#第4話
スピーカーから声が響いた。
「拘束した男は、セーフハウスCに移送した。尋問官としてコードネーム<Q>、<006>を指名する。残りの者は指定する現場へ。<003>、<007>は東京市役所へ。警視庁公安部には<J>、<A>を派遣する。全員銃器を携帯し、5分以内に<部室>を出発できるよう準備しておけ。私は戦略情報庁で全体の指揮統括を行う。詳細は図書館の月谷さんから聞くように」
東風谷先生の声が切れた途端、扉が開いて月谷さんが入ってきた。
「皆、お疲れ様。東風谷先生からメッセージを預かっているよ」
皆一斉に立ち上がり、月谷さんの方に向き直った。
「新宿区内の東京国立スタジアム付近で男が銃器を携帯していた廉で拘束された。この男が持っていた銃器は、東にある東西統一派テロ組織、<祖国解放人民義勇軍>が特によく使っているものと一致していた。」
本物のテロリスト...私は思わず拳を握りしめた。しかも東京国立スタジアム、何万人もの人たちが集まる場所だ。
「東京国立スタジアムではちょうど今夜、サッカー世界選手権の予選試合、東西合同代表の試合が行われる予定だ。東西両政府の宥和政策によって今回初めて結成された東西合同代表だ。祖国解放人民義勇軍はおそらくこの試合を狙ってテロを仕掛けてこようとしていると思われる。実際、一部メンバーが既に東京の西側地区内に入ったという情報が昨日時点で入っていた。よって、今回実行に関わっているすべてのテロリスト共を一網打尽にすべく、総力を挙げて捜査する。ONIWABANも全員参加せよ――というのが東風谷先生からの指令だ。以上、僕は図書館に戻るよ」
「了解です」と夏紀が言った。「全員直ちに出立の準備を」
月谷さんは腹の底が読めないので、私は苦手だ。諜報員なのかただの協力者なのか、東風谷先生との関係は何なのか。それに見た目は20代にも30代にも40代にも見える。半年経った今なお、一番良くわからないのが月谷さんである。接点が微妙に少ないせいで、捉えようのない人物になってしまっている。
「万が一東京国立スタジアムでテロが起きて、しかも死者まで出たら、東側当局はこれ幸いとばかりに俺たちを非難してくる。しかも自国の選手を危険に晒した!とかまで言ってくるのか、嫌な奴らだぜ」秋山が顔を歪めた。
「ほな、市川ちゃん、よろしく頼むで」夏紀の言葉に私は頷いた。
ここONIWABANでの私の仕事、それが装備や物資の管理だ。私や璃梨佳たちエージェントが活動をする上で必要な物品を管理し、メンテナンスするのが私の仕事の一つである。物資の供給のみならず、偽装IDの作成、セーフハウスの管理......私の裁量一つで作戦の可否が決まる。ONIWABANにおける最重要ポジションと言っても差し支えないくらいには重要だ。というか、夏紀の作戦立案、璃梨佳の分析、美春の情報収集、錠太郎の密偵、葉一のハッキング...誰か1人が欠ければ、ONIWABANはたちまち立ち行かなくなる。
ONIWABANがたった6人の少数精鋭であることから分かるように、ONIWABAN、そして戦略情報庁の人手不足は深刻で、私も単なる兵站管理のみまらず、実際に現場に駆り出されもする。何ならONIWABAN全体が現場での情報収集、捜査、戦闘に駆り出されている、とんでもないブラック職場だ。
とはいえ、部屋に籠もって情報の分析をしているだけでは見えてこないものもあるはずなので、私は悪くは思っていない。璃梨佳など、現場での仕事が入るときのほうが目がキラキラしている。
5分以内の出立。その間に、政府機関に入るための偽装ID、変装をいそいそと整える。武器や装備の準備も忘れずにしなければいけない。各々でできる準備と、私だけにしかできない準備、手分けしてやれば5分でここを出るのは容易い。
秋山は未だにブツブツ不平不満を垂れている。「はぁーあ、俺今日家帰ってからサッカー代表の試合テレビで見るつもりだったのによぉ...」
「今回の作戦が首尾よく行ったら現地観戦のチケットを手に入れてきてあげようか」私は秋山に声を掛けた。「これでやる気出してくれる?」
「マジで!?それは神すぎる」
「このテロ阻止には東西両国の1億の国民の身命が懸かっているんや。そんなモノで釣るような真似したらアカン」夏紀が渋面を作った。
「いいじゃん、全員で見に行こうよ」美春が秋山に加勢した。
「皆のケアもするのが私、市川結衣の仕事よ?」私は夏紀を小突いた。「真面目一徹も良くないわよ」
こうして、観戦チケットを目標に、テロを全力で阻止することになった。
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「全員、必ず生きて還るように。絶対に焦って死に急ぐ真似だけはせんといてや」
そういって夏紀は部屋を出ていった。璃梨佳もひらひらと手を振りながら出ていった。
「行ってらっしゃい」
監視されていることを想定し、分散して外に皆が出ていく。最後に残ったのは私と美春。
戸締まりをし、部屋の外に出た。
<部室>のある地下5階から1階に出るためのエレベーター待ち中、美春がぼそっと呟いた。
「今回の事件、本当にテロリストの仕業なのかしら?何か引っ掛かる」
「何なの?」
「それが分からないからもやもやする」
「何だそれ」
「まあ分かったら教える」
派手な見た目に似合わず、美春は案外堅実な考えを持っている。さすが、普段から公開情報やSNSでの調査を行っているだけあって、メディアリテラシーはしっかりしているのだろう。
