたが、その名残で大地が真っ黒に染まっていた。

 そんな黒い大地を越えて、我々は森の中に入る。歩兵が先行し、我々は後方に控えて敵の奇襲に備えることとなった。

 が、その日、我々の前に立ち塞がったのは、これまでのゴブリンやオークといった有象無象の魔獣とは桁違いの存在だった。


「前方、ギガオーガの群れ、多数!」


 前線の見張り員からの悲痛な報告が、陣地に響き渡る。それはまさに岩山のような巨体を持つギガオーガと呼ばれる魔物が、数十体も連なって鉱山の入り口を塞いでいるということを意味していた。その一歩ごとに大地が揺れ、彼らが振り回す巨大な棍棒は、一撃で何人もの歩兵を吹き飛ばすほどの驚異的な威力を持っていた。しかもあの岩のような巨体は、小銃では歯が立たない。


「砲兵隊、前列展開! 一斉砲撃用意!」


 三千もの連合軍の兵たちが下がり、代わりに数重の二十五センチ砲が横一列に並び、一斉にそのギガオーガの群れに向けられる。乾いた砲声が谷間に響き渡る。ギガオーガは砲弾を受け、身体の一部を吹き飛ばされつつも、なおも前進を続ける者がいる。

 当然、後方の我々にも命が下る。


「第七十五砲術隊、砲撃準備!


  後方の丘陵地帯に陣取っていた砲術長のアルデリーギ中佐の声が轟く。


「目標、ギガオーガの群れ! 距離五キロ! ロッセリーニ少尉、算術急げ!」 「はっ!」


 私はすぐさま計算尺を取り出す。距離は短い。とはいえ、私は計算の手を抜くつもりはない。手順通りに風向、気温、そして距離を測り、それらをメモ用紙に書きとる。そして、すぐさま弾道を算出した。射程十二キロを誇る四十二センチ榴弾砲「ディッケバルト」にとって、五キロという距離はまさに近距離射撃だった。


「左二.四度、仰角二十三.二度! 火薬八箱、信管二十秒、弾着時刻二十一秒!」


 私は浅い角度での攻撃を進言した。上方から当てたのでは、散布された弾で味方にも被害が出るかもしれない。できるだけ浅めの角度で当てる。その方が、前方面積の広い巨大魔獣にはダメージが大きいからだ。


「発射用意よし!」

「初弾用意っ! てーっ!」


 アルデリーギ中佐の号令とともに、巨砲が火を噴く。轟音とともに放たれた重い弾頭が空を切り裂き、ギガオーガの群れの真っ只中で炸裂した。強烈な爆風と無数の散弾が、岩のような巨獣たちの肉を深く抉り取る。

 さすがのギガオーガも、四十二センチ砲の直撃には耐えられない。断末魔の咆哮を上げながら、巨大な体が次々と崩れ落ちていく。


「弾着、命中! ギガオーガ、次々と倒れていきます!」


 見張り員の報告に、周囲の砲兵たちから歓声が上がる。私も胸を撫で下ろした。 我々の火力ならば、どんな巨大な魔獣だろうと粉砕できる。人類の勝利は確実だと思われた。 だが、それは完全なる魔族の作戦だったのだ。


「……待て。様子がおかしいぞ」


 双眼鏡を覗き込んでいたアルデリーギ中佐が、低い声で呟いた。 倒れ伏したギガオーガたちの巨大な屍の影から、地鳴りのような低い音が響いてきたのだ。 それは、数え切れないほどの足音だった。


「敵影確認! ギガオーガの死骸の背後から、小型の魔獣が……無数に湧いてきます!」

「なんだと!?」


 私も慌てて双眼鏡を構えた。レンズ越しで捉えた光景に、私は息を呑んだ。倒れたギガオーガの肉の壁を引き裂いて、緑色の肌をしたゴブリンや、狼の毛皮を持つコボルトたちが、まるで嵐の高波の如く、黒い波のように押し寄せてきたのだ。その数は、千や二千ではない。

 やつらは、最大の魔獣であるギガオーガを文字通りの「盾」にしていたのだ。 我々の長距離砲撃の威力を知った魔族は、正面から小型魔獣を突撃させれば一網打尽にされることを学んでいた。だからこそ、あえて貴重な巨大魔獣を前列に配置し、我々の砲弾をそこに集中させた。そしてギガオーガの巨体が砲弾を受け止め、倒れて巨大な肉の防壁となった瞬間に、その後ろに隠蔽していた無数の小型魔獣を突撃させたのだ。

