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心はB♭で響いている  作者: World of Tukimoto
響く音響編 —始動—

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10話 新たなリズム

音楽は、ただの音ではない。

仲間と重ねる一音、一歩は、言葉よりもずっと雄弁だ。

昨日と同じ景色の中でも、音が鳴るたびに世界は少しずつ変わる。

それを信じて、今日も僕たちは楽器を手にする──。

ヤマトの音が再び響いた翌日。新たな挑戦の空気が流れはじめていた。


朝の音楽室には、全員の姿があった。昨日、瞬崎(しゅんざき)が言った言葉──


「練習の時間です!」


その一言が、一晩経ってもまだ胸の奥に残っている。

 

「……全員集まりましたね」


前に立った瞬崎が、部員たちの視線を一身に受けながら言った。横には瀬戸川(せとがわ)、そして久瀬(くぜ)も立っている。


「先日伝えた通り、今日はまずナーガフェスに向けての話をしたいと思います」

 

ざわ……と小さな声が広がる。何をやるのか。どんな形で出るのか。皆、息を潜めるようにして瞬崎を見つめた。

 

「まず種目についてですが.....今年、我が東縁(とうえん)高校は“ステージドリル部門”で出場したいと思います」


その瞬間、空気が止まった。譜面台の端が、誰かの指先で小さく鳴った音だけが響く。


「……ステージドリル?」


小声で誰かが繰り返す。

 

「歩きながら吹くやつだろ?」


「マーチングじゃん……」


瞬崎は頷いた。


「演奏しながら動く。フォーメーションを組む。知っての通りとても高難度の種目です」

 

「……冗談でしょ」


トランペットの一年が思わず呟いた。


「普通に座って吹くのだって、やっと形になってきたばっかりなのに」


その空気を、瀬戸川が切り裂くように前に出た。手に持った封筒から、一枚の楽譜を掲げる。

 

「曲は──『バックドラフト』だ」


その言葉に、部員たちは一斉に息をのんだ。ざわつきが広がる。


高難度の金管とリズムセクション。プロでも練習量が要るといわれる、名曲中の名曲。


「“バックドラフト”……?」


「ムリだろ……」


「うちの音量で、あの曲吹けるのかよ」


そんな声があがる中、瞬崎は静かに言った。

 

「昨日、ヤマトで見せた音──あれを、さらにレベルの高いものにし、次は“ナーガフェスのステージ”で見せるんです」


沈黙。

 

けれど、その言葉の奥にあった熱が、少しずつ空気を変えていく。


すると瀬戸川が笑って言った。


「お前たちにぴったりじゃないか。期待しているぞ」


部員の視線が次第に一点に集まっていく。その言葉は厳しくも部員に対する信頼が感じられた。


瞬崎は続ける。


「そして、ここからが重要なんですが、ある程合わせられるようになったら外部から講師を呼んでこようと考えています」


すると若田(わかだ)が手を挙げながら言った。


「外部講師......ですか?」


「はい。そうです。こう言ってはなんですが部活の顧問や指導をするのはこれが初めてなもので。それに皆さんの技術を高めるには必要だと思いませんか?」


次は久瀬が手を手を挙げた。


「それはいい考えだと思うんですが、お金とかはどうするんですか?」


「そうですね。それが今のところの問題です。いくら練習や指導に対する熱意ややる気があっても予算が足りなければ何もできません.......ということで」


瞬崎は持ってきたファイルの中から大量の茶封筒を取り出した。


「これから約2ヶ月のペースで1人1万円の部費の徴収を行いたいと考えています」


部員全員が一斉に声を上げた。


「はぁ?部費徴収?」


「今までそんな事やってなかったのに」


瞬崎は笑顔で続ける。


「まぁここは学校側が全部活の部費を負担してくれるんですが、昨年までの校長はそもそもコンクールにギリギリ出れるかぐらいの予算しか吹部には与てなかったようですし。そんなこんなで私が頼んで予算拡張と、この部費徴収制度を採用させていただきました。全くなんでここの吹部はここまで差別されるんでしょうね」


