奴隷の少女ジーナ
チャレンジ企画「お題で飛び込む新しい世界」
『戦記』応募作品です。
その国は、子供を奴隷に売る文化があった。
貧しい親は子を奴隷に売り、その子供たちは売れるまで奴隷市場で下働きとして働かされる。ある程度大きくなっても買い手がつかなければ、少年は闘技場で消費され、少女は劣悪な売春宿に売られた。
そんな環境でも、少年少女は恋をする。
* * *
「ジーナ! 買い手がつきそうって、本当か?」
「アル」
ジーナと呼ばれた金髪の少女は、部屋に飛び込んできた黒い髪の少年を振り返る。
「どんな買い手だ? 下働きが必要な未亡人とかなら……」
「そんなわけないじゃん」
ジーナは枯れ枝のような細い腕でキラキラとした長い髪を無造作に掻き上げる。
まだ幼さの残る身体は骨と皮ばかりに痩せ細っていたが、それでもはち切れんばかりの生命力を溢れさせていた。
ジーナはあと1週間で16歳だ。
奴隷が公的に認められている分、奴隷に関する法律もちゃんとある。少女を性的な目的で売る場合、16歳以上の証明がないといけない。
「このタイミングで、商会主がわざわざ私を風呂に入れて磨き上げてから呼び出したんだよ? そういう目的に決まってんじゃん」
「あ……、そ、そうか……」
目を伏せたアルとは逆に、ジーナはグッと上を見た。
「あーあ、買い手が決まったら会えなくなっちゃうね」
「うん……」
「あのさ」
ジーナは少し言い淀んだあと、思い切ったように少年の腕を取る。
「ねえ、アル、私を抱いてよ」
「えっ!?」
アルは驚いて目を見開いた。
「意味、わかるでしょ。好き好んで違法ギリギリのガキを買うような奴に初めてを奪われたくない。もうすぐ奴隷監督が迎えに来る。時間がなくて悪いけど……」
アルはゴクリとツバを飲む。それは、興奮したからではなく、恐怖を感じたからだ。
「……いいの? バレたら殺されるかもしれないんだよ」
「それはこっちのセリフね。私の感傷にあんたの命を賭けろって言ってるみたいなもんよ。……ダメならいいわ、ごめんなさ……」
言い終わらないうちに、アルはジーナを抱きしめた。
「…………ありがと」
ジーナは小さく呟き、アルを抱きしめ返した。
* * *
「っこの、淫売のクソが!」
商会主は、ジーナを杖で殴りつけた。
商会主の太った腹を無理やり収めた燕尾服が、腕を振り上げるたびギチギチと悲鳴を上げる。
「処女じゃなかったって、どういうことだ!! お前のせいで大損だ、このバカ女!」
怒鳴りながら、商会主はジーナを殴り続ける。
商会主、と呼ばれるこの男は、この町の奴隷市場とそれに併設する闘技場を運営する奴隷商会のトップだ。
「商会主様、ジーナは美人です。ケチがついたとは言え、まだまだ高く売れるのに、そんなに殴ったら……」
「バカ野郎! 今回こいつを売ったのは上得意の貴族だぞ! 面子を潰されたとひどくお怒りなのに、この上こいつをこのまましれっと別の誰かに売ったりしたら……」
商会主は想像の恐怖にブルッと震え、杖を握り直してジーナに向き直る。
「くそ、売りつける直前の身体検査では確かに処女だったのに……。おい! ジーナ! 相手は誰だ! ぶっ殺してやる!」
ジーナは、腕で頭を抱え、小さく丸まって床に転がっていた。
商会主の質問に、あざだらけの腕の中で小さく首を振る。
「この……っ」
商会主は顔を真っ赤にし、再び杖を振り上げた。
「答えろ! 誰だ! お前をっ、傷物にしたのは!」
一言ごとに杖を振り上げ、振り下ろす。
「このっ、強情なガキがっ! 悲鳴の一つも上げなやしない!」
ひときわ強く打とうとした一撃が、ジーナを逸れて床を叩く。バキン、と乾いた音を立てて杖が折れた。
チッ、と舌打ちして杖を投げ捨てると、商会主は縮こまっているジーナの胸ぐらをつかんで無理やり立たせた。そして、不意に優しい声を出す。
「……ジーナ、このままでは死ぬぞ。私だってこんなことはしたくないんだ。ほら、お前の相手は誰か言いなさい。そうしたら殴るのをやめてやるから」
