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1.顔なし令嬢の憂鬱

テンプレを書いたことがないので試しに書いてみました。

 伯爵家令嬢、エリザベス・ハルトマンには顔がない。


「血筋には問題がない。しかし公爵家の跡取りとしてこれ以上仮面を外せない女を婚約者として公の場に連れ歩くことはできません」

「……クラウス様、それはわかりますが、ここまできて家同士の婚約を反故にされてしまっては……」


 顔がないというのは比喩ではなく、彼女の亜麻色の豊かな髪に縁どられたミルク色の顔面にはなにもない。身だしなみとして化粧は施してあるものの本物の目も鼻も口もなく、食事の際にはのっぺりとした顔の下半分に食べ物がすうっと消えていく。


「もちろん、貴殿の立場もわかっていますとも、ハルトマン伯爵。ところで、エリザベスの妹君であるソフィア嬢の婚約者が、先の戦いで名誉の戦死を遂げたそうですね?」


 先ほどから滔々と自らの事情を話し続けている男は公爵家の長男であるクラウス・ローゼンハイム。彼は子供のころから決められていたエリザベスの婚約者だった。

 

「どうでしょう、エリザベスでなく、ソフィア嬢を改めて婚約者として迎えさせていただくというのは? それであれば、家同士の繋がりが断たれることもなく、私も美しい妻を社交界に連れ出すことができる」

「おお、おお、そういうことであれば願ってもない! なあ、おまえ」

「あらあらあら、素晴らしいことですわ! よかったわねえソフィア!」

「まあ! よろしいんですの? ありがとうございますわ、お姉さま……」


 伯爵家の食卓で勝手に話が進んでいくのを、当のエリザベスは冷めきったまま聞いていた。

 エリザベスは伯爵家では普段、「いないもの」として扱われている。この食卓でクラウスと話をしている彼女の家族、父、母、妹の中でエリザベスと血がつながっているのは父だけ。前妻である本当の母が流行病で儚くなってしまってから、父は家庭を顧みなくなった。周りから勧められるままに連れ子のいる後妻を娶り、あとは家を存続させることしか考えなかった。

 最愛の妻の残した一人娘が妻にそっくりであったりすれば話は違ったかもしれない。しかし、彼には少女の形をした無面の化け物を愛し続けることができなかった。家の当主が愛していない継子を当然のように継母とその娘も愛さない。

 だから、この場でエリザベスを愛している者は一人としていなかった。


「ごちそうさまでした。わたし、もう部屋に戻ります。おめでとう、ソフィア」


 エリザベスはカトラリーを置き、食卓を後にする。彼女が席を立ったことに、新たな縁談を喜ぶ者たちは気が付かない。それほどまでに、エリザベスはこの家では「いないもの」であったのだ。


(だとしても、殴られたり食事を抜かれたりするよりはましだわ。わたしよりももっとひどい目に遭うかわいそうな子を物語で読んだけど、それに比べればわたしは幸せ。ああ、ただ久しぶりのまともな食事だったのに、味がわからなかったなあ……)


 愛せない我が子に対して今の両親が取った対応は「軟禁」であった。先代が使っていた書庫のある別棟に彼女を押し込み、婚約者だったクラウスに会わせ、夜会に出すときのみ仮面を被らせて連れ出すことはあったが、普段は数人のメイドに世話をまかせてあとは放っておいた。

 下級貴族の子女であるメイドたちは上級貴族にあまりいい感情は抱いていなかったし、顔のない化け物のような令嬢を恐れていたため最低限の世話しかしなかった。本邸から運ばれてくるスープはいつも冷めていたし、パンは固くてもさもさしていた。


(どうでもいい……。窮屈な仮面を被って行きたくないパーティに行くのだったら本でも読んでいた方がまし)


 エリザベスは寝る支度をするために鏡台の前に座り、令嬢のたしなみとして施していた化粧を落とす。もちろん湯などという気の利いたものはなく、水しか使えない。

 鏡にはやはり何もないのっぺりした顔が映っていたが、彼女自身には自分の顔が見えていた。


(わたしの顔はちゃんとここにあるのに、どうして誰にも見えないのかしら……)

 

