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4.顔なし令嬢と召使いゴーレム

アルフォンスの答えに驚き、エリザベスの腰掛けていたガーデンチェアがガタっと音を立てた。


「どう? エリザベス。僕は間違っていただろうか」

「いえ……、いいえ、間違ってなどいません。わたしの目はそう、おっしゃる通り、夜明けの空のような色をしています……。でも、どうして? 今までわたしの顔を見ることができる人は一人もいなかったのに……」


 そう言いながら、エリザベスは自分の顔をぺたぺたと触る。そこには確かに睫毛や鼻、唇が存在する。そのひとつひとつが、アルフォンスには見えている?


「ああ、いけないよエリザベス。顔にクリームがついてしまう。これ以上美味しそうになってしまってどうするの?」

「か、からかわないでください、どうしてあなたにはわたしの顔が見えるのかという話をしているの……」

「うーん、どうしてだろうな。僕が魔術師だからかもしれない。君の顔が他の人に見えない理由はきっと魔術が関係することなんだ」


 魔術。アルフォンスの言う通りなら、エリザベスの顔を見えないようにしたのは魔術師か、魔女だということになる。


「そんな……。確かにわたしの家には魔術に関する本がいくつもあったけど、魔術師や魔女とは会ったこともないわ。どうしてそんなわたしの顔に……」

「ぜんぜん心当たりがないの?」

「ないです……」


 アルフォンスはじっとエリザベスを見つめている。好奇や嫌悪ではない視線をまっすぐ注がれるのが久しぶり過ぎて、エリザベスはつい赤面してしまった。赤面しながらもエリザベスは記憶の糸をたぐり寄せようとした。

 エリザベスの顔は突然に、本当に突然に十歳のある日見えなくなった。それに最初に気が付いたメイドたちは阿鼻叫喚、お嬢様の部屋に化け物がいると大騒ぎし、逃げ回るエリザベスを廊下の端に追い詰め、囲んで箒で叩こうとしていたところに執事と伯爵が割って入って事なきを得た。あの時の恐怖はいまだにエリザベスの心から抜けきることはなく、今でもこの時のことを思い出すと冷たい汗をだらだらとかいてしまう。

 そんな様子のエリザベスを見て、アルフォンスは先ほど彼女の涙をぬぐったハンカチで今度はこめかみの汗を吸い取る。


「ああ、ごめんよエリザベス。今日は長旅で疲れているよね。まずは僕の塔で身体を温めて、疲れを癒すと言うのはどうだろう。話の続きはそれからでもできる」

「アルフォンス様……」

「なにせ僕たちにはこれからたっぷり時間があるからね。少しずつ、少しずつ。僕に君のことを教えて、エリザベス」


 そう言って、アルフォンスはエリザベスの手を取った。エリザベスはアルフォンスに導かれるまま、庭園から続く木漏れ日の小道を歩いてついていく。歩く先には高い塔が見えていた。きっとあれがアルフォンスが引きこもっていると噂の離れの塔なのだと彼女は思った。


「アルフォンス坊ちゃま、またおひとりで沼地に行かれましたね?」

「きゃあ!!」


 塔にたどり着きアルフォンスが入り口の扉を開くと、そこからひょっこりと出てきた何かに面食らってエリザベスは小さな悲鳴を上げた。それは人のような形をした石が、執事の制服を着ているというより他にないしろものだった。顔の真ん中に大きな丸い石が一つ、巨大な眼球のようにはめ込まれていた。