腫れ上がった顔で小さく震えながら、ジーナは商会主を見た。左腕が変な方向に曲がっている。骨が折れているようだ。
それを見て、商会主は大げさに驚いて見せた。
「腕が! おお、おお、可哀想に、ジーナ、直ぐに治療をしてやろう。その前に、誰に襲われたかを言いなさい。さあ、可愛いジーナ」
ジーナはオロオロと視線を彷徨わせ、目を伏せたかと思うと、震える手を上げ……。
奴隷監督のひとりを指差した。
「……貴様か!!」
「えっ俺!? ちっ、違います!」
不意に指名された奴隷監督は、大いに狼狽えてかぶりを振る。商会主はその男とジーナを疑い深げに交互に見比べた。
ジーナは唇を震わせながら、ぽつりぽつりと言葉を溢す。
「……売られた日……、あの貴族様に、引き渡される日に……、む、迎えに来たその人に……無理やり……」
ここまで痛めつけられても泣きも喚きもしなかったジーナの頬を、ツッと一筋、涙が伝った。
「し、商会主様に、い、言ったら殺すって、言われて……、ご、ごめんなさっ……」
傷だらけで震えながら泣くジーナのか弱い様子に、商会主は嘘をつく余裕は無さそうだと判断し、奴隷監督の方をジロリと睨んだ。
「そう言えばあの時はお前がジーナを連れてきたんだったな。妙にノロノロしてると思ったんだ!」
「違いますってば! あ、あの日はジーナが何処かに隠れちまって、探すのに手間取って……」
「言い訳はいい!! こいつを連れて行け!」
「待っ……、た、助けてくれ、誰か!」
(やってやった)
ジーナはか弱いふりを崩さないまま、心の中でほくそ笑んだ。
(これで私は女奴隷として売られないし、アルも守れたし、いけ好かない奴隷監督も懲らしめてやれたし!)
売れない奴隷の中には、そのまま奴隷市場で働いている者たちもいた。汚物の処理や格闘場の死体の片付けなど、ろくな仕事ではなかったが、女奴隷としてクズ貴族に売られていくよりずっとマシだと、ジーナには思えた。
(アルとも……、まだしばらく一緒にいられる……)
ホッとしたら激痛が襲ってきた。ジーナは悲鳴交じりのうめき声を上げる。
「商会主……様……、約束……、治療、を……」
青ざめた顔に脂汗を流して、ジーナは喘ぐように商会主に懇願する。
「ああん?」
部屋を出ようとしていた商会主は、興味なさそうにジーナを一瞥すると、くるりと背を向けた。
「おまえら! あいつの腕に木の棒でも当てて、ボロ布でぐるぐる巻きにしとけ」
とドアの外に声をかける。
そこには、奴隷仲間が何人も身を寄せ合うようにして立っていた。ジーナを心配して様子を伺いに来ていたようだ。
その中にアルもいた。ジーナを助けに飛び込もうとしていたのか、他の少年たちに羽交い締めにされている。
(アル)
ジーナは商会主にバレないよう、そっと微笑んで見せた。アルはやっと体の力を抜き、他の少年たちはホッと胸をなで下ろした。
商会主はそんな子供たちの様子に気づかず、彼らをシッシッと追い立てる。
「ひとりかふたりいればいい! あとは仕事に戻れ、サボるな!」
と肩を怒らせ、廊下を進みかけてふと振り返った。
「ああ、治療は適当でいいぞ、そいつは闘技場に出す。可愛い少女がゴツい男たちに嬲り殺されるのも客ウケが良いからな。あの貴族様も喜んでくださるだろう」
なんだって!?
ジーナは酷い痛みの中、さらに襲ってきた恐怖と絶望に耐えきれず、ついにその場で気を失った。
* * *
この時、子供たちの力では真っ直ぐに伸ばしきれなかった腕の骨は少し曲がってくっついてしまい、やがて彼女は『折れ枝のジーナ』の名で呼ばれるようになった。
なろう感想企画『戦記』応募用に頑張って考えました。
戦記なんて難しそうなもの、無理では、と思いつつ、自分の力量内で精一杯書きました。
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