第4話 「王座の崩壊」
朝の営業部フロアは、普段よりも静かで、張り詰めた空気が漂っていた。
佐伯真奈(34)は黒のパンツスーツを整え、髪を後ろでまとめ直す。長年の経験で培った落ち着きが、席に座るだけでフロア全体に安定感をもたらす。しかしその目には、昨日の準備がいよいよ花開く確信が宿っていた。
桐谷翔(29)は黒髪を指で軽く撫でつけ、ネクタイを直しながら資料に目を通す。普段の自信に満ちた表情はなく、眉間に深い皺が刻まれていた。
(なんで……皆、昨日の資料に気づいたんだ……)
心の奥で焦りが渦巻く。周囲の社員たちは微妙に視線を交わし、桐谷の権威に疑問を抱き始めていた。
午前九時、全体会議が始まる。
桐谷は資料を配りながら、やや声が震えている。
「今回の改善案は……私がまとめました。しっかり把握してください」
しかし社員たちは資料に目を落とし、桐谷の言葉に耳を傾けようとしない。
その瞬間、真奈は冷静な声で口を開く。
「桐谷さん、この資料の数字、先月の契約データと照合すると不整合があります。具体的には、〇〇社の請求額が二重計上されています」
一瞬、会議室が静まり返る。全員の視線が桐谷に向かう。
桐谷は言葉に詰まり、顔が赤くなる。
「そ、それは……訂正済みのはずだが……」
真奈はさらに続ける。
「こちらに過去のメールと契約書のコピーをまとめました。確認いただけますか?」
彼女はUSBを机の上に置き、社員たちは資料に目を通す。
改ざんや虚偽報告の証拠が、一目でわかる状態だ。
水野課長(42)が立ち上がり、落ち着いた声で告げる。
「これは……由々しき問題だ。桐谷課長、説明をお願いします」
桐谷は必死に言い訳を試みるが、誰も耳を貸さない。
その間に社員たちの目は真奈に向かい、静かに賞賛の視線を送る。
会議後、フロアには微妙な空気が広がる。
「桐谷課長、昨日の資料と数字が違ってましたね」
「先月の契約書と照らすと二重計上されてます」
社員たちのささやきは、桐谷の焦りをさらに加速させる。
午後、桐谷は外回りに出るが、その間に真奈は社内共有フォルダにさらに詳しい資料をアップする。
過去の改ざんや不正の全履歴を整理したファイルだ。
社員たちは徐々に真奈の冷静さと能力に気づき、自然と信頼が集まる。
帰社した桐谷は、疲れた顔で席に戻る。
「……佐伯さん……どうして……」
真奈は微笑みを浮かべ、静かに答える。
「間違ったことは正すだけです」
夕方、社員たちの間で小さな打ち合わせが行われる。
「真奈さん、助かりました。これで社内が混乱せずに済みます」
「ありがとうございます」
自然と真奈の周囲には仲間が集まり、社内での立場が逆転していく。
桐谷はデスクに沈み込み、肩を落とす。
一日中、言い訳を重ねるが、信頼を失った彼にはもはや誰も耳を傾けない。
社員たちは真奈の計画的な冷静さと実行力を目の当たりにし、彼女を新たなリーダーとして認め始める。
夜、自宅で資料を整理する真奈。
窓の外には橙色の夕日が沈み、街灯が静かに灯る。
長く耐えてきた復讐が、ようやく完結した瞬間だ。
鏡に映る黒髪を整えた自分の姿に微笑み、心の中で静かに勝利を噛み締める。
(静かに、しかし確実に……勝利は自分のもの)
その夜、営業部のフロアには、新たな秩序と信頼が流れていた。
桐谷の王座は完全に崩れ去り、真奈の冷静さと計画力が社内に浸透した。
復讐の痛快な結末は、確実に、そして鮮やかに決まったのだった




