酒場の夜と外の闇
ジーナは、戸惑っていた。
――まさか自分が歓迎される場所があるなんて。
一方で自分を嘲笑ってもいた。
――楽しいの? 踊るのが? この技で散々人を殺してきたのに。
だけど、踊り始めたらワクワクするのが止められない。踊るのって、楽しい。
楽しかったんだ。
時々、シングを振り向く。シングはそこでちゃんと自分を見てくれている。
嬉しい。
楽しい。
心から笑ったのなんて何年ぶりだろう。
新しいステップを教えてもらう。こんな動きもあったんだ。
ジーナは踊りながら無意識に考える。
――このターンの時にナイフを振るえば、斜め後ろの敵に不意打ちを食わせられる……
『楽しそうだね、ジーナ』
空耳が聞こえた気がして、ジーナは冷水を浴びせられたように棒立ちになる。
視界の端。店の窓の外から、革の仮面の男がこちらを見ている。
……ような気がして慌てて見直したが、窓の外には誰もいなかった。
「どうしたのぉ、ジーナ、疲れちゃった?」
モニカに言われて、ジーナはハッと正気に返る。
「……あ、うん。ちょっと……」
「久しぶりに踊ったんだもんねえ、疲れるよね」
「そうよ! 旅帰りじゃない!」
「じゃあ、はーい、終わりー! 皆様ありがとうございましたー! お心付けはこちら!」
モニカがかごを持って客席を回る。
席はいつの間にか大勢の客で埋まっており、小さいかごはあっという間に小銭と幾らかのお札で一杯になった。
「はい! じゃあ客席を戻すよ! みんな手伝ってー」
カトレアがパンパンと手を打ちながら号令をかけた。
「おれたちもか?」
「客にやらすのかよ!」
「あんたたち力があり余ってんでしょ! か弱いあたしたちを手伝ってよ」
「カトレアのどこがか弱いんだか」
「あらなぁに? 強いところが見たいわけ? 失礼な客の撃退方法の実演をして欲しいってこと?」
「いやいや! か弱いか弱い! お手伝いしますよカトレアさん!」
笑い声に包まれる中、客も一緒になってワイワイとテーブルを移動させる。
「はいジーナ、これ!」
モニカが小銭やお札の入ったかごを持ってきた。
「えっ?」
「ジーナの帰還祝い! カミラも全部ジーナに渡していいって!」
「えっ……」
目を上げれば、一緒に踊った皆もカミラも、お客たちまでこっちを見て、頷いている。
「……あ、ありがとうございます」
ジーナはぺこりと頭を下げ、急いでシングの下に駆け寄った。
「あのさ、これ……」
「うん、もらっとけ。良かったな」
「うん……」
ジーナはかごを抱きしめて、もう一度みんなに向かって頭を下げた。
* * *
いいから休んでて! と言われたので、ジーナはそのままシングの隣に座る。
「上手く踊るもんだな。楽しかったか?」
「うん……」
「……どうした?」
どこか不安げな様子のジーナに、シングは心配の声をかける。
「うん……さっきね……。気の所為だと思うんだけど……窓の外に変な男がいたみたいな……」
「……何?」
シングは片眉を上げ、さりげなく周囲を観察する。
「外なんだな? どんな男だ?」
「……革の仮面を被っていて……なんだか私を睨んでいた気がして」
「そんな知り合いがいるのか?」
「いや、心当たり無い」
「それなら、ダンスを外から見物してただけなんじゃないか? 席がいっぱいで入れなかった客だろ」
「うん、そうかな、そうかも」
頷いて答えながらも、ジーナは何か心に引っかかるものを感じていた。
* * *
「ジーナ……、自分だげ……だのじそうに……」
窓の外からジーナを見ていた革仮面の男は、ギリ、と拳を握る。
ジーナがパッとこちらを向いたので、咄嗟に隠れる。
一瞬、目が合った。
ほんの一瞬でも、気がついてくれるかと期待した。
なのにジーナの目には、他人に対する冷たさしかなかった。
「ジーナ……、俺がどれだげ……」
革仮面の奥で、ギリ、と歯を食いしばる。
「悔しいなあ?」
革仮面の男の隣で、ひょろりと背の高い男が言う。
「天才医学者のこの私が、天才的医術でお前を治したって、ちゃんと連絡したのになぁー。ジーナは見舞いにも来なかったねえ。可哀想にな、もうお前には用がないってさ」
「ようが……なぃ゙……」
「許せないよなあ?」
「ジーナ、ゆるぜ、ない。復讐、する゙」
「そうだな、うん」
男は暗い穴のような目で、口元だけ吊り上げて貼り付けたような笑顔を作る。
「ジーナに復讐しようなぁ、狂戦士」
* * *
「さあさあ、ふたりとも、旅の疲れもあるだろうに、ウチの娘たちに捕まっちまって大変だったね。食事は運ばせるから、もう部屋に帰って休みな!」
カミラはジーナとシングを急かして酒場の2階へと追い立てる。
「一番奥の部屋がジーナ、そのひとつ手前がシングさんね!」
「えっ、同じ部屋じゃないの?」
ジーナがキョトンと問う。
「同じにしようと思ってたんだけどね、よく考えたらジーナはもうお年頃だろ。保護者とはいえ男と同じ部屋にできるもんかね」
「そ……、そういうもの?」
ジーナはシングを見上げる。
「そうだな、そういうもんだ」
「だって、今までは同じ部屋で一緒に寝てたのに」
ジーナの言葉にカミラがじろりとシングを睨み、シングは慌てて言い訳をする。
「いや、部屋は同じだがベッドは別だったろ! お前わざと誤解を招くように言ってるな!」
「だって一緒の部屋がいい……」
「別に一晩くらい離れても問題ないだろ」
「部屋に女を呼ぶつもりなんだ……」
「ちが……」
否定しようとしたシングの言葉を遮るように、カミラはパンと手を打った。
「そうそう、モニカなら部屋でのサービスもしてるからね、あとで部屋に送るよ。ジーナと別の部屋なら好きにしてもらっていいからね」
「いっ、いらんいらん、やめてくれ」
「あら、メイリィのほうが好みかい? あの娘は踊り子専門だから夜のサービスは基本してないんだけどねえ、まあご希望なら聞いてみても……」
「いらないって!」
「じゃあ誰なら……」
「誰もいらないから!」
シングはカミラを階段へ押し返す。
「仕方ないねえ、近所から高級娼婦を呼んで……」
カミラはブツブツ言いながら階段を降りていく。
「誰が来ても追い返すからな!」
ジーナの目を気にしつつ、シングは階段の下に向かって大声で叫んだ。
* * *
その夜。
ジーナの部屋に不審者が侵入し。
ジーナとシングにあっさりと撃退された。




