#第7話
「もし私が爆弾魔で、この東京国立スタジアムを爆破したいとしたら...」璃梨佳が考え込み始めた。「...やっぱり派手に吹き飛ばす方がテロとしての印象付けをしやすい。そのためには大量の、しかも大型の爆弾を継続的に持ち込まなければならない」
「その点、燃料気化爆弾というものは効果的ね。消火器とかに偽装して持ち込むことができますしね。液体だから消火器の中に入っていても不自然ではないし。いちいち消火器の中身を入れ替えたりもしてないでしょう」
「スタッフさんがいつの間にか入れ替わってるなんてこともありそう。警察はスタッフさんの身元はもう洗っているのかしら」
「爆弾探しに躍起で、犯人探しは後回しでしょうね。本庁に連絡して人を回してもらいます」もちろん、本庁とは官邸ではなく、戦略情報庁のことだ。
「身元確認などまず最初にやることでしょうに。あまりにシングルタスクすぎない?人だけはいっぱいあるのに」璃梨佳は苛立ちを滲ませた。
「最近このスタジアムでモノの入れ替わりがあったのは...」
「今から5ヶ月前、5月に空調設備の更新をしています。これは怪しいですね」
「でも空調のダクトの中なんか全部は入れっこないわよ。これくらいの大規模施設だと巨大なダクトがあるでしょうけど、全部が人が入れる大きさではない。まさかそこを確かめるというの?」
私はニヤリと笑った。腕の見せ所だ。
---
市川結衣、コードネーム<Q>。コードネームのQはQuartermaster、平たく言えば物資係のことだ。戦略情報庁が人手不足なせいで私も現場に駆り出されているが、本来は後方支援の担当である。
物資を積み込んだ車をあらかじめ手配しておいたので、まずは物資を取りにスタジアムの資材搬入口に出た。
璃梨佳が驚いたように目を丸くした。「捜査の過程でここに来ることを予見していたの?」
「まあそうですね。最後は自分の目で確かめにいくことになるだろうとは思ってので」
「これを持ってくる人はどこから調達してきたの?車付きじゃない」
「私は理事官と違って、きちんと本庁の人間ともコミュニケーションを密に取っていますから。困ったときには助けてくれるのですよ」
ONIWABANの存在は戦略情報庁の大部分の人間が知らない。別名義での戦略情報庁の職員を装っている。あまりにも色々な顔を使い分けなければならない。東風谷先生だけから情報を得るだけでは量が足りないので、私は本庁にも合間を縫って出入りしていた。
「私には到底できない芸当ね...」璃梨佳が肩をすくめた。
スタジアムの搬入口で物資を受け取ったところで、スタジアム全体の地図を俯瞰する。「どこにおけば爆発ダメージを最大化できるかを考えた上で重点的に考えましょう。理事官、大体どのあたりか目星はつきますか?流石にダクトの全部をいきなり見るのは大変なので」
「一番派手にやるとしたら、スタジアムの大屋根を支える支柱を破壊しつつ、なおかつ大爆発で火球も発生させるって感じでしょ」璃梨佳が呻くように言った。「最悪の事態よ」
「しかし、今から数時間単位で時間がかかります。今16時。入場が始まるまで30分、試合は3時間半後に始まります。どう考えても間に合いません。我々はあまりにゆっくりしすぎました。絶望的です」
「え、どうするの?中止?」
「中止はありえません。東西共同代表ということで我が国の政府の威信が懸かっていますし、仮に中止にすれば、東の嘲笑を買うだけです。とはいえ、このまま開催してしまったら数万人単位の死者を出すことは間違いありません」
「じゃあ、どうすればいいのよ...?」
「とりあえず、藤葉、大木にはすでにハッキングするよう連絡しています。祖国解放人民義勇軍が使っているシステムはすでに特定しているのであとは侵入して起爆を止めるだけです」藤葉は秋山くん、大木は錠太郎が今回の作戦で使っている偽名だ。「しかし、問題は別のところにあります。仮に起爆を止めれば、その時点で爆発が起きるようにプログラミングされている可能性もある。並行して爆破するためのプログラムをサーバーに侵入して特定し、プログラミングの書き換えも行わなければなりません」
