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折れ枝のジーナ -- 奴隷少女の生き残り戦記 --  作者: 青風ぱふぃん


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6/8

旅立ち

「おお! なんという悲劇! ジーナの対戦相手は、ジーナの愛する奴隷仲間でした! まさかそんな偶然があろうとは。私も慚愧に堪えません!」


 商会主が大げさに嘆いて見せ、観客席も驚きに盛り上がる。


 だが、ジーナの耳には何も届いていなかった。


「アル……、アル……!」

「……ィー、ア、ごぇん……」

 アルは、下顎が大きく傷ついていた。噛み合わせと舌の動きが不自由なようで、言葉が不明瞭だ。


「アル、なんで……こんな、こんな……」

「ィーアらけ……れも……じゆうぃ……」

「自由!? 私だけ? そんなの意味ないじゃん……!」


 アルに縋り付くジーナの後ろから、ひとりの闘士がそっと近づき、剣を振り上げる。


「ジーナを殺せば、俺も名が上がるっ!」


「……っィーアッ!」

 アルはジーナを抱きかかえ、転がって上下を入れ替える。傷口から噴き出す血。ジーナにずしりと伸し掛かる甲冑。その背に、剣が振り下ろされた。


「アル!! いやだぁぁぁ!!」

 ジーナの声はもう悲鳴だ。


 ガキン!!


 剣はアルの甲冑を凹ませ。弾かれる。直後、その剣の持ち主は背後から袈裟懸けに切り裂かれ、一拍の後がくりと崩折れた。


「っ……シング……!」

「遅くなってすまん」

 斬った男の影から現れたシングは、息を切らせながら謝る。


「……バカッ! シングのバカッ、アルを助けて、助けてよぅ」

「……アル? そいつがアルなのか?」


 シングは驚いてアルを引き起こす。血塗れで脱力しているアルは、シングの手からずるりと仰向けに滑り落ちた。


「これは……」

 浅めではあるが、的確に急所を突いているジーナのナイフ。傷口から血がパタパタと落ちるが、もう脈動は無い。

 

(最後の力で、愛する女を守ろうとしたのか……)


 ほんの一瞬、シングはアルと目が合った気がした。そこにある複雑な想いを託されたと感じた時には、もうアルの目は光を失い、虚ろな闇を映すだけになっていた。


 シングは、そっとアルの目を閉じてやった。


「ねえ、シング、アルを助けて、ねえ」

「……っ」

「ねえ、お風呂行かなくていいから、温かいご飯も要らないから、ねえ、アルを助けてよ」

 だが、ジーナの願いにシングは何も応えることができない。


 そこへ、商会主が再び声を張り上げる。


「おおー、なんと、ジーナは自らの手で愛する男を殺してしまったようです!」

「えっ?」

 キョトンとジーナは観客席正面にいる商会主を見上げる。


「殺した……? 私が……? 誰を……?」

 ゆらりと視線を揺らし、ジーナはシングを見てヘヘッと笑う。

 顔の半分をアルの血に濡らして、だがその表情は無邪気なほどだ。


「違うよねぇ、アルは助かるよねぇ? ねえシング、シングが助けてくれるよねぇ?」

 縋るようなジーナの目を避けて、シングは視線を落とす。そして、地面に寝かせたアルからそっと離れる。


「え……、ウソだよね? 違うよね、ねえ、ねえ!」

 ジーナは震える手でアルにしがみつく。

「ウソだ、ウソだぁぁぁ!!」


「おお、ジーナ、ジーナ! なんと可哀想な娘! その小さな身体では罪悪感に耐えられないでしょう! どうか場内の闘士たち、可哀想なジーナに慈悲のとどめを!」


 商会主のその言葉とともに、檻を開ける手伝いをしていた闘士たちが、おもむろに剣を抜き放った。


「最初からそのつもりか、貴様らっ……!」

「そりゃそうだろ、あの商会主がそんな簡単に金づるを手放すもんか」

「抜け駆けした野郎を斬ってくれてありがとよ、ライバルがひとり減ったわ」

 男たちはニヤニヤと笑う。


 商会主は続けて声を上げた。

「ちなみにシングラード様も賭けの対象です! 昨日とは違います、ジーナというハンデを抱えております!」

「なんっ……」

 驚いて自分を見上げたシングに、商会主はにやりと笑い返す。


「泣き崩れるジーナを守りながらどこまで勝ち続けられるか! 観客席の皆様、ご覧のように闘士たちも精鋭を揃えております! 誰が勝ち残るか、どうぞご贔屓の闘士を賭け金で応援なさってください!」


 おおおおー!

