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22.エリザベスとアルフォンスの嘘

(あ……あ……、わたしの……顔……!)


 自分の顔が目の前で嫣然と微笑むのを見て、エリザベスは息を呑んだ。隣のアルフォンスがごくりと唾を飲み下す音が大きく聞こえる。エリザベスがチラリと目を向けると、彼は顔を蒼白にしてペイルトゥナの顔から目が離せないようだった。首元のスカーフを握る手はあまりに力を入れているため真っ白だ。


(アルフォンス……どうしたの……?)


 隣にアルフォンスがいてくれさえいれば大魔女の前でもしっかりと立っていられると思っていたエリザベスだったが、今のアルフォンスの表情を見てしまったらその安心感は揺らいでしまう。ペイルトゥナはそんなこともお見通しなのだろう。アルフォンスとエリザベスが魔女の顔を見たショックから立ち直るまでにやにやと笑って待っていた。


「うふふふ、二人ともカチンコチンになっちゃってかーわい」

「これだから若い子って楽しいわよねえ、トゥナ? で、どうすんの? お顔返してあげるのぉ?」

「うーん、どうしようかしらねえ。もうけっこうこの顔で遊んだから飽き始めてはいるのだけれどぉ……」


 酔っていい気分の魔女たちがわいわいと寄ってきてちょっかいを入れ始める。水煙草の煙をぶわりと吐き出しながらペイルトゥナは思案しているようだった。


「この顔って、ほら、マーガレットとよーく似てるじゃない?」

「あー、貴族と結婚するからって魔女やめちゃったあのマーガレット?」

「そう、この子マーガレットの娘なのよぉ。ね? おじょぉぉうちゃん?」

「は……、はい、マーガレットはわたくしの母です……」


 やっぱりお母様は魔女だったんだ、とエリザベスは思った。実家の本棚にあった魔術書は母マーガレットの蔵書。父、ハルトマン伯爵と結婚したことでマーガレットは魔女を辞めた……。ハルトマン伯爵は魔術嫌いだった。ひょっとしたら魔女であること自体を隠していたのかもしれない。


「あたくし、魔女がつまんない男と結婚して魔女やめちゃうの、一番嫌い! そんなつまんないことってないでしょお? あたくしもマーガレットのことは結構好きだったからねぇ……、思い出にとっておきたい気持ちもあるのよお……」


 ペイルトゥナがそこまで言ったところで、固まって動かなくなっていたアルフォンスが口を開いた。


「お、恐れながら、発言をお許しください……」

「あらいいわよ、どうしたの?」

「ぼ、僕は絶対にエリザベスに魔女をやめさせたりはしません。彼女には才能があります。彼女がうちに来てくれてからの短い間だけでも、僕は彼女にたくさん助けられています。これからも二人で一緒に王宮に工房を構えていきます……!」


 形のいい鼻の先から脂汗を垂らして宣言するアルフォンスを見て、魔女たちはきゃーっ!! と歓声を上げた。


「アルちゃまかっこい~!!」

「アルちゃまはエリちゃんのことふか~く愛してるのねえ! 妬けちゃう!」

「ふふん、それは偉いわぁ……、ならそうねえ。アルフォンス君の顔と交換なら返してもいいわよぉ」


 ペイルトゥナのその言葉のあと、その場を一瞬静寂が支配した。


(今この魔女はなんと言ったの……? アルフォンスの顔と交換なら、わたしの顔を返すとそう言ったの……?)


 他人に顔が見えなくなってからの生活はエリザベスにとって辛いものだった。この間のお針子会で令嬢たちがことあるごとにアルフォンスの顔を美しい美しいと褒めていたのも記憶に新しい。エリザベスが動揺のあまり言葉を発することができないでいると、アルフォンスがペイルトゥナの提案に返事をした。


「わかりました。僕の顔を献上いたします。エリザベスに顔を返してあげてください!」

「ほう、それなら……」

「駄目!!!!」


 考えるより先にエリザベスは叫んでいた。


「駄目……、アルフォンスの顔と引き換えなんて絶対にダメ!」

「エリザベス!?」

「わたしのためにあなたが犠牲になるだなんてわたしは嫌!!」

「いけない、エリザベス! 落ち着いて!!」


 エリザベスの口からペイルトゥナに顔を返してくれと言ったのだ。返す条件を考えさせておいてやっぱりいらないというのは大変な失礼に当たる。アルフォンスはエリザベスの肩を押さえて発言を止めようとした。


