表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
響く音響編 —始動—

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/43

33話 最後に残る音

地区大会を経て、東縁高校吹奏楽部は県大会へ向かう。不安と期待が入り混じる中、先輩たちの言葉や小さな決意が、ひとつの道筋を照らす——

校門を出ると、夕方の空気が一段冷えていた。永井(ながい)は少しだけ後ろを歩く。無意識に、半歩分。


「最近だいぶ静かだね」


前を歩きながら、今伊(いまい)が言った。


「……オーディションも県大会もすぐそこですからね」


「ま、考えすぎても、音は良くならないって分かってるけど」

 

永井は苦笑した。


「でもそれが一番、難しいと思います」

 

しばらく並んで歩く。


信号待ちで立ち止まり、今伊が振り返った。


「オーディション、怖い?」


「いいえ」

 

即答だった。


「吹奏楽は中学校からやってました。でもその頃は、大会って聞くだけで、自分には場違いな気がしていた時期で。でも今は、今は自信を持って弾けます」

 

今伊は小さく息を吐く。


「ナーガフェスの時から、永井君てほんと変わったよね」


「先輩は……一年のとき、どうだったんですか」


「僕?」

 

今伊は少し考えてから言う。


「正直、上手い人間ばっかり見てた」

 

永井は顔を上げる。


「中でもさ……噂になるような音って、あるだろ」


「……あります」

 

永井は声を落とした。


「音で全部、持っていく人」

 

今伊は歩き出しながら言う。


「伝説級だな」


「そういうの、信じます?」


「信じない」

 

即答だった。


「でも、いたら厄介だとは思う」

 

永井はうなずいた。


「一緒に吹いてた人間が、自分の音を見失うって話、聞いたことあります」


「自分の音、か」

 

今伊は否定しない。

 

「三年になって分かったけど、それって“負けた音”の見え方なんだよ」


「負けた……」


「追いかけすぎると、自分の立つ場所が消える」

 

信号が青に変わる。


「だからさ」

 

横断歩道を渡りながら、今伊は言った。


「特別=正解じゃない。オーディションも大会も、最後に残るのは“自分の音”が残る人なんだと思う」

 

永井は足を止めそうになり、慌てて歩く。


「……もし、その特別が今、この部にいたら?」

 

今伊は少しだけ振り返った。


「そのときは」

 

一拍置いて、


「三年の僕達が、責任持って見る」

 

永井の胸が、わずかに熱くなった。

 

それでも——

頭の奥で、あの言葉が消えない。

 

音の彗星。

 

永井は何も言わず、夕焼けの空を見上げた。



公園のベンチに腰を下ろすと、久瀬(くぜ)は自販機で買ったスポーツドリンクのキャップをゆっくり開けた。


狩川(きりかわ)はすでに半分ほど飲み終え、ベンチにもたれかかっている。


「……県大会か」

 

久瀬が、ぽつりと言った。


「大丈夫だって」


久瀬はラベルを指でなぞる。


「地区抜けたって言っても、県は別物でしょ?」

 

狩川は苦笑した。


「まあね。相手が一気に変わるから」


都幾川(ときかわ)信濃明峰(しなのめいほう)……」

 

久瀬は名前を並べる。


「それに、豊川(とよがわ)

 

その名前を出した瞬間、少しだけ間が空いた。


「……東海常連だもんね」


「何年も、当たり前みたいに」

 

久瀬は息を吐く。


「正直さ。本当に、私たち行けるのかなって思う」

 

狩川はジュースを一口飲んでから、横目で久瀬を見た。


「珍しいね。私が知ってる久瀬はそんな弱気じゃないと思うなぁ」


「弱気っていうか……現実見てるだけ」

 

久瀬は笑わない。


「地区は勢いで押し切れた。でも県は、“積み重ねてきた音”の量が違う」

 

狩川はしばらく黙ったあと、言った。


「でもさ」


「ん?」


「だからって、最初から負け前提になるのも違うでしょ?」


「分かってる」

 

久瀬は即答する。


「分かってるけど……怖いんだよ。私たちにはまだ“歴史”ってほどのものがないし」

 

風が吹き、木の葉が音を立てた。


「豊川とかさ」

 

久瀬は続ける。


「もう“音の出し方”が染みついてる感じするじゃん。ああいう学校と並んだとき、東縁ってどう見えるんだろうなって」

 

狩川は少し考えてから言った。


「挑戦者、でしょ」


「簡単に言うじゃん」


「簡単じゃないけどさ」

 

狩川は肩をすくめる。


「向こうが何年積んでようが、私たちは今年の音しか出せない」


「……それだけ?」


「それだけで、十分なときもある」

 

久瀬は視線を落とす。


「……それに、瞬崎(しゅんざき)先生が来てから確実に良くなったと思うよ。ナーガフェスも地区も。あと響君もだけど」


「あぁ、また響君の話。もう頭が痛くなる〜」


「そこ?」

 

「響君が凄いのはもう何回も聞いたよ」


視線を夕日に向け、久瀬は続けた。


「確かに響君はすごい。でも、“あの子一人で行った”って思われたくない」

 

狩川は小さく笑った。


「じゃあさ」


「?」


「私たちが、ちゃんと音出せばいい」


「雑じゃない?」


「シンプルでしょ」

 

狩川は立ち上がり、空の缶をゴミ箱に入れた。


「豊川だろうが東海だろうが、結局ステージに立つのは人間」

 

久瀬も立ち上がる。


「……そうだね」

 