桜咲(おうさき)が苦笑しながら呟く。


「まぁ去年までは、練習とか偽ってずっと遊んでたしね。そりゃ学校からも差別されるわけだ」


「……つまり、僕たちが金を出すってことですか?」


(ひびき)がぽつりと呟いた。瞬崎は笑みを崩さず、うなずく。


「そういうことになります。もちろん、強制ではありません。事情のある者は相談してもらえればこちらで対応します。ただ──」


少しだけ声のトーンを落とす。


「……やるかどうかは、皆さん次第です」


しんと静まった空気の中、香久山(かぐやま)が小さく息を吸い込んだ。


「僕は、やりたいです」


その一言が、場の温度を変えた。


「自分たちで動いて、自分たちでこの吹部を作る。やっと“部活”らしくなってきた気がします」


その言葉に、ぽつりぽつりと賛同の声が上がる。


「……俺も」


「やるなら、やってやろうじゃん」


瞬崎は部内のそんな様子を見て、静かに言う。


「ありがとうございます。では──ナーガフェス、“

東縁”の挑戦を、始めましょう」


瀬戸川が一歩前に出て、指揮台の横でにやりと笑う。


「まずは基礎からだ。歩きながら吹く練習、今日からやるぞ」


「えっ、今日!?」


部員たちの悲鳴のような声が上がる中、瀬戸川はあくまで涼しい顔。


「文句言う暇があったら足動かせ。テンポ120、いけるな?」


音楽室に、再び笑いとざわめきが戻った。その空気は、不思議と昨日より明るい。


──“挑戦”という名の音が、再び鳴りはじめた。



午後の陽が傾きかけた放課後。いつものバスパート練習教室。譜面台と低音楽器がひしめく狭い空間に、8人の姿があった。


来島(らいとう)が分厚い楽譜をめくりながら、眉をしかめる。


「……あの、これ、ほんとにやるんですか?」


紙面には、黒い点がまるで雨のように並んでいる。


「“バックドラフト”って、映画のやつですよね? 火事のシーンで流れる……」


永井(ながい)が言うと、隣の今伊が答えた。


「そう。火が燃え盛る中で流れるやつ。……僕たちが燃え尽きそうだけどな」


響は黙ったまま、楽譜をじっと見つめていた。細かく刻まれた八分音符の連続。低音が曲全体を押し上げる、重厚なパート。


「低音が……全体の“土台”か」


ぼそりと呟くと、若田がCDプレイヤーを持ってきて言った。


「まぁ、とりあえず聴いてみようか」


彼は古びたCDプレイヤーを机に置き、再生ボタンを押す。


カチリという音と共に、静寂を切り裂くような低音と打楽器の音が響いた。


──ドォンッ!!


