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#1 砲撃

「敵軍団、視認! 距離、十四キロ!」


 崖の上に立つ見張り員の叫び声が、峠の頂上に布陣する我が第七十五砲兵隊に届く。それを聞いた砲術長が、叫ぶ。


「数は!?」

「二千と推定! 後方に、魔獣車も確認、魔族のものと思われます!」

「了解した!」


 見張り員に返答した砲術長のアルデリーギ中佐の声が響いた後、我々、砲兵隊一同に向けて命を下す。


「砲撃準備! 転倒防止装置(アウトリガー)展開、尾栓開け!」


 いよいよ、砲撃準備だ。先発隊としてここに派遣された我が隊が、その二千の魔獣群への攻撃を仕掛けることとなった。

 かつて、魔族は我が人類にとって最大の敵だった。が、今や我々は、彼らの持つ魔術すらも凌駕する強力な砲を持っている。

 「ディッケバルト」と呼ばれる、射程十二キロ、口径四十二センチの砲だ。それを、この峠の上まで蒸気機関車両で運び込んできた。

 我らが人類の住む土地である人大陸が、奴ら魔族や魔獣どもに侵されていた時代もあった。が、今や我々がこの「魔大陸」を掠め取る、そんな時代になりつつある。


「ロッセリーニ少尉」

「はっ!」


 不意に、私の名が呼ばれる。


「貴官ならば、どこを狙う?」


 早速、新米兵の私は上官から試された。私は、即座に答える。


「森の中路を進撃中の奴らは、その出口である平原部に展開するでしょう。ここから、距離にして十一キロ。魔獣集結の頃合いを見て、砲撃するのがよろしいかと」

「そうだな、俺も同感だ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、私の答えに満足したとばかりの表情を見せる砲撃長だったが、一方でそれは、私が女性兵士としてこの場にいることへのある種の偏見を払拭できた瞬間かもしれない。

 私の名は、イルザ・ロッセリーニ。ロメリア王立工術大学の砲術計算科を主席で卒業し、そのまま弾道算術師として、前線に投入された。

 女と言っても、身なりも胸も小さく髪も短いためか、軍服姿では男と見分けがつかない。とはいえ、前線では珍しい女兵士である上に、ひ弱な身体つきだ。少なからず侮蔑の念があるのも承知していた。

 そのあらぬ汚名を、返上する瞬間が刻一刻と迫っていた。

 必ずや、この一基の大口径砲の弾道計算により、あの群勢を蹴散らして見せる、と。


「さて、見せてもらおうか。貴官のその並外れた計算術とやらを」


 ええ、いいですよ。見せて差し上げましょう。私は砲術長のその問いかけに頷き、無言でメモを取り、計算を始めた。

 初速は火薬箱十箱で最大のおよそ秒速三百四十メートル、風向は約七メートル、距離一万一千七百、弾頭は榴弾で、一秒前に炸裂させればおよそ二百メートル内に千発もの弾の雨を降らせることができる。

 コリオリ力の影響もある。それ以上に、弾頭の空気抵抗率を考慮に入れて……私はそれらの様々な物理計算をもとに弾道を弾き出した。


「左七.三度、仰角五十六.八度、弾薬最大量の十箱、弾着時刻五十八秒、炸裂時間は五十七秒に設定!」


 それを受けて、砲術長が命じる。


「信管調整、弾込め! 弾薬投入後、尾栓を閉じて砲身を向ける!」


 敵が目標地点に続々と集まりつつあった。まさに森の出口の平原に、黒集りの集団が見える。私は、双眼鏡でその集団を見る。

 不気味な奴らだ。緑色の肌をもつゴブリンやオーガと呼ばれる大小の人型の魔獣に、全身が狼のような毛で覆われたコボルトもいる。奴らは槍や棍棒、短剣を持ち、その口からは炎や毒を撒き散らす魔術を使う。

 長年、人類はその知性の低い魔獣どもの魔術に悩まされていた。が、我々もその武器を発達させ、低能な魔獣どもの魔術が及ばぬ長距離からの攻撃が可能な武器、銃や砲を発達させてきた。