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セーフハウスCは、渋谷駅から微妙に遠い、古い雑居ビルの1階にある。1階とは言っても、半地下である。饐えたような悪臭が漂う場所だ。およそ人が寄り付く場所ではない。ましてや女子高生が放課後に遊びに行く場所ではない。変装はバッチリ、傍目には警察の捜査官にしか見えない。
踵を2度地面に打ち付けてから、部屋の扉を3度ノックした。すると、よぼよぼの汚い顔の男が顔を出した。「おお、来たかい。まあ上がれや」
男の先導に従って部屋に入る。部屋は土足のまま上がるようだった。扉に鍵を掛けたのを確認すると、男は急に体をしゃんと伸ばして顔のマスクも剥ぎ取った。マスクの下にいたのは東風谷先生だった。東風谷先生は変装がうまい。老若男女、誰にでも化けられる。
「<Q《市川結衣》>、犯人は奥にいる。私は次の場所に向かうから、何か進展があれば、他の者に伝言しておいてくれ。」
「了解です。尋問が終わったらどうします?」
「<J《藤沢夏紀》>、<A《御門璃梨佳》>の援護に向かえ。変装とIDは持ってきているな」
「はい、了解です」
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私と美春で尋問をするときは、必ず美春から尋問をする。狭い廊下を通って、美春が奥の部屋に入った。私は隣の部屋でマジックミラー越しに尋問を見守ることにした。部屋の中では男が荒縄で縛られて椅子に縛り付けられていた。目隠しもされている。そして、部屋の中にいる、美春と男と、監視役のエージェントの3人を小汚い裸電球が照らしていた。
「こんにちはー」美春が男に声をかけた。
男は顔を挙げた。「なんだ、女か」
美春は無視して続けた。「お名前教えてもらえますか?」
「黙れ、お前のようなクソアマに教えてやる名前なんぞねえよ」
丁寧に対応された男は図に乗り、美春に噛みついた。おおよそ自分の立場を理解しているとは思えない、不遜な態度で不愉快だ。
美春の眼が据わった。
「お・な・ま・え・は?幼稚園の子でも答えられるよね?ね?できるよね、それくらい」
「あぁ?テメーに教えてやるもんなぞ、これっぽっちもねえわ。死ね、西のブタどもが」
「ああそう、なら分かった。全部吐くまで、たっぷり私のおもちゃになってもらうね」そう言って、美春は男を椅子ごと蹴り倒し、踏みつけた。
「さあ、言えるかな、どうかな」
美春はニコニコ笑いながら話し続ける。
「尋問で犯人が口を割らないのはドラマの中だけの話よ?ちゃんとした方法、正しい方法、フォーマットに則ってやれば皆全部吐いてくれる。アサリでも水責めすれば砂を吐く。賢い人間さんなら、どうしたらいいか分かってるわよね?それでも話さない?」
「は、話す!話すから蹴り飛ばすのは辞めてくれよ!」
「だーめ。本当に話す気はないでしょう。姑息ね」
そろそろ潮時のようだ。私は尋問室に入った。美春が軽く頷き、私と入れ替わりに出ていった。
ひとまず、優しく声をかけることにした。
「こんにちは、お兄さん。お兄さんが素直に白状すれば、お兄さんの命は保証する。東に戻ったときに身の安全が保証されないのであれば、西への亡命を認める。その代わり、洗いざらい話してほしいの。話さなければ、お兄さんには死よりも遥かに辛い苦しみを一生負わせるしかない。どう、この取引、悪くないでしょう?」
祖国解放人民義勇軍は、規律に厳しく、一度犯した失敗を許さないと聞く。敵の虜となったこの男は東に帰れば命を失うか、強制労働をさせられるに違いない。まあ、助かるのはこの男一人で、一族郎等諸共悲惨な末路を辿ることは間違いないのだが。
「お兄さんのお仲間ももう大勢捕まった。他のお仲間が洗いざらい話してしまったら、お兄さんの罪を軽くする方法はないの」
「大勢捕まった」...当然ブラフだ。普通だったら嘘だと思うだろう。しかし、男はさんざん美春に蹴り飛ばされ、精神的にはかなり来るものがあるはずだ。
「価値あることを話せば話すほど、お兄さんの罪は軽くなる...全部話してしまえば無罪放免も夢じゃないわよ」
さらに揺さぶりをかけると男はついに口を開いた。「久米島祐介、21歳。東恵大学の3年生だ」
東恵大学...東にある中堅大学だ。学生数が多いから、こういう工作員をリクルートするにはうってつけだろう。
「今回のお兄さん達の狙いは何?」
「無差別攻撃だ。東京国立スタジアムには多くの人間が来る。東の強さを、東の怖さを、東の偉大さを思い知らせてやる、とリーダーは言っていた。俺はそこまで思ってなかったけどな」
「お兄さんはどうして義勇軍に入ったの?」
「友達に誘われたから、かな。就職に有利だと聞かされてたのもあるけどな」
「リーダーって?」
久米島は唇を噛んだが、すぐに話し始めた。
「俺たち学生部の部長、大岩安喜って先輩だ」
「どうやって攻撃するって大岩先輩は言ってたの?」
「爆破と銃の乱射、自爆テロだ」
「銃はどこから入手するの?」
「西に越境してから手に入れた。どうも、それ用の業者がいるとか言っていたような...」
「業者?西にいるの?」
「ああ、そう言っていた。間違いない」
「購入資金はどこから?」
「知らん」
「そうか、分かった。ありがとう。あなたの努力が報われるよう努力するわ」
久米島は俯いた。
私は立ち上がりざまに聞いた。「ああ、最後に一つだけ」
「何だ?」
「アジトの位置は分かる?」
「ああ」
最後に一番大事なことを聞き出せた。それにしても、一度落としたら随分従順になったものだ。久米島が告げた場所を地図アプリで探しながら思った。
(第4話 完)