 なんてことだ。ブリヘーリアが言っていた「魔族は卑劣だ。お前ら人間が考える以上に、残虐な行為を平然とする」とは、まさにこのことか。ブリヘーリアのあの警告が、脳裏にフラッシュバックした。

 味方の命を盾にしてまで、勝利を得ようとする。勝つためには、魔獣の命すら板切れの如く使い捨てる。その残酷で想定を超えた戦いを仕掛けられ、前線の砲兵や歩兵は一斉に撤退に転ずる。何人かの歩兵が銃を片手に抵抗するが、黒い波のように押し寄せる魔獣の勢いに、次々と飲まれていく。無論、無数のゴブリンやコボルトも歩兵の攻撃によって斃れるが、やつらは我々人間とは命の価値基準が根本から違うのだ。魔王によって生み出されるだけの魔獣の命など、彼らにとっては使い捨ての道具に過ぎない。波となった魔獣は、味方の屍を乗り越えて勢いを落とすことなく押し寄せる。


「前線の歩兵隊、潰走中! 敵の数が多すぎます!」


  距離を詰められた歩兵隊にとって、無数に群がるゴブリンやコボルトの接近戦は悪夢だった。やつらが放つ短距離魔術による炎や毒が歩兵たちを次々と倒し、陣形は瞬く間に崩壊していく。

 前線が崩れた。このままでは、五キロ離れた丘陵地帯に陣取る我々第七十五砲術隊も飲み込まれる。


「くそっ……撤退だ! ディッケバルトを後退させる! 転倒防止装置(アウトリガー)収納、蒸気機関、起動!」


 アルデリーギ中佐は苦渋の決断を下した。わずかな遅れが命取りとなる。それを知っての撤退命令だ。


「蒸気機関、最大出力! もっと石炭をくべろ! 急げ!」


 隊員たちが必死に巨大な砲を移動させる。蒸気車両が黒煙を吹き上げ、重い鉄の塊を牽引して動き始める。

 だが、遅い。ディッケバルトを牽引する蒸気車両は、平地であっても時速六キロ、人が歩く程度の速度しか出せない。その上、撤退ルートには峠の急な上り坂が立ちはだかっていた。ただでさえ遅い蒸気車の速度はさらに落ち、まるで這うような速度でしか進めない。隊員全員で目一杯、押しにかかるが、それでもこの重い巨砲は頑として前に進もうとはしない。

 その間にも背後からは、魔獣の群れが怒涛の勢いで迫ってくる。彼らの足の速さならば、この重鈍な砲に追いつくのは時間の問題だった。


「中佐! このままでは追いつかれます! ディッケバルトを破壊、放棄し、人員だけでも退避すべきです!」


 砲術手で副官でもあるストルキオ大尉が、非情な意見を砲術長に具申する。

 軍の最高機密であり、最大の兵器であるディッケバルトを敵の手に渡すわけにはいかない。だが、この巨大な砲を引きずっていては、我々全員が魔獣の餌食になる。砲を爆破放棄し、身一つで逃げるしかない。誰もがそう思っていた。

 だが、私はふと、あることを思いつく。そう、この巨砲はとんでもない威力を持つ。その反動の大きさゆえに、二十度以下での砲撃が禁じられているほどだ。頑丈な転倒防止装置(アウトリガー)すらも、その砲の威力を止められず吹っ飛ばされてしまう。

 だが、逆にこの威力は、この場で使えるのではないか?

 私はアルデリーギ中佐の前に進み出た。


「砲術長! 算術師、意見具申!」


 私は新兵だ。だからてっきり、具申を却下されるものと覚悟していた。が、意外にも砲術長は私に許可を出す。


「少尉、具申、許可する。なんだ」

「ディッケバルトを、迫る敵に向けて水平発射します」

「なんだと!? そんなことをすれば、反動で……」


 そう言いかけた時、さすがは砲術長だ。私の考えを一瞬で理解した。


「……なるほど、そういうことか。思いもつかなかったな」


 周囲の隊員は、砲術長が何を納得しているのかが分からない。そんな隊員の前で、私はこう告げる。


「襲い掛かる魔獣どもに、ディッケバルトの弾を浴びせかけてやりましょう」


 砲術長は、軽く頷いた。


「まったく、正気の沙汰ではないな。が、今は正気で戦ってる場合ではない。ならばその狂気とやらを、やつらに見せつけてやるか」


  砲撃というものは、本来、地面にしっかりと固定し、精密な測量を行って初めて成り立つものだ。移動中の、しかも傾斜のある坂道から後方の動く標的を狙うなど、常軌を逸している。