 そう、エリザベスだけには自分の顔が見える。彼女の見る鏡には夜から朝に移り変わる時間の空のような、複雑な色の青い瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちるのがしっかりと映っていた。


「えっ……いやだ。なにこれ、涙が……べ、べつに平気よ、わたし……」


 もっとひどい目に遭っている者はいるのだからいない者扱いされるくらいは平気、そう思っている彼女だったが、いないものとして扱われるというのは想像以上に少女の自尊心を削る。彼女が愛する物語の世界の主人公にはとてもひどい目に遭っている者もいるが、その反対でとても愛されている者もいるのだ。それがわからないほどエリザベスは愚鈍ではない。ただ、それを認めてしまうと自分は傷つきすぎてしまう。そう思って見えないようにしていた。

 しかしさっきの食事会はそんな彼女に目を逸らせない現実を突きつけるものだった。


「……誰も、誰もわたしを愛さない。誰にも必要とされてない、わ、わたし、わたし……」


 ぽろぽろとこぼれる涙は自分の意思では止められず、エリザベスはとうとううつ伏してわあっと泣き出してしまう。冷たい別棟に響く彼女の泣き声を聞く者は、その夜も誰もいなかった。


「おはようございます、お姉さま。いつの間にかお部屋に帰ってしまうんですもの、もう違うとは言え婚約者のクラウス様に挨拶もしないなんて淑女の風上には置けませんことよぉ?」


 次の日、義妹のソフィアがにやにやと笑いながらエリザベスの部屋に訪ねてきた。エリザベスは泣きはらした顔を妹に見られるのは嫌だと思ったが、どうせ見えないのだと気が付いて黙っていた。


「あれからお姉さまのことをどうするかという話し合いがありましたの。でもお姉さまいらっしゃらなかったでしょう? だからどうなったのか教えて差し上げようと思って……」


 わざわざソフィアが来なくても家族の決定事は父である伯爵から正式に伝えられるだろうに、この妹はそんなものを待ってはいられないのだ、どうしても姉の動揺する姿を見たいのだ。


(嫌な子……。わたしの顔が見えなくなる前はこんなふうじゃなかったのに、わたしの顔がなくなったのが嬉しくてたまらないのよね……)


 もう昨夜のうちに泣けるだけ泣いてしまったエリザベスはその後にソフィアが続ける言葉がどんなに嫌なことであったとしても笑ってそうですかと言って済ませようと決めた。


「クラウス様ってお優しいですわよね。お姉さまを売れ残りの宙ぶらりんにしておくのはかわいそうだって言って、弟のアルフォンス様の婚約者としてローゼンハイム家にお迎えになるそうですわよ。お父様もそれはそれは大喜びで……ねえ、ご存知? アルフォンス様」

「まあ……少しくらいは」


 アルフォンス・ローゼンハイム。ローゼンハイム公爵家の次男で、いわゆる「ひきこもり」だということはクラウスから何度か聞いていた。エリザベスの顔がなくなってから目に見えて冷たくなったクラウスは、ことあるごとに「私でなくてあのひきこもりのろくでなしの婚約者だったらお似合いだったのに」と面と向かってエリザベスに言ってきていた。ゆえに今回の流れは想像できないことではなかった。


「剣がお得意でまつりごとも敏腕でらっしゃるクラウス様と違って、引きこもって怪しげな魔術ばかりしているのですって、なんでも外見もそれはそれはみすぼらしくて、貴族とは思えないくらい汚い格好で泥だらけになって沼地で蛙なんて捕まえてるんですって、おお嫌だ! でも確かに、引きこもっているのに刺繍の一つもできず本ばかりのお姉さまにはお似合いかも!! 近いうちにお迎えがくるらしいから、今のうちに準備しておいた方がよろしいですわよ!」


 言いたいことだけ言ってしまうとソフィアはぷーくすくす! と笑いながら本邸に帰って行ってしまった。


(わたしを蹴落としてクラウスと婚約できたことがとても嬉しいのね……)


 戦死したソフィアの婚約者はソフィアよりずいぶん年上だった。ソフィアは年が近くてハンサムなクラウスと婚約しているエリザベスを羨んで前から時々小さな嫌がらせをしてくることがあったので、ソフィアがどうして浮かれているのがエリザベスには手に取るようにわかるのだった。

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