「おや、坊ちゃまがご婦人をエスコートなされている。そんな汚い格好で!? ご婦人、我が主が不躾で申し訳ございません。お手に泥がつかれてはいませんか?」

「シリカ、この人は僕の婚約者のエリザベスだよ。登録してあげるから、挨拶してごらん」


 アルフォンスが掌をシリカと呼ばれた石人形の顔の前にかざすと、それはエリザベスに向き直り優雅な挨拶をした。


「お初にお目にかかります。ワタクシ、アルフォンス様作成のゴーレム執事、シリカと申します。以後お見知りおきを、エリザベス様」

「……あ、よ、よろしくお願いします。アルフォンス、これはいったい」

「うん。僕はあんまり人と接するのが得意じゃないから。この塔の中ではゴーレムに身の回りのことをしてもらってるんだ」

「そんなことまで……、すごい……」


 シリカのなめらかな動きをまじまじと見つめ、エリザベスはアルフォンスの魔術の才能に舌を巻いた。


「シリカ、お風呂の用意はつつがなくできているよね」

「ええ、仔細なく。エリザベス様、お聞きになってください。坊ちゃまは「お嫁さんが僕の塔に来るんだーっ」と大騒ぎで三日前から湯船の配管の調整を……」

「そんなことまで言わなくていい!!」

「ククク、格好つけは早めに看破されたほうが早く仲良くなれますよ、坊ちゃま」


 口がないにも関わらず口の減らないシリカに導かれ、エリザベスは塔の中に足を踏み入れた。アルフォンスとの婚約が決まってから、この塔についてソフィアがきっと薄暗く、クモやネズミやトカゲや何かいやらしい虫がぞろぞろいて、あちこちに気持ちの悪いべたべたがついていて汚いに違いないなどと勝手な想像を話してきたりしてうっとおしかったのだが、実際に入ってみると床にも壁にもちりひとつついておらずとても綺麗に掃除されていた。床に敷き詰められた柔らかい綺麗な色の絨毯を明るいランプが照らし、温かい雰囲気に満ちている。そんな玄関にはもうひとり、石の召使が控えていた。


「エリザベス。こっちはゴーレムメイドのマイカだ。今日から君の世話はこれがやってくれるから、何か困ったことがあったら遠慮なく言うんだよ」

「まああ、こちらがエリザベス様ですのね。マイカ、おいでいただけるのを心待ちにしておりました。今日からなんなりとこのマイカにお申し付けくださいませ」

「よろしくお願いします……」


 人ならざる召使も二人目なので、エリザベスにも今度は驚きすぎずに受け入れることができた。マイカと呼ばれる石人形はシリカと同じようにメイドの制服を身に着け、顔の真ん中に石が一つはめ込まれていた。


「マイカ、彼女を湯殿に連れて行ってあげて。そして最大限にもてなしておくれ。いいかい、この世で一番価値のある宝石よりももっと丁寧に扱うんだよ」

「かしこまりました、坊ちゃま」

「あの……」

「エリザベス。まずはゆっくりしておいで。僕は君のあとに入るから。終わったら、君の暮らす部屋に連れてってあげる。ではね」


 アルフォンスは試験管の入ったカバンと汚れた上着をシリカに預け、その場を立ち去ってしまう。まだアルフォンスのことが何もわかっておらず話したいことがあったのだが、この塔に入ったばかりでどこになにがあるのかもわからないエリザベスはマイカの案内に従って湯殿へ向かうしかなかった。


「泡の出るお風呂がよろしいですか? それとも出ないお風呂の方が? マイカ、エリザベス様のお好みの通りにいたします」

「そんな、好みだなんて。お湯を用意してもらえるだけで嬉しいのに」

「まあなんて謙虚な淑女なのでしょう!」


 少しオーバーな身振りで話す癖のあるマイカに連れてこられたアルフォンスの塔備え付けの湯殿は、エリザベスが見たことないつくりをしていた。白く清潔な大理石の湯船に新しく綺麗なお湯がどぼどぼと音を立てて注がれている。こんなにもふんだんにお湯が足されているのに、なぜかまったく溢れることもなかった。


「うわあ……すごい、まさか、これも魔術で?」

「ええ、これはアルフォンス坊ちゃまが作った魔導バス。汚れたお湯を魔道具で綺麗にして新しく注ぎ込む。お水を無駄にしない画期的な湯船なのです!」

「このお風呂……本当に私が入っていいの?」

「あたりまえですとも! エリザベス様は我らが坊ちゃまの婚約者。この塔にあるものはなんだって使っていいのですわ!」

「こんなにたっぷりなお湯、夢みたい……」

「さあさ、エリザベス様。頭のてっぺんからつまさきまで綺麗に磨き上げて、目が覚めるようなぴかぴかのレディにしてさしあげますわ!」


 エリザベスが着ていたものを脱いで湯殿に入るとマイカが花の香りの石鹸や香油で髪や肌を手入れし始める。その手つきはとても丁寧で正確で、エリザベスはあまりの気持ちよさに少しだけ眠ってしまった。

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