 が、常識はずれな戦術に出た敵に対し、常識で応じていては飲み込まれるだけだ。一か八かに、かけるしかない。

 私は、計算尺でディッケバルトの反動による影響を計算する。そして、こう進言した。


「現在、我が隊の移動速度は時速三キロ、傾斜角七度。後方から迫る敵の速度はおよそ時速十五キロ。ですが、火薬十箱による威力でこの砲は五十メートルは後退します」

「しかも、撃った弾は迫る敵に浴びせかけられる、というわけだ」


 ということで、ディッケバルトの尾栓が開かれる。が、私は計算尺を動かさない。理由は簡単だ、計算など、必要ないからだ。


「砲身、後方へ旋回! 仰角零度! 信管設定、一秒!」


 砲術長の叫びに応じて、隊員たちが死に物狂いで砲身を後ろへと向ける。と同時に、尾栓を開いて弾と火薬箱を放り込んで尾栓を閉じる。


「全員、ディッケバルトに乗り込め」


 これまたおかしなことを言い出す砲術長だが、隊員はそれに従う。


「発射と同時に、強烈な反動が来る。振り落とされないよう、死に物狂いでしがみつけ。全員、衝撃に備え!」


 運転手以外は皆、身体を支える場所がない。その辺りの取っ手や突起物にしがみつく。とりあえず振り落とされないよう、私はベルトを外してそれを傍にあった(ハッチ)の取っ手に結びつける。


「弾着目標、後方およそ三百メートル! 追撃してくる魔獣の先頭集団!」

「砲撃用意よし!」

「てーっ!!」


 のろのろと移動する蒸気車の上から、四十二センチ砲が轟音を立てて火を噴いた。車体全体が強烈な反動で砲撃とは反対側へ一気に押し上げられる。ガタガタと揺れる台車の上で、私は必死にしがみつく。放たれた弾頭は、目前まで迫り来る魔獣の群れのど真ん中へと飛んでいった。

 一瞬だった。ドーンという後方で、凄まじい爆発が起きる。迫りくる魔獣の先頭集団のど真ん中で、あの榴弾が炸裂したのだ。

 無数の散弾と爆風が、追撃の勢いに乗っていたゴブリンやコボルトたちを容赦なく薙ぎ払う。先頭が粉砕されたことで、後続の魔獣たちはパニックに陥る。巨砲の作り出した粉塵が、やつらの行く手を阻む。その中でやつらは互いにぶつかり合いながら、進撃を止めざるを得なくなる。


「命中! 敵の進撃、完全に停止!」

「よし、第二射用意!」


 土煙の向こうで魔獣たちが混乱する中、我々のディッケバルトは再び砲声を上げる。強烈な反動のおかげでとんでもない乗り心地のこの台車は、しかしゆっくりと確実に、峠の頂上へと差し掛かろうとしていた。

 そんな心臓に悪い砲撃を数度、繰り返した後に、ようやく峠の頂上へと差し掛かる。

 そうなると、あとは下り坂だ。重さが幸いとなり、勢いよく降りていく。が、数度の砲撃によってあの魔獣の群れは、追ってこなかった。

 ブリヘーリアよ、お前の言う通りだった。確かに魔族の卑劣さは、我々の想像をはるかに超えていた。まさか、あれほど巨大な味方の魔獣すらも囮に使うとは、思いもよらなかった。

 だが一方で、人間の「しぶとさ」もまた、お前の理解の及ばぬ領域にあるのだということを私は実証してみせた。再び立ち上る黒煙の向こう側、忌まわしき魔族たちが潜むであろう魔大陸の奥地を、冷たい瞳で睨み据えた。

 今度のことは、いい教訓になった。

 しかし一方で、ブリヘーリアの忠告通りとなってしまったことに、私はどこかもやもやとした感情を抱いてしまう。

 ともかくだ。人と魔の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 いずれ、あの鉱山を奪い取ってみせる。遠くに見える黒い山を見上げながら、私はそう誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