 が、問題はその背後にいる魔族どもだ。

 奴らは魔獣とは違う。魔獣を手足のように操る魔術を用い、そして彼ら自身も強力な魔術を使って攻撃を仕掛けてくる。

 だが今、そんな魔族どもすらも凌駕する武器を、我々は手に入れたのだ。


「砲撃準備よし! 砲術長、いつでも撃てます!」

「待て、敵の集結を待ちつつ、初弾を放つ」


 現在、この峠の真上にいるのは我が隊のみだ。たった十人ほどのいち砲術隊が、千を超える魔獣どもを叩こうというのである。私にとっては、無茶苦茶な初陣だ。

 いや、そもそもこの砲術長が、無茶苦茶なお方だったな。

 そんなことは、今はどうでもいい。ともかく、目前の敵へ、正確に命中させる。私に与えられた役目は、それだけだ。


「初弾よーい!」


 砲撃長が叫ぶ。砲術士が、着火レバーに手をかける。

 敵の大半が、まさに森の出口に集結した。双眼鏡で敵の軍勢の集結を見届けるや、砲撃長の言葉が響く。


「てーっ!」


 射撃の号令と同時に、四十二センチの巨砲が火を噴いた。一瞬、火球のように光ったその弾は、やがて空の青さに溶け込み、見えなくなる。

 が、それは着実に、敵へと向かっていた。私の計算によれば、おおよそ真上より千発の弾を敵に浴びせることになる。


「弾着、十秒前! 九、八、七……」


 弾着観測員が、カウントダウンを始める。


「三、二、一、今!」


 直前で一瞬、空中で爆発が起きる。榴弾に詰め込まれた一千発の弾が散らばった瞬間だ。その一秒後に、ちょうど魔獣の群れがいる付近で、粉塵が舞い上がる。


「命中! 敵陣、ほぼ中央!」


 計算通り、正確に、敵のど真ん中にその榴弾の雨を降らせることに成功した。ここからでは舞い上がる土煙によってよく見えないが、それは確実にその下にいる魔獣どもの命を削り取っているはずだ。


「第二射、用意!」


 すでに砲身は水平位置まで下げられており、尾栓が開かれて中の灰が取り除かれていた。そこに弾頭が詰め込まれようとしていた。


「砲術長! 森の奥に、魔獣車が停車しました!」


 私の双眼鏡が、あの軍勢の後方を捉えていた。これはつまり、魔族が地に下りたことを示している。


「まずいな、来るぞ!」


 砲術長も、事態を把握したようだ。つまり敵が、反撃体制に入ったということになる。


「敵、魔法陣の展開を確認!」


 その時、見張り員から報告が入る。恐れていた事態が、まさに起こりつつあった。


「第二射を、あの魔法陣中心に切り替える! 算術師!」

「はっ!」

「距離と方角を、割り出せるか?」


 緑色の円形に光る複雑な模様の魔法陣の中心までの距離を、私は測距儀を使い割り出す。距離は十二キロ、ぎりぎり、こちらの砲の射程内である。

 それは同時に、彼らの長距離魔術の最大射程でもある。


「敵、魔術弾の発射を確認!」


 見張り員から報告が入る。が、私はその声に構わず、算術に入った。

 計算尺を滑らせる。弾道、抵抗、風の影響、コリオリ力……それらを書き留めている間に、敵の放った炎の魔術弾が着弾する。


「敵弾、弾着! 我が砲台より六百メートル東!」


 予想通りだな。敵は初弾からは当てられない。放たれた炎の魔術は、我々からかなり離れた場所に落ちた。射程は同じでも、命中精度は比較にならない。

 理由は、実に単純だ。

 やつらには、「算術」というものがない。

 簡単な四則演算や、角度を測る術はあるとされる。が、それだけでは十キロ以上も離れた相手を狙い撃つことはできない。

 一方、我々にはそれを正確に当てる高度な計算術がある。

 それを導き出す計算尺が、第二射の緒元をはじき出す。


「左六.八度、仰角四十五度、弾薬十箱、弾着時刻四十九秒、炸裂時間は四十七.五秒!」


 敵は射程ギリギリだ。この砲のもてる能力を目一杯使いつつ、正確に当てる。

 ただ、魔族のいる位置はここからでは分からない。初弾を放った後は、必ずやつらは移動する。

 それは、我々が彼らの魔法陣からその位置を探り、砲撃してくることを長い戦いの中で知っているからだ。

 だから、炸裂時間を一.五秒とやや長めにした。狙うは少数の魔族。特に、あの長距離魔術を放ったやつを葬らねば、第二射を撃たれる。

 まぐれ当たりでもされては困る。だから、早めに正確に、やつらを仕留める。そのために、榴弾の散開範囲を広げるため、早めの炸裂時間を設定した。


「第二射、急げ!」


 魔族は必死になって逃げているはずだ。魔獣の引く車は、その場にとどまっている。つまり奴らは自身の足で逃げているはずだ。

 が、そんな間にも、第二射の発射準備が整う。すぐさま、砲術長の号令がかかる。


「てーっ!」


 ドーンという強烈な発射音と共に、太さのわりに短めの砲身から第二発目が放たれた。それは敵の中でも特に知性を持ち、魔獣を操ることができ、かつ長距離魔術を放つことの可能な魔族にのみ狙いを定めた。