完全に不安が消えたわけじゃない。それでも、久瀬の表情は少しだけ前を向いていた。


県大会までの距離は、まだ遠い。だが、もう目を逸らせるほど曖昧でもなかった。


「まさか、本当に行けちゃったりしてね、全国」



豊川高校の職員室前は、夕方の空気に包まれていた。


瞬崎は、軽く資料を手に持ち、整った廊下を歩く。今日は豊川高校で開催される、周辺地域の学校教員による定例職員会議に参加するためだった。


会議室に入ると、すでに各校の先生方が席についている。


木製のテーブルと椅子が整然と並ぶ、普通の会議室。

だが、どこか空気は引き締まっていた。


「瞬崎先生、お疲れさまです。こちらの席へどうぞ」


豊川高校の職員が、穏やかに案内する。瞬崎は小さく会釈して席に座った。資料を机に広げる。


会議が始まる。


議題は、地域校の連携、年度行事の調整、連絡事項——


表向きは普通の事務連絡だ。


「次年度の行事予定についてですが……」


「地域交流について、意見を伺いたく……」


話は淡々と進む。瞬崎は、淡々とメモを取り、必要な発言だけを短く返した。


特に目立つこともせず、だが沈黙を破ると、言葉には確かな重みがあった。


会議の中盤、休憩時間が入り、参加者たちは資料を整理しながら軽く雑談を交わす。


瞬崎も一息つき、窓の外の夕日を眺めた。

校舎の外には、静かな校庭。


遠くに聞こえるのは、夕方の風の音だけ。



職員会議が終わり、参加者たちが順次退出していく。瞬崎は資料をまとめる。


するとふと思い出したように歩き出した。


その先にいたのは1人の職員


「すみません。少しいいですか?」


振り返り笑顔で口を開いた。


「あ!瞬崎先生、お疲れ様でした。」


「あ、えっとー、お名前はなんでしたっけ?」


「おっとこれは失礼。改めて豊川高校吹奏楽顧部主顧問、荒鳥月世(あらとりつきよ)も申します。あと、地区大会突破、おめでとうございます」


「これはこれは、大変恐縮です。私もまだまだですから」


「瞬崎先生、何か用件ですか?」


瞬崎は資料を軽く示しながら言った。


「実は、県大会当日、本番前の東縁高校の練習に、そちらの音楽室をお借りできないかと思いまして……」


荒鳥は少し考え、職員たちの目線を避けながら瞬崎を見た。


「なるほど……県大会の本番前、ですか。練習時間は限られていますが……東縁高校のためなら、多少調整はできますが」


「本番前なので、音の出せる環境が必要なんです。他の部とぶつからないように、配慮していただけると助かります」


荒鳥は資料に目を落としながら、静かに頷く。


「...分かりました。では、練習時間と被らないようにしてみます。時間帯は……?」


瞬崎はカレンダーを示す。


「プログラム順は12番なので、そうですね......大会当日、午前中から正午までの間であれば助かります」


「あぁ、それなら大丈夫ですよ。ちょうどそのあたりは我々の本番の時間なので。どうぞ、自由に使ってもらって結構ですよ」


「ありがとうございます。本当に助かります」


瞬崎は深く頭を下げると、会議室を後にした。


廊下を歩きながら、心の中で静かに確認する。


これで県大会前の環境も整う。あとは東縁高校が、準備してきた力を本番で発揮するだけだ。



翌日の音楽室は、朝の光が柔らかく差し込んでいた。

瞬崎は譜面とプログラム表を手に、部員たちの前に立つ。


「まず、オーディションと県大会のプログラム順について話します」


部員たちはざわつきながらも、自然と席につく。


「まず、オーディション。明日の時間割と順番は以前渡した物の通りです」


紙を見ながら続ける。


「オーディション順も前回と同じです。各自、自分の演奏時間を意識して準備すること」


部員達は顔を見合わせて、小さくうなずく。久瀬も資料に目を通しながら、肩を少し落として深呼吸した。


狩川は軽く笑みを浮かべ、リラックスした様子を装う。


「県大会のプログラム順も確認します」


瞬崎は次のページをめくる。


「東縁高校は12番です。前後の学校の顔ぶれは以下の通り」


部員たちは順番を確認し、互いに視線を交わす。一瞬、緊張が走る。


「うわ、うちらの目の前都幾川じゃん」


「豊川は今回のも7番か」


瞬崎の声が空気を落ち着ける。


「大事なのは、出番の前後を気にして自分たちの音を崩さないこと。どんな順番であろうと、私たちの音を信じて演奏することです」


部員たちは静かにうなずく。


瞬崎は最後に、ゆっくりと目を巡らせる。


「各自、今日の練習はこのプログラム順を意識して行うこと。特に出番直前の準備、音の立ち上がり、全て確認しましょう」


「はい!!」


「では、練習を始めましょう。まずは10回ほど通します」


「はい!って、10回!?」


部員達の声が重なる。瞬崎は当たり前のような笑顔で返した。


「ええ、当然です。私達は全国金賞を目指すんですから」


董白(とうはく)はわざとらしく目を細める。


「瞬崎君、やっぱり容赦ないな」


「何か言いましたか?」


「イイエ、ナンデモアリマセン」


一瞬、部員達の間に笑いが起きる。


その笑いの余韻の中で、音楽室にはいつもの緊張と期待が静かに漂う。


それはオーディション、県大会へ向けた確かな一歩が、今、確かに刻まれていく。


そしてこれからも……

朝の光、夕暮れの空、そして音楽室に漂う緊張と期待。

小さな確認の積み重ねが、やがて大きな一歩へと変わる——

でも、これだけは知っていて欲しい。

音楽の神様は平気で裏切るんだと……

感想、評価是非お願いします。

次回もお楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