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折れ枝のジーナ -- 奴隷少女の生き残り戦記 --  作者: 青風ぱふぃん


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7/8

幕間:アルの思い

引退試合と旅立ちの間のお話。

 ああ、ジーナを驚かせてしまったな。


 闘技場の地面に倒れたアルは、瀕死の目でジーナを見上げる。


 こんなに簡単に兜が外れるなんて。

 気付かれたくなかったな。今のこの顔を、見られたくなかった。


   *   *   *


 ジーナが闘技場に行って数ヶ月の頃。

 アルは無力感で荒れていた。


「お前はもうちっとおとなしくできないのか」

 奴隷市場で、商会主が呆れたように言う。


「力もあるし顔も悪くないんだから、もう少し従順ならどんな役割にでも売れるコマなのに。このままだとお前、闘技場行きだぞ」


 この奴隷市場において、闘技場行きは死刑宣告と同義だ。

 荒くれ者や無法者が集まる闘技場に、子供が投げ込まれて生き延びられるわけがない。狩りの獲物として見世物にされ、無残に死んでいくだけだ。

 だが、アルは若い無謀さで英雄の夢を見る。


「いいよ、闘技場送りにしてくれ。ジーナが活躍できてる程度だろ、俺だって行ける」

「バカ言うな」

 商会主が一蹴する。


「ジーナは特別だ、殺されない程度の対戦相手を宛てがってショーにしてるだけだ。歴戦の闘士相手ならああは行かん。ましてやお前なんか、雑魚相手でも一瞬で首が飛んで終わりだぞ」


「そんなことない! 俺だってやれる!」


「バカが。まあ、このままなら嫌でもそうなるがな」

 生き延びたければ心を入れ替えろよ、と商会主は言い捨てて去って行った。


(生き延びるさ)

 アルはグッと拳を握る。


(闘技場に行けばジーナに会える、ジーナを守ってやれる。ふたりでなら絶対生き残れる!)


 闘技場が、そんなに甘い場所じゃないと思い知った時には、アルはもう回復不能の怪我を顎に負っていた。


   *   *   *


 アルの闘技場デビューの日。


 この日はバトルロイヤル形式のプログラムだった。

 たくさんの闘士が一度に闘技場に出て殺し合い、生き残った者が勝利という闘いだ。


(ここで戦果を出せたら、ジーナに会えるかな)

 アルはワクワクした気持ちで闘技場に向かう。支給された剣を強く握りながら、訓練のことを思い出す。


 闘技場送りになったあと、アルは闘士になる訓練を受けた。

「多少は闘えねえと見世物にもならねえからな」

 と訓練所の教官は言った。

 そして、いくらかの訓練を受けたあと、

「お前はもう充分だな」

 と教官に言われ、アルは他の闘士候補より早く訓練を終えた。


(やっぱ俺って才能あるんじゃないか?)