「...そんな人間離れした業できるの?いやまあ、確かに2人がすごいことは知ってるけど」
「彼らは必ずやってくれます。あんな女好きがウチに入れたのは稀代のハッカーだからです」
「それで私たちがやることは?」
「全力で発信機を探すことです。これだけの数の爆弾を管理するためには、必ず親機があるはずなんです」
「できるというの?」璃梨佳の顔にも焦りが出てきた。
「今から、スタジアムのスタッフが使っている全機器の電波を止めます。強力な妨害電波を流してね。おそらく東が使っている電波は我々のものと違うはずです。常に親機は通信をしているはずですから、その時点で電波を発しているもののうち、一番奥深くに隠されているものが親機だと思います」
額に汗が流れてきた。怖い。死ぬかも知れない。そういう感情を押し殺すことには訓練の過程で慣れていたはずだった。しかし、今渡しの目の前でオペレーションが崩壊しつつある。史上最悪のテロが目の前で起きることを、私は止められないかもしれない。
「大丈夫、と言いたいけど私は慰め方を知らない」璃梨佳が呟いた。「とりあえずやれることをやるのみ」
そういって璃梨佳は私の手を握ってきた。誰かに見られている、そのリスクは百も承知なのだろう。それでも慰めに来た璃梨佳の焦りも感じた。
「もし電波が長時間途絶すれば、ここにいる人たち全員がパニックになります。できるのは一瞬だけ。その一瞬の分析をしなければなりません。デバイスの間でのタイムラグも許されません。確実に、同時に。針の穴を通すような作業です」
やることを冷静に整理し、伝える。まずはスタジアムの中央管理室に向かう。そこで、スタジアム内の通信を一手に担う通信基幹システムにアクセスし、電波妨害のための機器を接続。加えて、スタジアムの東西南北にも補助用の電波妨害機器を設置し、中央管理室のものと同期。さらに、スタジアム全体の電波を同時に傍受。西が使っているデバイスが使っている周波数の部分だけ妨害することで、それでも残っている電波――つまり、東の独自の周波数の部分だけが洗い出せる、というわけだ。
「できるよね?」私は璃梨佳に縋るように聞いた。
「できる。確実にやってみせる」
「じゃあ、この機械を持っていって。璃梨佳なら5分でスタジアムを1周して置いてこれるよね」
「私の俊足をナメないで頂戴」
「じゃあ、お願い。私は中央管理室に行ってくる」
そうして私は璃梨佳に機械を託し、中央管理室へと駆け出した。
---
「警視庁の藤島です。中央管理室で捜査を行います」
スタッフさんが詰めかけている中央管理室に入りながら警察手帳を示した。またしても変装していった。
「どうぞ。捜査よろしくお願いします」
スタジアムのスタッフさんが頭を下げた。実直な性格そうな人だ。こんな無辜の民を決して犠牲にしないためにも、気を引き締めて頑張らなければ。
ちょうどその時、スマホに璃梨佳から「完了」のメッセージが届いた。「では、よろしくお願いします」
通信基幹システムに接続。息を吸い、電波妨害を開始。一瞬だけ電波を妨害し、1秒で止めた。あとは秋山くんと錠太郎がどうにかしてくれるだろう。速やかに荷物を撤収し、部屋を出ようとした。
「ありがとうございま...」
「動くな」
「え?」
さっきのスタジアムのスタッフさんが私の後ろに立っていた。突きつけられているのは銃か。全く気配を感じなかった。
「お前、何者だ?」
スタッフさん(?)の乾いた声が中央管理室に響いた。中央管理室は叫び声一つ出ることなく、静まり返った。
<16時15分、入場まであと15分>
(第7話 完)
お読みいただきありがとうございました。
結衣、途中で璃梨佳の名前を漏らしてしまってますね。焦りすぎ。
次回もぜひぜひ読んでください!感想・レビュー・リアクション・ブックマークがあると励みになります。
SNSのフォローもお待ちしています!
X: https://x.com/hkr_tskn
Bluesky: https://bsky.app/profile/hi-tsukino.bsky.social