「三、二、一、今!」


 弾着時間を迎える。先ほどより広範囲に、弾が散開するのが、その散弾が巻き上げる粉塵の広さでわかる。

 弾着直前に、空中に大きな魔法陣が広がっていた。あちらもまさに第二射を放とうとするところだった。

 が、弾着と同時に、その魔法陣が消滅した。


「敵、魔法陣、消滅!」


 見張り員からのこの言葉が、まさにその魔法陣を放つ魔族を打ち倒したことを示していた。


「やったぞ!」「ざまぁみろ!」


 砲術隊の皆が歓喜していた。私自身も、正確な砲撃に貢献できたことを無言ながら喜んでいた。

 が、砲術長が叫ぶ。


「まだだ! 魔族を倒したということは、統制を失った魔獣どもがこちらに押し寄せてくるかもしれん。第三射で、敵の魔獣にとどめを刺す」


 それを聞いた砲術隊の皆は、再び自らの役割に徹する。下げられた砲身の尾栓が開けられ、灰が取り除かれていた。私は敵の魔獣集団を双眼鏡で見る。

 半数以上が、先ほどの攻撃で行動不能となっている魔獣どもだが、こちらに向かってくる様子はない。どちらかと言えば、逃げ腰だ。ただ、統制がとれていないから、森の狭い道に魔獣どもが殺到し、かえって身動きが取れなくなっている。

 狙うならば、今しかない。

 私は再び、計算尺を取り出す。距離は先ほどよりやや遠い十一.五キロ、風向などは変わらず。私の計算尺が、次なる発射条件をはじき出す。


「左六.七度、仰角五十三.二度、弾薬最大量の十箱、弾着時刻五十五秒、炸裂時間は五十四.四秒!」


 榴弾の炸裂範囲は、敢えて狭めた。細い地点に密集する敵を落とすならば、その方がいい。早速、信管時間を設定された砲弾が詰め込まれ、発射準備に入る。


「第三射、よーい!」


 双眼鏡を眺めつつ、砲術長のアルデリーギ中佐が左手を挙げた。そして、その手を振り下ろすと同時に、発射の号令を発する。


「てーっ!」


 巨砲が再び轟く。砲身を支える重い台車すらもズシンと揺らすその衝撃は、遠く離れた敵に目掛けて重い弾頭を飛翔させる。


「弾着、七、六、五……」


 最後のカウントダウンが始まる。私も砲術長も、双眼鏡を片手に固唾を飲んでその弾の行方を見守る。


「三、二、一、今!」


 弾着直前、一瞬、空中でパッと光が発せられる。散弾を炸裂させた光だ。直後、再び粉塵が上がる。


「見張り員、どうか!?」

「しばし、待機を!」


 舞い上がった粉塵が、魔獣どもの群れの姿を覆い隠し、把握できない。それらが風で飛ばされるまで、見張り員は待つ他ない。

 が、ようやく見張り員が敵の様子を探る。


「敵魔獣軍団、壊滅! 二、三十匹程度が辛うじて撤退四散している模様!」


 およそ二千程度いたとされる魔獣の群れは、脆くも崩れ去った。そして、それらを操る魔族も倒したようだ。


「歩兵隊、前進!」


 我々砲術隊の役目は終わり、後は接近戦を得意とする歩兵隊に任せるしかない。およそ一千五百ほどの歩兵が、前進を開始した。


「さて、我々は撤収する。転倒防止装置(アウトリガー)を収納、蒸気機関、始動!」


 それとは入れ違いに、我々は陣地へと戻ることとなる。左右に延ばされた脚は収納され、砲を載せた台車は黒煙を上げながらゆっくりと、蒸気の力で歩兵隊とは反対側に向かって走り出す。

 もっとも、はしるといっても、人が歩くほどの速さしか出ない。峠からの下り坂で、多少いつもより速く走っている、と言った具合だ。

 その蒸気車に引かれた巨砲の横を、砲術隊の面々は随伴する。


「やるじゃないか、算術師」


 そこではじめて私は、隊員たちから褒められた。この戦いの前までは、むしろ使い物になるかどうかとさえ思われていた私への、賛美の言葉だった。


「いやあ、本当に正確に、魔獣どもの真上に叩き落とせたものだ」

「最初の一撃目、いや、第二射もなければ、我々が魔族の魔術を食らうところだったかもしれねえぜ」


 敵の魔族が放つ長距離魔術も我々の巨砲である「ディッケバルト」と同じ十二キロの射程を持っている。ただし、それを正確に当てられるかどうかが今回、圧倒的な勝敗を分けた。


「予想通り、だったな」


 そんな中、砲術長だけが私に、そう告げた。まるで私が戦果を挙げることを、当然のことだと考えていたと言わんばかりだ。

 これは、それだけ評価されていることの証なのか? それとも、算術師ならば当然のことだと一蹴されているのか? どうもこの砲術長の心理は測りかねる。

 ただ、このお方はかつて、人大陸でおこなわれた最後の人魔の戦いで「英雄」と呼ばれた。

 そんなお方の隊に属することができたというだけでも、私は幸運だったのかもしれないな。

 そんなことを思いながら、我が第七十五砲術隊の隊員たちと、勝利の喜びを語り合いながら陣地へと帰っていった。

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