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雪男の浮気調査

作者: 蒼空 秋
掲載日:2025/12/19

「ひゃ~寒い」

 悲鳴をあげながら助手のサーシャが店のドアを開け、逃げ込むように中に入ってきた。一瞬だが身を刺すような冷気が、店の中に流れ込む。

「今年は寒すぎですよ~」

 サーシャはカウンターの前でコートを脱ぐと、髪に積もった雪を払いのけながら泣き言をもらした。その年の秋はまだ十月だというのに異様に寒く、王都では既に雪が降っていた。

「確かに、仕事もあがったりだな」

 俺も同意見だった。こうも寒いと来客の足も遠のく。また売れるのは暖房用の魔法具ばかりで、他の商品の在庫が積み上がってしまっていた。

「仕方がない。これでも飲むといい」

 俺はアイテム棚の瓶から蜂蜜を取り出してコップに入れ、お湯で薄めてサーシャに差し出した。

「おいしい。すごく温まります。でもこれも魔法具なんですか?」

「ああ。機密の蜂蜜といって、飲んだら口が固くなるんだ」

「へ~、面白い効果があるんですね」

「まあこれは呪われていて、むしろ機密を喋ってしまう効果があるんだが⋯⋯」

「え~」

「サーシャは元から機密なんて無いから問題ないさ」

「ひどい~。私だって人に言えない秘密くらいありますよ~だ」

 サーシャはぷいとそっぽを向きながら、蜂蜜湯を飲む。

「──あっ、マスター、お客様ですよ」

 サーシャの言うとおり、ドアから女性が入ってきた。漆黒の長い髪に、透き通るような白い肌に整った目鼻立ちは、はっとするほど美しかった。一枚の白い布を丁寧に折りたたんだような衣装は、東洋のキモノというものだろう。この寒さなのに異様に薄着なことからして、普通の客ではない。

「はじめまして、わたくし、雪女の雪芽と申します」

 雪女とは、東洋の雪国に生息するモンスターの一種だ。寒気を操る魔法を有するという。俺も名前だけは知っていたが、実物を見るのは初めてだった。

「雪女さんが、どんなご用ですか?」

 思わぬモンスターの来客に、俺はできるだけ丁寧な口調で話しかけた。

「それが、主人が浮気をしているようなんです」

「う、浮気ですか」

「それで、調べてもらいたくて」

 魔力がこもったアイテムを扱ううちの店では、副業としてそれらを使った問題解決の依頼を受けることがしばしばあった。雪芽さんはその噂を聞きつけて店に来たようだ。しかし浮気調査とは、思いもよらなかった。

「最近、主人の帰りが遅くて。しかも様子も変で」

 雪芽さんが涙を流すと同時に、彼女の体から白く冷たい霧が吹き出して、部屋の温度が急速に下がった。

「寒い! マスター、どうしてですか?」

「どうも雪芽さんの魔力が暴走しているようだな」

 吹雪を操るのが雪女の魔法だ。雪芽が情緒不安定になったため、その制御が効かなくなっているのだろう。にしてもすごい魔力だ。

「ひょっとして、今年が異様に寒いのは、雪芽さんの夫さんの浮気のせい?」

「まだ主人が浮気してると決まったわけではありません!」

 サーシャの発言に怒った雪芽さんから、激しい吹雪が放出される。

「申し訳ありません。つい……」

 雪芽さんはしゅんとして頭を下げる。自分で浮気だと言っていたのに、面倒くさい人だ。

「わかりました。俺が調査を引き受けましょう」

「本当ですか? ありがとうございます」

 俺の即決に、雪芽さんの表情はパッと明るくなった。

「マスター、いやにあっさり引き受けちゃうんですね」

「今年の寒さが雪芽さんの影響なら、黙っているわけにはいかないさ。何より店内はすでに冷凍庫のようだ。拒否したら、俺とサーシャはこのまま凍死してしまう」

 俺はサーシャの質問に、小声で答えた。

「ひゃ~、是非引き受けましょう。寒いのヤダ!!」


 翌日の夜、俺とサーシャは王都の北の森林の中にぽつんとあるバーに、臨時の従業員として潜入していた。ここはモンスターが集まる秘密のバーであり、そこに雪芽さんの夫が通っているらしかった。雪芽さんも以前、変装して潜入を試みたそうだが、歩く寒波である彼女はすぐにバレてしまうと考え諦めたという。

