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はじめまして、猫様。  作者: 西藤
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08.試練

◇第8話


それからはしばらく穏やかな日々が続いた。

僕は小さな桶に柔らかい布を敷き詰めてクロ専用のベッドを作ったり、鶏肉に茹でた野菜を混ぜて

エサのバリエーションを増やしたり、キャットタワーみたいな物が作れないか試行錯誤したりと

クロの世話に没頭する時間を過ごしていた。

上手くいくものもあれば、クロに全く気に入られなくて失敗に終わったものもある。

だが、こちらの思い通りにいかないのが猫という生き物の愛らしい所なのである。


「ジョン、これはどうだ?クロは喜ぶんじゃないか?」

曹長は、朝の訓練が終わると一目散にこの小屋にやってくるようになった。

彼が手にしているのは自作の猫用おもちゃだ。

釣り竿のように木の枝の先に糸を付け、その先に布を裂いたものをくくりつけてある。

ぴょんぴょんと揺らすと、布が生き物のように不規則に動いた。

クロは毛づくろいをやめて、すぐに未知のおもちゃに飛び掛かって遊び始めた。

「素晴らしいです、曹長。大喜びしてますね!」

「ああ、細かい動きをする物に反応しやすいと分かったから布の先を細かく裂いてみたんだが、

気に入ってもらえて良かったよ」

手足を動かして一生懸命におもちゃにじゃれつき、飛んだり跳ねたりする小さな生き物を、僕らは思いっきり目尻を下げながら笑顔で見守っていた。


このまま永遠に続くかのような、穏やかな昼下がり。

その時間は、唐突に終わった。


ドンドンドン、とすさまじい音を立てて扉を叩く音が部屋中に響いた。

何事かと驚きながらドアを開けると、そこには見た事のない凝った装飾の鎧をまとう兵士達の姿があった。

呆気にとられた僕を尻目に、彼らはずかずかと無言で部屋に入ってくる。そして、兵士達の中でも特に煌びやかな装飾がほどこされた鎧を着た小柄な男が…いや、女だ。若い女が闊歩して近づいてきた。

金髪が美しい、しかし非常に目つきの悪い女だ。

物々しい軍隊の隊長にしては見劣りするくらい小柄なその女に、厳めしい鎧は酷く不釣り合いに見えた。

彼女の後ろに控える屈強な兵士達と比べると、よけいに違和感がある。

女はじろりと僕達を睨みつけた後、尊大な態度で言い放った。

魔物デモーヌを捕獲しているという建屋はここだな?王室護衛隊隊長のエレン・カーリアンだ。

国王直々の命により、これより魔物(デモーヌ)を連行する」


連行?

クロが…連れて行かれる?


呆然とする僕の背を曹長が見えないように叩いた。

「遠路はるばるお越し頂き、御礼申し上げます!」

毅然とその場に跪く曹長。彼に促された事に気付き、僕も見よう見まねで同じポーズをとる。

地面を凝視する僕の心臓は、激しく音を立てて動いていた。


「お前は監視係の曹長だな。そっちは…魔物(デモーヌ)にやけに詳しいという二等兵か。

お前も共に連れて来いというお達しだ。今すぐ出立の準備をしろ」

「…ぼ、僕も一緒に…?」

予想外の展開だ。でもこれは良い方の予想外。引き続き僕がクロの世話をする事が出来るし、

それに彼を弁護出来る立場になれる。僕の態度次第で、クロがこの先も安心して暮らせる環境を

作れるかもしれないのだ。

ほんの少しだけ希望の見えた僕だが、次にエレンという女が口にした言葉に耳を疑った。


「そこで寝転んでいるのが例のヤツ、という訳か。二等兵、そいつの足を縛れ。それから、こちらが用意した檻に入れて連行する」

「なっ…!」

この女、何を言ってるんだ?

足を縛るなんて、出来るわけないだろ、そんな事!!

憤りを通り越した僕が口を開く前に、曹長が静かに女に告げた。

「エレン隊長。この7日間あまり、我々はこの生き物と共に同じ空間で過ごしておりましたが、人間に危害を与えるどころか子どもでも余力を持って制する事が出来るほどひ弱な生き物でございます。従って、過度な拘束は必要ないと思われます」

ふん、と女は鼻を鳴らした。

「下士官が私に意見する気か?人を襲いかねない、正体不明の生き物を王宮まで運ぶのだぞ。万が一の際に貴様に責任が取れるのか?!」

「私の首でよろしければ」

間髪入れずに即答した曹長に、女は若干気圧された様子に見えた。

「わ、私の首も喜んでお渡し致します!!」

勇気を出して僕も宣言した。

こんな台詞を自分の人生で言う日が来るとは思わなかったが、曹長が自分の命を懸けてクロを守ろうとしてくれている姿に、僕は心底感動していたのだ。

彼一人だけに首を差し出させるなんて事は、僕は絶対させたくない。


「黙れよ、雑魚」

「…っ!」

床についたままの僕の左手に、酷い痛みが走る。

女の鉄靴がいきなり踏みつけたのだ。

思わず声が出そうになったのを必死で耐えるが、視界がぐらぐらと歪む思いがした。

その視界の中で、女の醜悪な微笑みが僕に向けられているのが分かった。


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