体育祭練習
ぐるぐる色んなことを考えてもう1ヶ月が経ちとうとう、この季節が来た。
「はいはーい、静かにー。そこの男子、立ち歩かない!」
2-B組にて
担任の佐藤先生が手を叩きながら、教室の前で声を張った。
毎年恒例 、5月、つまり、、体育祭の準備が始まるこの時期――クラス対抗の種目決めは、毎年なんとも言えない空気になる。
(俺だけかもだけど。)
「いいかー、今年は例年通りリレー、玉入れ、大縄、障害物、あと二人三脚な。希望出して~」
「リレーは無理!」「いや俺いける!」「足速い自信あんの!?」
クラス内がざわつく中、悠は静かに自分の席でプリントを見ていた。
別に、出たくないわけじゃない。ただ、無理に前に出るタイプでもない。
「悠ー、お前なに出る?」
前の席の拓也が、イスをくるっと回して聞いてきた。
「ん……玉入れとか、大縄……かな。」
「いや、なんでそんな安全種目……」
「誰かと息合わせてやるの、好きだから。……あ、二人三脚もいいかも。」
「え、マジ!? 俺と出よや!」
「ふふ、いいよー!でも拓也、たぶん彼女と出たかったんじゃない?」
「……っ、それ言うなや!他校やねんから!!!」
笑い合うふたりのやりとりを、後ろの席で雅哉はなんとなく聞いていた。
手元のペンを指で回しながら、前を向いてるふうで、耳はそっと悠の方を向いていた。
「お、雅哉。お前クラスおんの珍しいな!!始めてちゃう??じゃなくてーそれはおいといて!!お前リレーいけるやろ?」
雅哉の友達の足立が声をかける。
「あー、んー、まぁ……別に、いいけど。」
「マジか!頼むわ!アンカーいけアンカー!」
「うっわ、かっけぇ~」「優勝やん!」「雅哉くんって話せる人なんだ」「ね、今日始めてクラス来てるけどやっぱかっこいいねー」「だね。彼女いるのかなー?」「えーヤンキーだよ??」
周りが色んな声でざわつく中、雅哉の視線がほんの一瞬、前の悠に向いた。
ちょうどその時、悠もふと後ろを見て、目が合う。
一秒ほど、そのまま視線が重なった。
(……なんで見てたんだろう。)
そう思ったけど、言葉にはせず、雅哉はまた前を向いた。
悠は少し不思議そうに、でも嫌な気配は感じなかった。
どこか、風がふわっと吹いたような静かな間だった。
「はいはい、決まった人前来て名前書いて提出ー!」
先生の声でざわめきがまた広がる。
悠は立ち上がって、プリントを手にゆっくり前へ向かう。
その後ろ姿を、雅哉は無意識にもう一度だけ見ていた。
その頃、悠はプリントを手に、前の黒板のところまで歩いていった。
種目名の横には、すでに何人かの名前が並びはじめている。
「二人三脚、まだ空いてる…え、拓也ー!やらないのかな、、?」
そうつぶやいて、とりあえず自分の名前を書こうとした時だった。
「そこ、空いてんの?」
低くて少しかすれた声が、すぐ後ろから聞こえた。
振り返ると、雅哉が無表情のままプリントをのぞき込んでいた。
「うーん、拓也。やろうっていってたんだけど、、うーん、……二人三脚、まだ誰も書いてないからとりあえず埋めとこかなって。」
「なら俺、それ出るわ。」
「え……?」
そのまま無言で、悠の横に立って雅哉は自分の名前を書き入れる。
隣に「西堂悠」の名前があるのを見て、少しだけペンを止めてから――さらりと自分の名前を横に書いた。
「……いいの?」
悠が静かに聞いた。
「いいから書いたんや。」
「ふふ……そっか。よろしくね。」
ふたりの名前が並ぶその欄を、しばらく見つめてから、悠は静かに笑った。
ほんの少し、胸の奥が温かくなるような感覚があったけれど――それが何かまでは、まだ分からなかった。
「ほら、二人三脚空いてる!!早く書いてー!」
佐藤先生が全体に声をかける。
「あ、先生もう書いたっす。」
「おー!三枝と西堂!?なんか意外な組み合わせやな~。ちょっと楽しみ!応援しとく!」
そう言ってプリントを回収していく先生を横目に、雅哉はちらりと悠を見た。
「……足、引っぱんなよ。」
「うん、ちゃんと練習する。」
悠はその言葉に、気分を悪くするでもなく、ただいつも通りの優しい声で返した。
その返しに、雅哉が少しだけ目を伏せる。
(なんなんやろ、この感じ。)
「え、待ってや!!悠、俺とやるって言ってたやんかー!!」
「あー、拓也。だって全然話聞いてくれんかったし。また違うの出よ」
「ちぇっ、まぁいっかー!」