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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
響く音響編 —始動—

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39話 嘲笑う影

県大会が終わった。

結果は、確かに残った。けれどそれは、ゴールではなかった。

歓声が消え、舞台を降りたその瞬間から、音楽はまた現実に戻ってくる。

次に待っているのは、祝福でも余韻でもない。

――選ばれた先にしか見えない、別の景色だ。

ホクトの外に出ると、空はもう夕方に差しかかっていた。


舞台の照明とは違う、柔らかくて現実的な光。


東縁(とうえん)高校吹奏楽部は、建物の脇に自然と集まっていた。


誰かが声を上げることもなく、ただ、それぞれが結果を胸の中で整理している。


瞬崎(しゅんざき)は、少し離れた位置で全員を見ていた。


指揮台に立っていない彼は、どこか普段よりも静かだった。


「……全員揃ってますね」


それだけ言って、間を取る。


「まずは県大会、お疲れ様でした。そしておめでとうございます」


瞬崎は視線を落とさず、淡々と続ける。


「東海大会、さらに強い学校ばかりが集まる場所です」


空気が、わずかに張る。


「今日と同じことをやればいい、とは言いません。今日より、さらに上を出さないと、普通に置いていかれます」


脅しでも、煽りでもない。

ただの事実だった。


「だから――」


瞬崎は、ほんの一瞬だけ言葉を探すように間を置く。


「今日の演奏で、自分が“やり切った”と思ってるのなら、その感覚は、今日で終わりにしてください」


最後に、視線が部員たちを一度だけなぞる。


「さあ、今日この瞬間から、皆さんは県代表です。その自覚、覚悟を持ってこれからの練習に臨んでください」


「はい!!」

 

「では、今日はこれで解散します。体も頭も、ちゃんと休めてくださいね」


夕暮れの風が吹き抜ける。


東縁高校吹奏楽部は、まだ名前のついていない次の舞台を前に、黙って立っていた。 



少し離れたバス停。


夕方の空気は、昼よりも一段落ち着いていた。


「……まだ来ないな」


ベンチに腰掛けた来島(らいとう)が、時刻表を見ながら言う。


「県大会の日に限って、こういうとこ律儀だよな」


陽翔が苦笑しながら、空を見上げた。


(ひびき)柊木(ひいらぎ)、陽翔、奏多(かなた)、来島、永井(ながい)


自然と、いつもの顔ぶれが集まっていた。


「改めて思うけどさ」


来島がぽつりと口を開く。


「今日の本番、客席より舞台袖のほうが、正直きつかった」


「分かる」


陽翔がすぐに頷く。


「音、全部聞こえるんだよな。良いとこも、危ないとこも」


「袖って、逃げ場ないもんね」


奏多が小さく笑う。


「でもさ」


来島は少し間を置いてから続けた。


「それでも、途中から“あ、これ行ったな”って思った」

 

「俺も」


陽翔が言う。


「最後のあそこ。空気変わったの、はっきり分かった」


響は黙って聞いていた。視線は、夕焼けに染まり始めた道路の先。


「……まだ、余裕はなかったけどね」


柊木が肩をすくめる。


「置きに行った音も、正直あった」


「それを含めて、でしょ?」


永井が短く言う。


「今の東縁で、出せるライン」


一瞬、全員が黙る。


「次は、それより上」


奏多がぽつりと言った。その言葉に、誰も否定しなかった。

 

バス停の向こうから、エンジン音が聞こえる。


しかし、それは別の路線だった。


「そういえばさ」

 

陽翔が思い出したように言う。


「近々なんかあるんだよね」


「Summer Night in Naganoでしょ?」


奏多が即答する。


「サマー......え?何それ?」


来島が首を傾げる。


「県内中の学校が主体でやる夏祭りだよ。毎年学校ごとに出し物するんだよね」


「へぇ、うちの小中学校時はそんなの参加してなかったな」


「吹奏楽部が毎年そのステージで演奏とかもあるんだよね」


「東縁はやるのかな」


「言うて東海もすぐだからなぁ」


夕方の風が、バス停を抜けていく。


次に待っているのは、祭りか、練習か、

それとも——まだ知らない何かか。


「……来た」


響が短く言った。


バスが、ゆっくりと停留所に入ってくる。


ドアが開く音とともに、東縁高校吹奏楽部の夏は、まだ続いていく。



教室の空気は、すっかり夏だった。


エアコンの効ききらない教室で、扇風機が頼りなさそうに首を振っている。


「おいお前ら、静かにしろ!」


黒板の前で、担任の瀬戸川(せとがわ)が手を叩いた。


「連絡事項がいくつかある。まず一つ目」


チョークを持ち替え、黒板に大きく書く。


Summer Night in Nagano


「もう知ってるやつも多いと思うが、県内の学校主体でやる夏祭りだ」


教室が、少しざわつく。


「で、だ」


瀬戸川は一度咳払いをした。


「今年、我が東縁高校は——ステージ発表や出し物は、一切やらない」


「え?」


「出ないんですか?」


あちこちから声が上がる。


「出ない。決定事項だ」


瀬戸川はあっさり言った。


「去年、いろいろ問題が起きてな」


一瞬、教室が静まる。


「……え、なにそれ」


「いろいろって何だよ」


誰かが小声で言ったが、瀬戸川は深く触れない。


「まあ、その辺はどうでもいい」


さらっと切り捨てる。


「とにかく、今年は“参加者”として行くだけだ。

屋台もあるし、自由時間もある。高校生らしく、楽しんでこい」


一気に空気が緩んだ。


「まじか」


「浴衣OK?」


「それ大事だろ」


「節度は守れ。羽目を外しすぎるな。わかったな」


「はーい」


気の抜けた返事が、教室に広がる。


響は、頬杖をつきながら窓の外を見ていた。夏の空は、やけに澄んでいる。


(出し物なし、か)


