この感情は3
「悠~、はよ行こ。置いてくで?」
「うん、いま行く。……かばんのファスナー、開いてた。」
「お前それ落としたら大事故やん。ちゃんと閉めとけよ~」
「閉めとく!」
「ふふ、おっちょこちょいやなぁ悠は。じゃ行こか、例のコンビニ。」
「うん。新作のスイーツ買いに、だよね。」
「そう。俺の彼女が“絶対に買ってこい”って……な。怖いわ、あいつ。」
「でも、ちゃんと買いに行くの、優しいと思うよ。」
「お、フォロー入った?ありがと。でもお前もいつか彼女できたら分かるわ。命令は絶対でさ。」
「それは……ちょっと怖いな。」
拓也が笑って、悠もそれにつられて微笑む。
教室を出て、夕暮れに染まりはじめた廊下を歩きながら、ふたりは自然なテンポで話を続ける。
「そういえばさ、拓也。彼女とはどんな話してるの?」
「んー?最近は進路の話多いかな。『あんたも私と同じとこ来なさいよ』とか。なんか怖いけど、それがまたかわいいの。」
「え、、……そっか。でも、話せる相手がいるのって、いいね。」
「お前も誰かできたらええのにな。悠ってさ、話してると落ち着くし。」
「お、ありがとう。……でも今は、こうして話してくれる人がいるだけで十分。」
「お前ほんまそういうとこ、大人びてるよなぁ。ほんまにモテそうやのに。」
「あー、またディスり??」
そんな会話をしているふたりの後ろ姿を、少し離れた廊下の影からひとりの男が見ていた。
雅哉だ。
ポケットに手を突っ込み、壁にもたれながら無言で見送る。
悠の横顔――口元に浮かんだ小さな笑み。
いつもの教室で見せるものとは、どこか違って見えた。
(……あんなふうに、笑うんだな。あれがサッカー部の、、か?)
声かけることはしないけど、その表情が妙に気になって目が離せなかった。
自分には向けられたことのない顔。
それを誰かと雅哉以外に見せているほんの少しだけ胸に引っかかっていた。
風が廊下を抜けていく。
雅哉はそっと息を吐いて、ポツリとつぶやいた。
「……なんか胸が痛い」
そして、誰にも気づかれないように、ゆっくりと背を向けた。