スネアが刻む鋭いリズム、ホルンの叫び、そして地を揺るがす低音の音。


教室の壁が震え、譜面がふるえた。


「……マジかよ。こんなの、吹けるわけ……」


来島の言葉は途中で途切れた。隣で響が、真っすぐにスピーカーを見ていたからだ。その目は、恐れではなく、何かを掴もうとする光に満ちていた。来島は思わず声が出た。


「えっと、響?」


「いい音だ」


「いい音?」


香久山が思わず聞き返す。響は静かに口元を緩めて言った。


「燃えてるみたいなんです。音が」


沈黙。


次の瞬間、永井がふっと笑った。


「……言うね、響くん」


「ははっ、確かに燃えそうではあるな。肺が」


そんな事を話していくうちに曲はどんどん進んでいった。



「.......つまり、僕にマーチング指導を、してほしいってことかな?」


「そうです。理解が早くて助かります」


「それはいいんだけど、瞬崎君が赴任してる所って、東縁高校だろ?下手くそ吹奏楽で有名なあそこ。大丈夫なのか?」


「さぁ、それはわかりません。彼ら次第ですから」


「はぁ.....また他人になすりつけて責任逃れするつもりなのかよ?」


「とんでもない。私は彼らを信じてます。事実、数日前のヤマトの演奏は今のあなたの想像よりはだいぶマシな演奏だと思っていますから」


「ま、君がそう言うなら信じるけど」


「瞬崎先生、どうしましたか?もうすぐ職員会議の時間ですよ。早く会議室に行かないんですか?」


急に扉が開き瀬戸川が入ってきた。瞬崎は慌てて答える。


「あぁ、すみません、すぐ行きます。あ、ではまたあとで」


「あ、おい、まだ話したいことかあ......」


ピッ


「おっと電話中でしたか。失礼しました」


「いいんですよ瀬戸川先生、では失礼します」


瞬崎はスマホをしまい、机を軽く整理すると職員室を後にした。瀬戸川はその背中を見守りながら呟いた。


「名門音早家17代目当主、吹奏楽マーチング講師、音早董白(おとはやとうはく)ですか......」



夜の河川敷。川面に映る月明かりが、静かに水を揺らしている。


東堂(とうどう)はトロンボーンを抱え、黙々と歩きながらマーチングの練習をしていた。


音楽室でもなく、部活中でもない。ただ、自分のリズムと音に集中するための時間だ。


──ブォォォォ……


トロンボーンの低く響く音が、夜の空気を震わせる。

足のステップは正確で、呼吸も一定。彼の目は前だけを見据え、曲のフレーズを頭の中で追っていた。


「……本当に相変わらず真面目だな、成昭(なりあき)は」


背後から声がかかる。振り返ると、久瀬が河川敷の端に立っていた。


制服の上着を羽織り、手には懐中電灯。東堂の動きをじっと見つめている。


「……久瀬か。あとその呼び方はやめろと言っただろ」


東堂は少し息を整え、トロンボーンを抱え直す。


「いや、驚いた。こんな夜遅くに自主練か」


久瀬は軽く笑うように言った。


「それにしても、よくやるね。律儀というか……真面目すぎるというか」


東堂は肩をすくめる。


「誰かに言われたわけじゃない。ただ……動かずにいられなかった」


久瀬はその言葉に小さくうなずき、視線を川面の方に向けた。


東堂は再びトロンボーンに唇を当てる。


──ドォンッ──


夜空に響き渡る低音。


音は静かな闇を切り裂き、孤独な努力の証を示していた。


久瀬はそれを少し離れた場所から眺める。しばらく黙り込むと口を開いた。


「ねぇ、ちょっと休憩しない?」


久瀬は差し出すスポドリを見せながら、軽く微笑む。


「ずっとやってると、体も冷えるでしょ?それに風邪ひかないでよ。2週間部活出禁食らったとは言えどあんたも部員の1人だからね」


東堂は一瞬迷ったが、スポドリを受け取り、川沿いの土手に腰を下ろす。


久瀬も隣に座り、静かに川面を眺める。


「夜の河川って、意外と落ち着くんだな」


東堂が小さくつぶやく。


「でしょ? 静かで、人も少ないし」


久瀬も目線を川面に落とす。


「でも、あんたは……真面目すぎるくらいだな。ずっと練習して、休むことも考えないなんて」


「……止まっていたら、自分が動けなくなる気がして」 


東堂はスポドリを一口飲み、低く言った。


「今さら何もしないでいるなんて、考えられない」


久瀬は少し笑いながら肩をすくめた。


「まあ、それもあんたらしいか。けど、夜に一人でやりすぎると体に悪いよ。ちゃんと休むのも練習のうちだ」


久瀬は少し間を置き、東堂に向き直った。


「ねえ……覚えてる?中学のときのこと」


東堂は眉をひそめる。


「……中学?」


「そう、あんたと同じ中学だったでしょ?」


久瀬の声には、遠い冬の記憶を呼び覚ますような柔らかさがあった。東堂は目を細め、しばらく考える。


「……ああ、たしかに。名前は……覚えてないけど」


「ふふ、名前はともかく、私はよく覚えてるんだ」


久瀬は少し目を伏せ、口元を緩める。


「中学二年の冬、アンコンであんたのトロンボーンを聴いたときのこと。もう、衝撃だった。最初の音が出た瞬間、胸の奥がぐっと熱くなって……鳥肌が立ったの」


東堂は眉を少し上げる。


「……そんなにか?」


「うん、だって、あんたの音って……まっすぐで、力強くて、どこか熱くて。見ているだけで、自然と息を止めて聴いちゃうくらい。演奏が終わったあと、私、心の中で叫んでたんだよ」


久瀬は声を震わせる。


「『私もこの部活に入りたい』って! あの瞬間から、吹奏楽部に入ることはもう決めてたんだ。誰にも言わなかったけど……」


「……俺の音で?」


東堂は少し驚きながらも、口をつぐむ。


「そう、あんたの音で。あの演奏を見て、吹奏楽部に入らなきゃって、どうしても思った」


久瀬は一息つき、少し笑みを浮かべる。


「毎日、部活に行くたびに、あの演奏のことを思い出してたんだ。頑張れば、あんな音を出せるのかなって……。あんたがやる気でステージに立つ姿を見て、私も負けられないって思ったんだよ」


東堂はスポドリを一口飲み、黙って月明かりを見つめる。


「……あの頃、俺、何も考えてなかったな」


低く、少し恥ずかしそうに呟く。


「でも、あんたはあのときも今も変わらず頑張ってる。だから……」


久瀬の声は震え、感情が溢れそうになる。


「だから今も、こうして見ていたいんだ。あんたが努力してる姿を、ちゃんと見ていたい」


東堂は静かに目を細める。


「……ありがとう」


小さな声が、静かな河川敷に溶けていく。久瀬は軽く肩をすくめ、にやりと笑う。


「ふふ、夜風が冷たいけど……なんだか青春してるね」


二人は月明かりの下、しばらく川面を眺めた。低く響くトロンボーンの音が、過去と今を静かに繋いでいた。


──そして、遠くで川面に跳ねる水音。誰も気づかないけれど、過去の仲間も同じ空の下にいるような、そんな気配があった。

音は、目に見えない道を作る。

仲間と一緒に奏でることで、初めてその道を歩けるんだ。

もし、迷うことがあっても大丈夫。

音を信じて、足を踏み出してみてほしい。

僕も、その一歩を、君たちと一緒に感じているから。

良ければぜひ感想、評価をお願いします。

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