#第5話
「とりあえずここを出ようか」
私は美春に声をかけた。
尋問を終えてから20分、久米島について美春と話し終えたところだった。美春はペットボトルの上に顎を載せて気だるげにスマホを見ていた。
「藤沢くんにはとりあえず連絡を入れといた。先生も藤沢くんと璃梨佳の援護に向かえと言っていたし、急ぐわよ」
「うーん、気が急くのはわかるけどさあ」美春が首をかしげた。「大丈夫なの?そんなに大挙して皆で押し寄せるようなことして。ONIWABANの6人中4人、3分の2が警視庁に行くわけで、しかも潜入よ?」
「おやおや、美春は腰が引けているのかしら」
美春がたちまち頬を膨らませた。「べ、別にそんな身バレするかも、とかそんなこと心配してるわけじゃないけど、こ、怖いなって」
「怖い?」
「確かにこれまで十分に訓練は繰り返してきた。期間こそ短かったけれど、やるべきことはやってきた。それでも...今回は未経験すぎる」
「どこが未経験なの?これまでにもテロリストの制圧とか、戦闘を伴うミッションはあったじゃない。美春が足手まといだったことなんて一度もないよ?」
「今回は、あまりに敵が分からない。方向性が全く分からない。まるで、霧の中で戦ってるみたい」
「濃さはともかく、いつも霧の中であることに変わりはないでしょ。今回もあくまでその延長線。」
「死ぬかもしれないんだよ?」美春は俯いた。「別に覚悟がない...というわけではないし、死のリスクだって、いつもの延長線上に過ぎないわけなんだけど」
「今更何を、とは言わないけど、随分急に怖気づいたのね」
「怖気づいた、というか、私が苦手な戦い方で、たぶん逃げようとしてるだけなんだろうね」
「苦手な戦い方...?とりあえず移動しながら話聞いて良い?車回してもらうから」
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「私ってONIWABANの中では一番SNS慣れしてるじゃない」車に盗聴器がないことを確かめてようやく美春は話し始めた。
「そうね。私と璃梨佳はアカウント鍵付きだし、男性陣はそもそもやってすらいない。美春はいつもスマホをいじってるし、何ならアカウントも鍵付きじゃなくて公開だしね。スパイやってて公開アカウントとか、本当によくそんな芸当できるなって思うけど」
「まあ、その手のことに関してはプロだから」
車窓の景色が流れ始めた。東京警視庁までおよそ15分、どうにかしてそれまでに美春の気持ちを切り替えさせなければ。
「プロだとしてもかなりの綱渡り、それなのに逆に"敵がよくわかんないよ~"で狼狽えるわね」
「私はネットばかり見てる人間で、そんな実戦向きじゃない。せいぜい尋問で弱いものいじめするくらいしか能が無いじゃない」
「どうしたのよ。凄まじい勢いで自信を失ってる」
「結衣も錠太郎も葉一も皆役割を果たしてる。夏紀は性格は嫌な奴だけど、でも皆を引っ張っている。璃梨佳だって私よりもダラダラしてるのに、誰よりも活躍してる天才。誰も弱音を吐かない。それに引き換え私と来たら...」美春は膝の上で手を握りしめた。
「役に立ってる、間違いなく」私は食い気味に切り返した。「役に立ってないわけがない」
「じゃあ具体的にどこが役に立ってるの?」
「今日のお昼のときもそうだったんだけど、美春って皆のブレーキ役になってるのよね」
「ほう?」
「今日のお昼の時もさ、納得行かなさそうだったじゃない。1人くらい、チームにはああいう役割の人が必要で。やっぱり皆しっかりはしてると思うけどまだまだ若くて経験が浅いでしょ。ついつい若さが故に突っ走ってしまうことがあると思うの。美春ってやっぱり皆と見えてる世界が違うから、そういう別視点を私たちに持ってくることができてると思う」
「それでもさ、やっぱり花形と言うとどうかとは思うけど、戦闘力では圧倒的に劣るでしょ。夏紀も璃梨佳もすごく頭が良いから、別視点を提供したとしても本当に役に立っているとはいえないんじゃない?」
「戦闘面での劣位は別に否定しない。でもね、私だって戦闘面では助けてもらうことが多いし、別に美春だけの話じゃないよ。全部一人で背負う必要はない。例えその一人が凄まじい天才だったとしてもね」
美春は小首を傾げた。「どういうこと?話が見えない」
「私たちはチームなんだってこと」
美春が黙り込んだ。
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「璃梨佳にも弱点はあるの?」しばらくしてまた美春が口を開いた。
「あるよ。アイスにすぐつられるところとか」
「いやまぁ、そうだけど。そういうことじゃなくてさ」
「わかるよ。スパイとしてのことでしょ?」
窓の外はもう原宿になっていた。街はいつも通り、何も変わっていない。
「璃梨佳はね、世界で最も感情のない人間な気がする。でも感情のない機械ではなくって、まだ人間の領域に留まってる状態なんじゃないかなって思う」
「そうなの?」
「璃梨佳という人物は、おそらく何らかの目的意識を強く持って生きているタイプなんじゃないかな。私たちの一歩先、二歩先を見て歩いている人間、それが御門璃梨佳」
「それだけ聞くと強そうだけど、それのどこが弱点なの?」