 モンスターのバーで働くため、俺たちも当然、モンスターに変装していた。

「猫耳は可愛いんですけど、この猫髭はなんかヤダ~」

 猫耳と猫髭のアイテムをつけたサーシャが不満を言う。

「モンスターのバーだから、仕方ない。そろそろ語尾を忘れるなワン」

「は~い、にゃん」

「あと俺の嗅覚は犬鼻の魔法具の効果で数千倍になっているから、くれぐれもオナラとかしないでくれワン」

「レディーになんてこと言うんですかニャン」

 しばらくすると常連らしき客が入ってきた。骨だけのスケルトンのモンスターだ。

「おや、バイトさんかいな?」

 スケルトンの姿のモンスターが俺たちの姿をみて尋ねてくる。強そうな見た目に反してひょうきんな声だった。

「はい。店長が体調不良ということで臨時で雇われましたワン」

 店長に軽い毒を盛ったのは俺だったが、しれっと答える。

「そっかそっか、ワイの事はみんな〝スケさん〟って呼んどるから、よろしゅうな。しかし猫人の姉ちゃんは今どき猫髭があるとは、めずらしいな。最近の猫人の娘はみんな剃ってるのにな」

「えっ、そうなんですか!? 流行には疎くて⋯⋯にゃん」

 サーシャが俺の方を恨めしそうに見つめる。俺だって猫人の女子の流行なんて知るわけがない。

「スケさんはネイルをしているんですね。綺麗だと思いますワン」

「そうかそうか、最近流行っていててな」

 スケさんは手の指、というか骨の先にネイルをしていた。最近は男性でもネイルをするのが流行っているという。姿に反してオシャレなスケさんも、ネイルをしているようだ。

「注文はちょっと待っててな。いつもスノーマンといっしょに飲んでるんでな」

 スノーマンは雪芽さんの夫の名前だ。やはりここの常連という情報は正しかった。

 しばらくして、別の客がやって来た。真っ白な雪の塊を二つ並べたのような姿は、まるで巨大な雪だるまだった。

「スケさん、待たせたでごわす」

「ち~す、スノーはん、カカカ」

 二人は軽く挨拶すると、カウンターに並んだ。骨と雪だるまが並んで座る姿は奇妙なものだった。

「──ええ、あの方が雪芽さんの夫さん?」

「スノー(雪)マン(男)だから間違いないワン。雪芽さんは雪女だしなワン」

「ええ~、だって、雪芽さんすごい美人だから、スノーマンさんはクール系のイケメンだと期待してたのに⋯⋯にゃん」

 勝手に変な想像をしていたサーシャはショックを受けているようだった。

 モンスターの美醜の概念は、人間とは異なる。比較してもしかたない。

「寒いですし、お客様どうぞ。サービスです」

 俺は持ってきた機密の蜂蜜をお湯で割り、ウォッカを注いで提供した。この呪われた機密の蜂蜜を使って、口を割らせる魂胆だった。

「おお、あったまるやん。五臓六腑に沁み渡るで」

 スカさんが嬉しそうに蜂蜜の湯割りを飲む。

 まずスノーマンさんを一人にする必要がある。そのため濃い目に作った酒をスケさんに飲ませてゆく。

「お、お強いんですね。もっとどうぞニャン」

「ワイはザルやと言われるからな~」

「きゃ~、床がびしょびしょ、本当にザルだ~」

 骨の魔物であるスケさんは、飲んだ酒の殆どが流れ落ちていく。ようやくスケさんを酔い潰ぶさせたサーシャは悲鳴をあげつつ、酒を雑巾で拭き取る。

「体がとろけるようでごわす。美味でごわす」

 スノーマンも蜂蜜の湯割りを美味しそうに飲んでいる。

「やだ~、本当に体が溶けちゃってます!」

 雪でできたスノーマンは湯割りを口にするたびに体が溶けて穴があいていく。そこをサーシャがドライアイスで修復していく。

 悲鳴を上げるサーシャなど知らぬ顔で、スノーマンさんは上機嫌で酒を飲み続けた。俺はスノーマンさんに酒を提供しながら質問を繰り返し、可能な限り情報を収集した。


 翌日、俺とサーシャは店で雪芽さんに調査の回答をしていた。

「結論から言うと、ご主人の浮気はシロです」

 これで今年の冬の寒さが和らぐだろうと、俺は内心でホッとしつつも、そう報告した。

「──やはり主人は浮気をしていたようですね⋯⋯」

「いえ、ご主人はずっとスケルトンさんと飲んでいただけですから、浮気ではありません」

 俺の回答に、雪芽さんは目を大きく見開き、怒気を含んだ声でこう言い放った。

「スケルトンさんは女性です!!」


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