第2話 「証拠の糸口」
朝の光がフロアの窓から差し込む。
営業部の机はすでに、キーボードのカタカタという音と紙のめくれる音で満ちていた。
佐伯真奈(34)は、黒のパンツスーツに白いブラウスを合わせ、髪を低めに束ねて席につく。
目は落ち着いているが、昨日の出来事が頭を離れない。
桐谷翔(29)の不正。彼の横取りされた功績。目に見えないけれど確実に存在する証拠の痕跡。
彼女は小さく息を吐くと、PCを開いた。
まずは、昨日ちらりと見えたフォルダの内容を確認する。
「社外秘」「請求データ」「契約書類」――一瞬しか見えなかったが、桐谷のメール履歴や送信先と不自然に重複している部分がある。
真奈の指先が、静かにマウスを動かす。
(ここからだ……まずは小さな矛盾を確実に押さえる)
フロアには、藤井(26)が黙々とデータ入力をしている。
桐谷の言うことに従い、彼も何も言えずにいる。
水野課長(42)は総務部にいて、必要なときにだけ相談できる。
真奈は心の中で確認する。
(信頼できる味方は、水野課長だけ。あとは自分の手で証拠を積み重ねるしかない)
午前中、真奈は桐谷が送った過去三か月のメールをダウンロードし、細かくチェックを始めた。
表向きは「プロジェクト進捗の共有」だが、金額の微妙な操作や、外部コンサルへの二重請求の痕跡がある。
画面に映る数字や日付を一つ一つ確認し、コピーしてフォルダに整理する。
昼休み。
真奈は一人で社内カフェに座り、ノートパソコンを開く。
外を歩く社員たちの声や足音が、いつもより遠くに感じられる。
(ここで焦ったら、すべてが水の泡になる……)
コーヒーの香りに包まれながら、真奈は冷静に計画を練った。
午後。
桐谷がデスクを回り、挑発的な笑みを浮かべる。
「女性はこういう細かい作業、得意でしょ?」
真奈は微笑まずに頷くだけ。
(楽しみにしていて、桐谷。今度はあなたが焦る番だ)
夕方、フロアには静かな緊張が漂う。
真奈は同僚に気づかれぬよう、USBに必要な証拠をコピーする。
「請求書の重複」「外部コンサルとの秘密のやり取り」「自分の手柄に書き換えられた資料」――すべて揃えば、彼を社内で追い詰める武器になる。
帰宅後、真奈は自宅のデスクに向かい、さらに資料を精査する。
画面の光に照らされる顔は冷静そのものだが、心の奥に静かに怒りが燃えている。
(沈黙はもう終わりだ……次は、確実に仕返しする)
彼女の頭の中で、社内会議や桐谷の発言を一つ一つ思い返し、計画の細部が形を取り始めた。
証拠を揃え、味方を確保し、桐谷が安心している今のうちに……
静かな反撃の第一歩が、確実に進んでいるのを、真奈は感じていた。
夜の静けさの中で、彼女は一度深呼吸する。
(あとは、焦らず、着実に……)
沈黙の裏で、真奈の復讐劇はゆっくりと始まったのだった。