楽でいい、と思う反面、


どこか胸の奥で、小さな引っかかりも残っていた。


——去年、何があったんだ。


そんな疑問は、誰の口にも出ないまま、チャイムの音にかき消された。



放課後の音楽室。


譜面台の影が、床に長く伸びていた。


部員たちは、いつものようにそれぞれの場所に集まってくる。


楽器の準備音が、静かに重なっていく。瞬崎は、指揮台には上がらず、机の上に数枚の紙を置いた。


「こちらは東海大会までの日程表です」


前列から、紙が回っていく。受け取った紙に、視線が落ちる。

練習日、調整日、移動日。余白は、思ったより少ない。


「今週末の土日は、皆さんご存じの通り

Summer Night in Nagano があります」


一瞬、空気が緩む。


「そのため、部活としては“休み”扱いになります」


「え、練習しないんですか?」


久瀬(くぜ)が、思わず口にした。


瞬崎は、少しだけ口元を緩めた。


「私も、同じことを言ってみたんですがね」


視線を外し、軽く肩をすくめる。


「校長や教頭に、『練習させすぎだ』と怒られまして」


小さな笑いが、音楽室に広がる。


「……とはいえ」


瞬崎はすぐに表情を戻す。


「練習できないわけではありません」


その言葉に、何人かが顔を上げた。近くで、ひそひそと声が交わされる。


「この日、BOX借りない?」


「いけるな」


「夜なら、誰にも邪魔されないだろ」


瞬崎は、聞こえていないふりをしたまま続ける。


「そして——」


配布した紙の一箇所を、指で叩く。


「今月二十五日。東海大会です」

 

音楽室が、静まり返る。


「猶予は、およそ三週間」


瞬崎は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「音楽は、時間の芸術です。一分一秒を、どう使うかで、音は簡単に変わります」


視線が、部員たちを見渡す。

 

「与えられた時間は、全員同じ。どう使うかは、各自に任せます」


最後に、短く。


「決して無駄にはしないでください」


その言葉が、音楽室に静かに残った。譜面台の影が、さらに長くなる。


東海大会まで、あと三週間。

時間は、もう味方ではなかった。



薄暗い部屋の中で、ひとつの結果表が静かに置かれていた。


紙の上をなぞるように、誰かの視線が動く。


——結果表に、見慣れない名前があった。

 

「……東縁?」


聞き返すように呟いてから、ふっと息を漏らす。


「へぇ……あの東縁が、ここまで来たんだ」


指先で紙をなぞる。その動きは、興味というより確認に近い。


「県大会、突破。なるほどね。でも――」


小さく笑う。


「あの出来損ないの雑魚が?“代表”を名乗れるレベルまで来たって?」


視線が冷たく細くなる。


「勘違いしてる連中ほど、見ていて滑稽なものはない。少し音が揃った。少し評価された。それだけで“自分たちは特別だ”って顔をする」


肩をすくめる。


「東海はな、努力を評価する場所じゃない。結果が出た“理由”を、音で証明できない奴は、立ってるだけで恥を晒す舞台だ」

 

すると、持っていた結果表をビリビリに破き、ゴミ箱へ投げ捨てた。


「どうせ、必死に噛みついてくるんだろ?自分たちは弱小じゃない、ここまで来たんだって」


鼻で笑う。


「残念だが、ここでは“来たこと”に価値はない。あるのは――残るか、消えるかだけだ」


ゆっくりと立ち上がる。


「まぁ、せいぜい楽しませてくれ。どう壊れるかを見るくらいの価値は……あるかもしれない」


最後に、楽しそうに目を細める。


「現実を教えてやるよ。音楽ってのは、夢を見るためのものじゃない。――上下を、はっきり思い知らせるためのものだ」


低く、歪んだ笑い声が落ちる。


「はは……はははははは」


その笑い声は、まだ誰にも届かない。


だが確実に、次の舞台へと続く歯車は、音を立てて回り始めていた。


「かかって来るがいい、東縁。このエーストリア学園が直々にお前らを潰してやる」

舞台を降りた瞬間、音はすぐに、特別なものではなくなる。結果が残ったからといって、安心できる時間が与えられるわけじゃない。

「県代表」という名前は、祝福と同時に、次の現実を連れてくる。

音を出しても、同じ評価は、もう返ってこない。

そして——

その名前を、遠くから見ている者がいる。

興味なのか、嘲笑なのか、それともただの確認か。

まだ誰も知らないまま、次の舞台へ向かう歯車は、確かに回り始めている。

夏は、終わっていない。

むしろ——ここからだ。

感想、評価、ブクマ是非お願いします。

次回もお楽しみに!!

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