「わたしの顔、アルフォンスには見えているんでしょう!? だったらわたしはそれだけでもういい!! あなただけがわたしの顔を知っていればそれでいい!! お願い……!!」

「へえ? アルフォンス君だけにはエリザベスちゃんのお顔が見えるのぉ? そんなことあたくし初めて知ったけどぉ?」

「……え?」


 取り乱す恋人たちを面白そうに見つめていたペイルトゥナが発した言葉に、エリザベスは虚を突かれた。おずおずとアルフォンスを見上げると、彼は以前エリザベスが今と同じようにアルフォンスにだけ見えているならそれでいいと言った時に見せた、悲痛な表情をしていた。その顔を再び見た時、エリザベスにはその理由がわかってしまった。


「……ひょっとして……アルフォンス……」

「……あ……」

「あなたにわたしの顔が見えると言うのは……嘘……なの?」


 けけけ、とペイルトゥナの足元で丸まっていた人面犬のカナデが笑い声をあげた。それに続いて、周りの魔女たちがげたげたと笑い始める。ペイルトゥナもその中でくすくすくすと口元を扇子で抑えておかしくてたまらないというような笑いを漏らしていた。


「アルフォンス、どうして? あなたはわたしの目の色を知っていたから、わたし、あなたが本当にわたしの顔を見ることができていると……思って……、どうしてこんな、嘘を……」

「エリザベス……僕は……、幼い時に君に初めて会った時から、君に恋した時からずっと……君の美しい瞳に焦がれていたから……だから、瞼を閉じれば君の瞳の色をすぐに思い出すことが……できたんだ……」

「そんな……」


 絞り出すように告白するアルフォンスは今にも泣き出しそうな目をしていた。涙を堪えながらもアルフォンスの言葉は続く。


「僕も君の特別になりたかった。僕にだけ君の顔が見えていると信じてもらえれば、君は僕を好きになってくれると思っていた。僕みたいな、引きこもりで、子供のころに一度会っただけの男を何もなくても好きになってもらえるって思えなくて……僕は……」

「そんなことない!」


 エリザベスはアルフォンスを抱きしめ、叫ぶ。


「だったら、あなたわたしの顔が見えないのにずっと愛してくれていたってことでしょう!? わたしはあなたの優しい所や、目的のために一生懸命に頑張る所、お菓子や下手糞なわたしの刺繍で喜んでくれる子供みたいなところも含めて好きなの! 見えていなくたって、わたしはあなたのことが好きよ!!」

「エリザベス……!!」


 ぱちんぱちんぱちん。見つめ合う恋人たちの告解を乾いた音が中断させた。ペイルトゥナが閉じた扇子を掌に叩きつけている音だった、


「はいはい、若い若い。二人の愛が深まってよかったわねぇ、でも別にあたくしはそれで感動して何もなくてもお顔を返してあげる~なんて言わないのよぉ」

「……ペイルトゥナ様、お見苦しい所を見せて申し訳ありません」


 我に返ったアルフォンスはペイルトゥナに向き直り、礼をする。エリザベスも慌ててその場で礼をした。


「自分の顔を返してほしい、アルフォンス君の顔も取られたくないというなら、あなたは自分で何かをしなくてはいけないわぁ、エリザベスちゃん。さあ、どうしようかしらぁ」

「トゥナ~、あれやろあれあれ」

「あたしあれ大好き~」

「そうね、カナデ、あれ持ってきて頂戴」

「へえへえ、ただいま……」


 あれ、とはいったい何なのか。どきどきと高鳴る胸を押さえながら佇むエリザベスの前に、カナデがなにか平べったいトランクのようなものを加えて引きずってきた。


「魔女の酒宴にはゲームがつきもの。あなたはあたくしのお気に入りの駒とゲームをして、勝つの。それができたら返してあげるわ。できなかったらアルフォンス君の顔はあたくしがもらう。それでどう?」


 エリザベスはアルフォンスの顔をもう一度見る。


「エリザベス。やるんだ。もし負けても僕はそれを受け入れる。君に嘘をついた罰としてこんなにふさわしいことはない」

「……やります」

「そうこなくっちゃあ!!」


 ペイルトゥナが指をぱちんとならすと、トランクはひとりでにパタンと開く。パタンパタンパタンパタンと広がり続けるそれはトランクではなく、ゲーム盤だった。

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