婚約破棄ですか? それは私の計画通りです
「なぁリサ、小国の伯爵家三女如きのお前が、この俺の将来の妻になるなんて幸せだろう?」
「私が帝国の侯爵家、次期当主となられるジェームズ様の婚約者だなんて……ジェームズ様の格が落ちてしまわないか心配です」
「あっはっは!格か!リサはよく分かってるじゃないか。だが俺の博愛精神を見せつければ、更に株が上がるってものさ」
ああもう本当に大嫌い。
見た目は悪くないんでしょうけど、この性格の悪さを隠そうともしない所も本当に嫌い。
帝国は武力も国土も、私の暮らすロートリンデン王国とは段違いに大きい……だからと言って半ば脅しのように婚約を迫られ、お父様も首を縦に振ってしまうなんて……伯爵家の令嬢といっても、三女の私の扱いなんてこんなものか……
それに私との婚約は、私に魔法の才能があったからでしょ。私の得意な闇魔法は、悪い事にも使えちゃうしね。
とにかくジェームズとの結婚なんて絶対に嫌!
だって私には心に決めた方がいるんですもの!
私と同じロートリンデン王国の伯爵家次期当主、エドガー・ラ・クロード様。
エドガー様と私は同い年の幼馴染。少し頼りない所はあるけれど、エドガー様は私がなにも言わなくても、私が何を考えているのか、どんなことで悩んでいるのか言い当ててしまうの。
昔お母様が言っていたわ。
「本当に素敵な殿方というのはね、貴女の心を理解してくれる方よ」
私もそう思うわお母様!エドガー様に想い人がいるのかは分からないけど、例え叶わぬ想いだとしても……私はジェームズみたいな下衆と結婚なんて絶対にしない!
この世界の唯一神であられる、女神カリナリーベル様……なんとかして下さい……
なんて……こんな事に神頼みなんて不敬ですわよね。
これはもう……ずっと考えていた計画を行動に移す時ね……
───◇─◆─◇───
「ジェームズ様?私と会うのは月に一度のお約束ですが、最近は二ヵ月に一度くらいになっていますわね。お身体の具合でも悪いのですか?」
「ん?ああ、そう!そうなんだ!少しばかり体調が思わしくなくてな。お前と会う時以外はずっと邸で休んでいるんだよ」
「まぁそれは心配ですわ!でしたら帝国で聞いた噂は間違いでしたのね」
「……噂とは?」
「ジェームズ様がどこかの御令嬢と頻繁にお出かけされている……そんなつまらない噂を聞いただけですわ」
「ななななんだその噂は!きっと私に似た者と間違えたんだろう!きっとそうだ!」
「うふふ。そうですわね」
そんな訳ないでしょうに。
その御令嬢は私が手を回して、協力者になってくれた子よ。
正直そんな事をしなくても、ジェームズが毎日のように女遊びをしている事は知っていたわ。
ただ上手く隠れて逢瀬を楽しんでいたようだから、協力者にはわざと目立つようにとお願いしましたの。
この協力者がジェームズの事を愛していることを私は知っていたから、婚約者の私から「ジェームズ様の婚約者に私は相応しくない。私は貴女を応援したい」と言ったらすぐオチたわ。
あんな性格の悪い男でも顔は悪くないから、ダメ男だと分かっていても寄っていく女性はたくさんいるのよね。
だけどまだこれじゃ弱そうね……
───◇─◆─◇───
「な!なに!?白金貨を5,000枚だと!?」
「はい。ジェームズ様と結婚したら、帝国の御令嬢たちを一つにまとめて、貴族家の全ての情報がジェームズ様のもとへ集まるようにしたいのです。そのための資金を出して頂けますか?」
「う……いや、お前が俺のためを思って提案してくれたのは嬉しいのだが、白金貨を5,000枚も俺が……」
「ジェームズ様は帝国の侯爵家時期当主。白金貨5,000枚程度は小金のようなものですわよね?」
「……まぁな!俺は侯爵家時期当主だからな!でもまぁその話は結婚後にゆっくり詰めていこう!焦ることはないさ!」
チッ……金の掛かる女だと思って欲しいのですが、どうも反応がイマイチですわね。
もうすぐ婚約発表パーティーの日になってしまいますわ。
宴席でジェームズの女遊びを暴露してもいいのですけど、それは私の貴族令嬢としての矜持に反しますの。
