静かな場所で、君と2
放課後の図書室は、予想以上に静かだった。
入り口近くには何人か生徒がいるものの、窓際の一角には誰もいない。
悠は迷いながらも、そこに座った。
机の上には借りたばかりの文庫本。ページをめくると、紙の匂いがふわりと立つ。
「……お、いた。お前やっぱ図書室にもおるんやな」
不意に背後から声がして、ビクッと肩が跳ねた。
振り向くと、制服のネクタイをだらしなく締めたままの雅哉が、手を突っ込んだポケットごとこちらに歩いてくる。
「ここ、座ってええ?」
「……どうぞ。」
最近よく俺のところに来てくれるんだよな、けど理由は聞かない。聞いたらなんか、ダメなような気がしちゃって。
雅哉は大きな音を立て椅子を引きしばらく何も言わずに机に頬杖をついた。
「なあ、悠って毎日こんなん読んでんの?」
「うん、まあ……」
悠は手元の本を少しだけ持ち上げて見せた。
「面白いんか?」
「別に、面白いっていうより……落ち着く、かな。」
「ふーん……。俺さ、こないだ誘って行ったやん??けど実は正直活字とか苦手やねん。なんか眠くなる。」
「知ってる。」
「ひでぇ。」
悠はくすっと笑った。
笑った自分に少し驚いて、すぐにまたページへ目を戻す。
「なにがそんなに面白いん?」
「登場人物の考えてることとか、感情がちゃんと書かれてるのが、好きかな。」
「……ふーん。」
雅哉はしばらく黙っていた。
その沈黙に焦ることもなく、悠は本を読み続ける。ページをめくる音と、遠くの時計の針が進む音だけが聞こえる。
「なあ。」
「うん?」
「悠って、怒ったりすんの?」
「は?」
「いや、ずっと落ち着いてるやん。授業中も、昼休みも。本読んでるときも。」
「……怒るときは怒るよ。」
「マジか。ちょっと見てみたいかも。」
「やめて。」
そう言いながらも、雅哉は口元をゆるめて笑っていた。
その笑い方が、少しだけ意外で――でも、嫌じゃなかった。
特に何を話すわけでもなく、何かをするわけでもなく、
ただ、同じ机に並んで本を開く時間が、想像していたより悪くなかった。