 と思い上がっていたアルは、闘技場に出るなり理解した。


 教官の言葉は、

『どうせお前はすぐ死ぬから、訓練はこの程度で充分だ』

 という意味だったと。


   *   *   *


 血煙ちけむりの中、あちらこちらで白刃はくじんがひらめく。

 アルはただ、目をつけられないよう、見つからないように、小さくなって逃げ惑う。


 ネズミか、虫か。自分はその程度の生き物なのだ。


 自尊心は粉々だ、だが悔しいとか悲しいとか感じる暇もない。生きたいという強い意志すらない。ただ怖い、死にたくない。


 そして、アルは誰かの戦斧に顎を割られる。


 自分を狙ったわけでもない、別の誰かを狙って振り上げようとした斧の、その端っこに掠られて。


   *   *   *


「あれ、商会主、こいつまだ生きてますぜ」

「ああん?」

 闘技場まで降りて死体の頭数あたまかずを確認していた商会主に、助手の男が声をかける。


「おお、アルじゃないか。大口を叩いただけあるな、生き残ったのか」

「どうします? とどめ刺します?」

「ゥヴぁ……!」

 アルはよだれと血に塗れた口から命乞いの声を上げる。

「いや……、治療してやれ、いい面構えになった」

 商会主がニヤニヤと言う。


 下顎が割れ、涙と鼻水でグシャグシャな自分の顔がいい面構えのわけがない。反抗的だった子供が絶望に塗れているのが楽しいのだろう。

 他の反抗的な奴隷への見せしめにするつもりかもしれない。

 そんな屈辱と、生き残った安堵のはざまで、アルは嗚咽を漏らしながら担架で廊下を運ばれて行く。


 その時、ジーナとすれ違った。


 ほんの一瞬だった。


 ジーナはキッと前だけを見つめ、細い身体を凛と伸ばして大股に廊下を歩いていく。


 後ろには身体の大きな闘士を三人も引き連れて、まるで女王様のようだ。


 背が伸びた。

 顔も少し大人になった。

 せっかくの綺麗な顔に、いくつか傷跡が残ってしまっている。


 ジーナ! と声を掛けようとした自分の口からは、不明瞭なうめき声しか出なかった。


 ジーナは自分に気が付かず、吹き抜ける風のように通り過ぎていく。明るい闘技場に向かって。

 医務室に向かう暗い廊下に自分を残して。


「泣くな、うるせえな!」

 担架を運ぶ男たちに叱られても、アルは悲鳴のような泣き声が自分の喉から漏れるのを、止めることが出来なかった。


   *   *   *


 神経がいくつか切れてしまっていたらしく、アルの顎は完全には戻らなかった。

 噛み合わせがずれ、舌の動きも悪い。


 療養をしている間、アルはひとり鍛錬に励み、闘技場に戻ってきた時は多少なり闘えるようになっていた。


 何の憐れみか、商会主はアルに革製の仮面を作ってくれた。

 そして、蛮人の狂戦士、と言う妙な名を付けられ、ナタの様な物を武器として与えられた。


 唸り声しか上げられず、闘いに集中すると革の仮面の下からよだれがダラダラと垂れ落ちる。

 そんな様子に相手が萎縮し、そこに付け込んでアルは戦績を上げていった。


 なぜか毎回、アルは勝てる。だがもう思い上がった気持ちはない。これも商会主の演出するショーか、と思うだけだ。


 そのうちにアルにもそれなりにファンが付き、定期的に闘技場で闘う日々が続く。

 何度かジーナとすれ違ったが、仮面を被った自分にジーナが気がつくことはなかった。だが、ジーナが同じ闘技場にいて、たまに顔が見られる。アルはそれだけで嬉しい。


 そんなある日。


「おい、ジーナが身請けされたってよ!」

 食堂にひとりの闘士が駆け込んできて叫ぶ。

 

 その言葉に、アルはカランとスプーンを取り落とした。


「マジかよ!」

「昨日来た戦士崩れが、報奨金の代わりにジーナを連れてくってよ」

「うわークッソ、いつか俺がいただいてやろうと思ってたのによ!」

「今夜さっそく部屋に連れ込んだらしいぜ」

「お楽しみかぁー! ガリガリのジーナも歴戦の英雄様に一晩中みっちり仕込まれたら、少しは女らしくなるんじゃねぇか?」

「その役俺がやりたかったー!」

「マジか、俺ぁもっと豊満なのがいいな」

「くっそー、少しくらいおこぼれがもらえないもんかなぁ」


 男たちの下卑た話に、スプーンを拾いに屈んだアルはテーブルの下でぎりぎりと拳を握り締める。


「それがよ、ジーナの引退試合を、明日やるらしいぞ」

「ウソだろ!?」

「戦士も了承したらしい」

「マジか! 一晩もてあそんだら用はないから死ねってことか?」

「英雄様、強ぇー!」

「ジーナ、腰がガクガクでろくに戦えねえんじゃねえの?」

「うひょー、たまんねぇなー」


「ウゥヴ!!」

 バンッ!


 ジーナへのひどい侮辱に耐えきれず、アルはテーブルを叩いて立ち上がった。


「おお、ビックリした、どうした狂戦士」

「興奮しちまったか。お前もジーナとヤリてぇのか? そんなとこばっかりお盛んだな」

「オアエアァ……!」

「わかったわかった、いいから飯を食え、な? そしたら部屋に帰るんだ、わかるか?」

「ゥヴ……ッ」

 頭の回転が早く、奴隷仲間にも信頼され慕われていた自分が、話せなくなっただけで愚鈍扱いだ。悔しくて悔しくて、何度も机を叩く。


「こんなとこで暴れんなって。しょうがねえな」

「言ってもわかんねえだろ、放っとけよ」


 その時、突然廊下がざわつき出したと思うと、商会主がひょっこりと食堂へ顔を出した。


「お前たち、明日のジーナの試合に出るか?」

 商会主の言葉に男たちは色めき立つ。


「おお! 出ます! 出ます!」

「何してもいいんですよね? うっひゃー、楽しみだ!」

「よし、じゃあ、お前とお前とお前。それとアル、お前も出ろ」

 選ばれた者の歓喜、選に漏れた者の怨嗟の声の中、アルはキョトンと商会主を見る。


 商会主はスタスタとアルに近づき、言う。


「お前が苦しみながら必死に闘っている間、ジーナはチヤホヤされて楽しく過ごしてたよなぁ。お前がここにいるのにも気づかずにな。同じ奴隷出身なのに可哀想になあ、アル。報復の機会をやろう」


「ウア……」

(そんなことはない。ジーナだっていつも傷だらけで、つらそうだった)

 アルはそんな思いを込めて、首を振る。ニヤリと笑った商会主は、さらに近寄ってアルに耳打ちする。


「ジーナのやつ、あの戦士が気に入ったみたいでな、嬉しそうに尻尾振って部屋まで付いていったぞ。……お前のモノだと思っていたか? とっくに忘れ去られているようだぞ」


 アルは目を見開く。


 商会主は知っていたのだ、ジーナとアルの仲を。


 アルの様子を確認して満足げに頷いた商会主は、

「明日は甲冑と武器も用意してやる。思う存分恨みを晴らしてこい」

 と言い置いて、せかせかと食堂を出ていった。


   *   *   *


 アルは一晩寝られずにいた。

 戦士とジーナが一緒にいるところを想像した。

 どうするべきか、どうしたいのか、考え続けた。


 ジーナと対峙しても、まだ迷っていた。

 

 慣れない武器を振りながら。

 ジーナを追い詰めながら。

 迷って、迷って。


 目の前にナイフが迫って、やっと覚悟が決まった。


 ごめんよ、ジーナ。

 一緒に幸せになりたかったんだ。


 でも。

 君だけでも。


 甲冑を通して背中にジーナの熱と重みが伝わる。


 ああ、愛してる。


 ジーナ。


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