第2話: ガレスと特別な料理
《グリーンリーフ亭》の夕方。酒場が一番活気づく時間帯、遼は厨房で仕込みを進めながら客の声を聞き流していた。しかし、カウンター席から聞こえてくる重低音の笑い声に思わず顔を上げると、そこには筋骨隆々の大男が座っていた。
毛皮のマントを肩にかけ、片手には見るからに重そうな斧を置いている。その存在感に、遼は思わず目を奪われた。
「あの人、初めて見かける顔ね。」
近くにいたミリアが、遼に耳打ちする。
「ちょっと様子を見に行ってみてくれる? もしかしたら冒険者かもしれないし。」
遼は頷いて、エプロンを整えながらガレスの前に向かった。
「いらっしゃいませ。今日はどこか遠くから?」
大男はジョッキを置き、遼を見下ろすように視線を向けた後、にやりと笑った。
「ああ、ちょっとした仕事でな。この辺りで噂の『フォレストベア』を討伐しに来たところだ。」
「フォレストベア……?」
遼は聞き慣れない名前に首をかしげた。
「それってどんなモンスターなんですか?」
ガレスは楽しげに語り出した。
「全身を硬い毛で覆われた巨大なクマだ。爪は鉄を砕き、体当たりで岩をも砕く。まあ、そういう危険な奴を倒すのが俺みたいな冒険者の仕事ってわけだ。」
遼はその話に驚きつつも、すぐに目の前の人物への興味が湧いてきた。
「すごいですね……あ、俺、天野遼っていいます。この酒場で料理を作ってるんですけど、よかったら何か注文してください。討伐前にスタミナのつく料理を出せるかもしれません。」
自然に口をついた自己紹介に、ガレスは少し驚いた様子で頷いた。
「天野遼、か。そいつは助かる。何か旨いもんを頼むぜ。」
「はいよ!」
遼は厨房に戻り、手早く材料を準備し始めた。今回選んだのは、精のつく料理としてスタミナを補えるもの。素材の力を引き出すことに心を砕くのが、遼の得意分野だった。
材料
野獣肉(鹿肉に似たもの):300g
ニンニク:2片
ハーブ(ローズマリーに似たもの):適量
野菜(キャロットリーフ、ペッパーベリー):各適量
塩とスパイス:適量
調理
遼はフライパンで肉を焼きつつ、香り立つニンニクとハーブを使って風味を加える。一度火を止め、野菜とともに煮込み、特製のスパイスで仕上げた。
料理をガレスの前に運ぶと、彼はすぐにフォークを手に取り、一口食べた。
「……旨いな。いや、それだけじゃねぇ……不思議な感覚だ。」
ガレスは目を閉じ、言葉を続けた。
「体の奥が軽くなっていく。力が湧いてくるような……まるで、俺自身が強くなったみてぇだ。」
その言葉を聞き、遼はほっと胸をなで下ろした。
「気に入ってもらえてよかったです。討伐に向けて、少しでも力になれたなら何よりです。」
ガレスは満足そうに頷き、再び料理に向き合った。
翌朝、ガレスは森の奥で『フォレストベア』と対峙していた。その巨体が唸り声をあげながら襲いかかってくる。
ガレスは斧を構え、深呼吸を一つした。
「不思議なもんだ……昨日の料理を食った後から、体が軽い。」
ガレスは自分の動きが滑らかになっていることに気づきながら、迫るフォレストベアに向けて一気に斧を振り下ろした。
斧はまるで紙を裂くように、フォレストベアの硬い毛皮を切り裂いた。さらに、素早い動きで体勢を崩したモンスターの懐に入り、連撃を加える。いつもなら疲れるはずの攻撃が、まるで尽きることのない力によって支えられているようだった。
気づけば戦いは終わり、ガレスは森を後にしていた。
「……あの料理、ただの飯じゃねぇな。なんていうか……力が宿ってたみたいだ。」
独りごちながら、ガレスは満足そうに笑った。
その日の夕方、ガレスが討伐の成果を語る声が酒場に響いていた。
「いやぁ、楽勝だったぜ。昨日の料理が効いたのか、体が軽くて力が出たんだ。まるで魔法みたいだった。」
冒険者仲間たちが興味津々に話を聞く中、厨房にいる遼はその話を耳にしていた。
(俺の料理が、そんなに力を与えたのか……? まさか、ただの気のせいってわけでもなさそうだ。)
遼は眉をひそめ、食材のことを思い返してみる。特に注意深く選んだわけではないが、料理を通じて特別な効果が現れるのだとしたら……。
「料理にそんな力が……俺の料理、普通じゃないのか?」
自分でも知らなかった可能性に、遼は胸を高鳴らせながらも、少しの戸惑いを感じていた。