 観客席は波打つような大騒ぎだ。賭けを請け負う職員たちが場内を回るのに合わせて、怒号と賭け札が飛び交う。


 シングは、アルの亡骸に縋り付いて離れないジーナのそばにすっくと立つ。そして、自分たちを取り囲む闘士たち、ホクホクと笑っている商会主、熱狂する観客席、と順々に目線を移したあと、ふう、と深い溜息をついた。


「なあ隊長、俺達が命がけで守ってきた国は、こんなもんだったのか? ……ホント、やってらんねえな」


 誰に対するでもなく独り言を吐き捨てたシングは、一回ぐるりと剣を回して握り直すと、昨日とは比べ物にならないほど強く、青く目を光らせた。


   *   *   *


 数週間後。

 ある町の乗合馬車で、乗客たちが雑談をしている。


「なあなあ、この間事故で倒壊した闘技場さ、再建工事が始まったって」

「マジか。まあ、怪我人はたくさん出たけど、死人はほとんど出なかったもんな」

「商会主がボロボロの大怪我だったって聞いたけど、復活してきたのか」

「病床からずっと商会の仕事してるらしいぜ、業突ごうつく張りなのか根性あるのか」

「あの闘技場が再開するなら楽しみではあるな」

「そうか? 俺ぁイヤだな、戦闘にガキが出てくるとこなんてさ」

「まあなあ……、死んじまったんだろ、あの女の子の闘士」

「イヤな事件だったぜ……」


 ぎゅう。


 馬車に乗り合わせていた少女が、父親だろうか、同伴者の男性の腕にしがみついて顔を埋めた。


「どうした? 大丈夫か?」

 男の問いかけにも答えず、少女はただぐりぐりと男の腕に額を擦りつける。


「あっ、俺たちのせいかな? 怖い話をしてごめんな」

「年頃の娘さんには刺激の強い話だったかな」


 乗客たちが口々に謝るが、少女はフードを深くかぶり直し、男の腕の後ろに頭を突っ込むようにして隠れてしまった。


「ありゃあ……」

「嫌われちまったな」

「いやいや、気にしないでください」

 男が愛想よく笑う。

「こいつちょっと人見知りで。我々は次で降りますので、お気になさらずお話を続けて下さい」


 ちょうどその時、馬車が村に着き、ガタンと止まった。


「じゃあ、失礼します。行くぞ、ジーナ」


 ふたりを降ろした馬車は再び走り出す。


「ジーナ、かあー。そう言えば闘技場で死んだ闘士もジーナって言わなかったか?」

「あー、同じ名前の同じ年頃の女の子が死んだ話は、そりゃ嫌な気持ちになるよな」

「申し訳なかったな」

 うんうん、と頷き合って、ふと顔を見合わせ、馬車の窓から後ろを振り返る。

 少女の、男の腕にギュッとしがみついて離れない後ろ姿が見えた。フード付きのマントでよくわからないが、腕が曲がっているようにも見える。


「……まさかな」

「まさかだろ」


   *   *   *


「……何が人見知りだよ」

 ジーナがむくれて言う。


「人見知りだろうが。闘技場を出てから俺にしがみついて離れないくせに」

「……違うもん、シングが迷子になったら困るからだもん」

「なんでだよ」

 ジーナはシングの左腕にしがみついている。その腕を、さらにギュッと抱き寄せた。


「ちゃんと動かない方の手なんだから、良いじゃん!」

「良いけどよ、実は俺はそっちが利き手なんだよ、不自由だなぁ」

「良いなら良いじゃん!」

「分かった分かった。騎士の利き手を預けるんだぞ、感謝しろよ」

「やった! もう貰ったから、返さないからな!」

「無茶言うな」

 シングは笑う。


 そのまま本当に、ジーナが『青炎の騎士の黄金の盾』と呼ばれるようになるほど左側にくっついて離れなくなるとは思いもせずに。

 それは、もうちょっと未来さきの話。


   *   *   *


 村の教会の、ひとつの墓の前にふたりはしばらく佇んでいた。


「……小さいけど立派なお墓だね」

「そうだな」

「また来ようね」

「そうだな」

「……アルをちゃんと弔ってくれてありがとう、シング」

「いやまあ……、別に……」


 やがてふたりは、村の教会を出て街道へ向かう。


「さて、どっちに行こうか」

「人探しだよね? 女の人? 胸と尻大きい?」

「お前そればっかだな。まあ女ではあるんだが」

「恋人?」

「違えよ、恩人の奥さんと娘さんだ」

「そうなんだ……」

「奥さんはすげえんだぞ、当代一の踊り子って言われてたんだからな」

「……ん?」

 ジーナは首を傾げる。


「どうかしたか?」

「……いやまあ、裏町の歓楽街にはどこにも大抵2〜3人は当代一の踊り子がいるからなぁ」

「そんなんじゃねえよ、本当にすごかったんだって!」

「はいはい。じゃあ、劇場とか探してみる?」

「めぼしい所はもう回りきってんだよ……」

「じゃあやっぱり裏町かなあ」

「そうだな……」


 ジーナとシングは振り返らずに歩き続ける。


 一枚の木の葉が名残惜しそうに枝から落ちて、風に流されて道端に消えた。


 ここまでお読みいただいてありがとうございます!

 いったん終わった風ですが、まだ続き書きます。

 しばらく国内を彷徨ってから前線に行く予定!


 ご意見ご感想、リアクションだけでも、頂けたら嬉しいです。励みになります!


 次もよろしくお願いします!

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