ジェームズの事は嫌いですけど、大衆の前で辱めたい訳ではありませんから。
もうこうなれば……あの方法しかありませんわね……
───◇─◆─◇───
「婚約破棄……ですか?」
「……すまないリサ。婚約発表の三日前にこんな願いを……だけど俺にはリサを支えていく自信がないんだ」
「そう……ですか。私の……この呪いのせいですよね?」
「……すまない。原因の一旦は俺にあるのは分かってる。だが侯爵家時期当主の妻が呪われているなど、あってはならないんだ。理解してくれ」
「承知しました。ジェームズ様、どうかお幸せに……」
なんとか……なんとか計画通り婚約破棄して下さいましたか。
ですが私にとっても失うものが余りにも大き過ぎました。
全く笑えません。ええ……本当の意味で笑えなくなってしまいました。
笑うことも、泣くことも、怒ることも、自分自身でかけた呪いのせいで、私は全ての表情を失ってしまいました。
ジェームズがタイミングよく、闇魔法を見せてくれと私に言った時は、心の中で小躍りしてしまったのですが、まさか上級の解呪魔法でも打ち消せない呪いだったなんて……
ジェームズは、私が魔法の行使に失敗して呪われたと思っているようですが、私が自分自身に呪いをかけたのですわ。
侯爵家の妻となれば、大小様々なパーティーや、令嬢達とのお茶会に出席しなくてはなりません。
そんなところに、呪われた無表情女を出す訳にはいきませんものね。
婚約破棄には成功しましたけど……このままでは、家を追い出されてしまうかもしれません……
家に帰り、正直に呪いのことを家族に話しましたけど、当面の間は外出禁止となってしまいました。
このまま死ぬまで部屋から出られないかもしれませんね……
え?私にお客様ですか?エドガー様!?どうしてエドガー様が……こんな無表情な顔をお見せする訳には……いえ、もうお会い出来るのが、これで最後になるかもしれませんわね……私、お会いしますわ!
「やぁリサ。元気……かどうか分かりにくいけど、元気にしていたかい?」
「……エドガー様は私の呪いについてご存知でしたの?」
「君の父上が、解呪の方法について情報はないかと私の父のところへ来てね。たまたま僕もその場にいたんだ」
「そうでしたの……馬鹿な女だと笑って下さいませ……」
「僕はリサを笑いに来た訳じゃないさ。きっと何かどうしようもない、大変なことがあったんだろう?」
「……私の魔法が未熟だっただけですわ……」
「僕はそうだとは思わない。君は危険な魔法は絶対に使わないさ。使わざるを得ない理由がない限りね」
「……どうしてそれを……」
「分かるさ!僕は子供の頃から君を、リサを一番近くで見てきたんだからね。」
「……私達、幼馴染ですものね」
「うん。だけど……違うんだ!幼馴染だからって訳じゃなくて……僕は君が好きなんだ!」
「……え?」
「リサ、君が大好きなんだ!愛してるんだ!子供の頃からずっと、君の全てが知りたいと思って、毎日のように君を想っていた。」
「え……ええ!?」
「君が自分を呪うほど辛い状況だったとすぐ分からず、本当に情けないよ……でもこの気持ちは真実なんだ」
「でも……私……表情が……」
「解呪の方法はきっとある!その方法を……僕と一緒に探していかないかい?」
「エドガー様……」
「このエドガー・ラ・クロード、女神カリナリーベルに!そしてリサ、君に誓う!僕の心は何があっても一生君に寄り添う。どうか僕と結婚してくれないか………………だめ……かな?」
こんな……片膝をつく姿が、こんなにも美しく見えるなんて……
呪いで泣くことも出来ないはずなのに……どうしてこんなにも涙が溢れ出るのでしょう……
エドガー様がこんなにも私を想い、慕ってくれていたなんて……こんな結末、私の計画にはなかったですわ……
「はい……幸せにしてくださいね」
連載中の『たたかう聖女さま』に登場予定の、リサの過去のお話でした。
(この短編掲載6月25日時点では、まだリサは登場してません)
エドガー・ラ・クロードはけっこう初期から出ています。
※白金貨5,000枚は日本円で約50億円