「裏を返せば、今の足元の現状、特に自分意外の存在に目が行っていないところね。細かい他者の感情の機微があまりわからないみたい。だから璃梨佳が尋問を担当したことってないでしょ?」
「確かに!璃梨佳って訓練の時でも尋問には苦戦していたものね」
「ONIWABANの中で一番尋問が上手なのは美春。美春だって、きっと璃梨佳から見たら天才よ。何で考えていることがわかるんだろう、とかなってるかもしれないでしょ」
「私は結衣のほうが人の気持ちがよく分かってるなぁって思うけど」
「うーん、人の気持ちをよく理解できる人間が尋問に向いているかといえばそうでもないと思う」
「どうして?」
「冷静な判断を欠くことがあるから。人の気持ちを理解できれば理解できるほど、情に流されやすくなる。スパイとしては重大な欠点だし、尋問のときに詰めきれない。美春だって人の気持ちがわかる人間ではあるけれど、オンオフがはっきりしているから、そこをカバーできるのよ」
「人の気持ちを理解できるのはスパイとしては弱さなの?」
「弱さ、ではないと思う。やっぱりスパイの仕事は人と人との関係性が何より大事でしょ?今はこうやってどちらかというと防諜の方に駆り出されるけれど、協力者をこちら側に引きずり込むのには信頼関係を作ることが大事でしょ?要はなんでも使い次第ってこと。短所も長所も活かしてその先の自分になる、そういうやり方でいい。」
「そっか。ちょっと自信出たかも」
「良かった」
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そういえば、結局「苦手な戦い方」って何だったのかな、聞くの忘れていたと思いながら車を降りた。
璃梨佳のいる新宿・東京警視庁に向かう前に改めて変装し直す。
今度は、公務員の若い女性らしいグレーのセットアップ。髪をお団子にまとめ、マスクをつけると、手鏡の中には別人の私がいた。
美春も同じく装いを改めていた。美春もセットアップだが、美春はベージュ。目立つピンク髪は見事に鬘の下に隠れていた。メイクもいつもの美春らしい派手なものから、比較的地味なものに変わっていた。わずか数分でメイクまで変えてしまう美春の技術には舌を巻く。
「それじゃあ行きましょうか」
「やってやるわよ、目に物見せてくれるわよ」
「誰によ」私は笑った。「目に見えないんでしょ?」
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東京警視庁公安部外事第一課は、東専門の部署である。部屋は映画館のように壁も床も黒かったが、奥には壁の全面を埋め尽くす、膨大なディスプレイがあった。
ディスプレイの前、ど真ん中に座っている背の高い男。この人物こそが、外事第一課課長であった。
「こんにちは、課長。内閣官房事務官・高城あやかです」私は課長に頭を下げた。
「同じく内閣官房事務官・大川美咲です」同じく美春も課長に頭を下げた。
外事第一課のメンツはプライドが高い。いくら変装しているとはいえ、私たちの実力ではそうそう年の差の大きい人物に偽装することは難しい。私たちのみならず、璃梨佳や夏紀も比較的若い人物への偽装をしているはずだ。いくら官邸から来たといえど、若造への対応は決して良くないだろう。それだけに、課長の対応は意外だった。東風谷先生がわざわざ私たちのために根回しをしまくるようにも思えないので、おそらく夏紀が地ならしをしてくれていたのだろう。
「官邸から来たんだね?例の事態対処リエゾンチームか。IDを見せてくれるかね?電話で確認も取る」
やはり防諜のトップクラスの現場にいるだけあって、チェックは厳しい。ここに来るまでもIDの確認、ボディチェック、その他諸々の確認がなされた。
手に汗握る、わけにもいかず、平静を保つのみ。しばらくしてようやく課長からオッケーが出た。
「お仲間はあそこで忙しく立ち働いているよ。あの子達、随分なことを言ってくれたからね、期待しているぞ」
「ご心配なく、必ず役割を果たしてみせましょう」私はニヤリと笑った。さすが防諜の大立者、化かし合いのような時間だった。
私は中央のホワイトボードで、いかつい刑事と話し込んでいる若そうな男性に近づいた。
「どうも、保井さん」
「おお、高城ちゃんか。すみません、ちょっと離席しますね」そういって夏紀は席を立った。
「とりあえず、今の状況に関して情報交換できるか?事態は切迫している」潜入中、さすがにいつもの関西弁は息を潜めていた。
「どうしたの?聞いてないけど」
「新宿公園で、複数箇所に爆弾が仕掛けられているのが発見された。時限爆弾だ」
「新宿公園って、ここの裏じゃない?」
「ああ、そうだ。つまり東京国立競技場と加えて、同時多発テロを奴らはやろうとしているのかもしれない」
(第5話 完)
明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。
結構日が空きましたね。楽しみにしてくださっていた方、お待たせいたしました。
美春は主にオープンになっている情報を調べるのがお仕事です。璃梨佳に並ぶ、ONIWABANのダブル怠惰。世間のトレンドに詳しい彼女、髪もしっかり染めてきてます。伝統ある進学校ですが、こういうところは自由みたいですね。
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