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はじめまして、猫様。  作者: 西藤
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47.古い木箱

王子と猫達が宮殿を離れる事が決まった日から、瑠璃(ロンダイト)の間は今まで以上に人でごった返すようになった。


「どうしてコンラード殿下と一緒に、魔物(デモーヌ)ちゃん達まで出ていかなければいけないのよー!!」

「陛下ったら、最低!!どういうつもりなのかしら?!」

「一週間後なんて、急すぎない?私、まだ御利益いただいてないのに!信じられないわ!!」


淑女たちの怨詛の声が瑠璃(ロンダイト)の間に響く。

宰相邸で世話をしてもらっていたソラも、クロとハナと共に移送される事になったため、宰相夫妻の落ち込みようは酷いものだった。

あれほど疎んじていた宰相邸の使用人達もとてもがっかりした様子で、ジャンの胸を痛めたのだった。

これだけ多くの人々から猫達が受け入れられ、愛されるとは全く思ってもいなかった。

猫柄のドレスをまとった貴婦人達の姿も今日はいつもより多く見られた。それは国王への無言の抗議のようにジャンには感じられたのだった。


(命を取られるわけじゃない。むしろ、これからはクロ達にとっては自由が増える。でも――本当に、これでいいのだろうか)


物思いに耽りながらジャンが瑠璃(ロンダイト)の間を出てしばらく廊下を歩いていると、カイルがうら若き女性から何かを受け取っているのが見えた。その表情といったら、幸せこの上ないと言わんばかりの笑顔である。

(…あ、あいつ…!いつの間に、彼女なんか出来てたのか…!?)

女性が立ち去った後にカイルに声を掛けてみると、彼女は猫型の編みぐるみを作って渡した初めての人なのだという。

それから交流を重ねるうちに、いつの間にか良い仲になっていたらしい。

「これ、彼女からの手紙。もうしばらくは会えなくなるかもしれないけど、これからも連絡は続けていこう…って」

そう言って手紙を見つめるカイルは、やはり寂しそうだった。

「…カイルはここに残ってもいいんだよ?」

「何言ってんだよ!僕だってネコ達の世話役なんだから。僕の人生変えてくれたんだもの、これからもずっと僕は君とネコ達についていくつもりだよ」

でもたまには彼女に会わせてね、と惚気る青年にジャンは苦笑するしかなかったのだった。


*********


コンラードの部屋では何人もの侍従や使用人達が引っ越しの準備に追われていた。

その指揮をとっていたのは前グランヴィル公爵夫人のイザベラである。

「すみません、伯母上。何から何まで手伝っていただいて…」

寝台の上からコンラードに声を掛けられると、イザベラは笑って答える。

「とんでもございませんわ、殿下。何しろ一週間しか時間がないのですから。陛下もずいぶんせっかちな方ですこと」

そう言って再び使用人達に指示を出し始める彼女は、心なしか上機嫌に見えた。


(――この部屋で過ごすのも、残り一週間か…)

コンラードが若干の惜別の念を胸に感じていた時。


「兄様兄様、これを見て――!!」


バタバタと足音を立てながらシェリルが駆け寄ってきた。

その小さな腕の中には――たくさんの古い紙の束。

「シェリル、な…何だい?それは」

「よく分からないけど、たぶん…昔の画家さんの練習帳みたいな?」

「シェリル殿下が瑠璃(ロンダイト)の間で見つけられたのですよ」

幾つかの古い木箱を積んだカートを押しながら入室してきたジャンが、コンラードに説明する。


瑠璃の間でシェリルが初めて現れたあの控室には、今は飾られなくなった昔の絵画などが粗雑に置かれている。兄に何かプレゼントを贈れないかと考えたシェリルが物色してる内に、古い木箱の存在に気付いたのだという。

「開けてみたらたくさん上手な絵が描かれていたの。兄様、上手な人の絵、たくさん見てみたいって言ってたでしょ?」

「それでこれを――僕に?」

頷くシェリルの頭をコンラードは優しく撫でた。

つい数時間前まではコンラードの前で別れが嫌だと大泣きしていたシェリルだが、今は悲しみを堪えて兄のために真心を尽くそうとしてくれている。小さな妹の成長を感じて、コンラードは目を細めて微笑んだ。

「ありがとう、シェリル。…これはすごい。見事な植物の素描だね。ジャン、そっちの木箱の中身も同じかい?」

「そうみたいです」

ジャンはそう言って、木箱の中から何枚か紙を取り出し、コンラードに手渡した。

それらもまた、丁寧に描かれた植物や花の絵が多く、感心した様子でコンラードは見入っていた。

細部まで表そうとする筆致は、どことなく自分のものと似ている。

「…どのくらい前のものなんだろう、これ。シェリルの言う通り練習で描かれた絵みたいだけど…でも面白いな、僕みたいな変わり者はいつの時代にもいるって事だ」


その時、一枚ずつ丁寧に紙をめくっていたコンラードの指が突然、止まった。


「…どうされましたか?殿下」

彼の表情が急に強ばったのを見て、ジャンが心配して近寄る。

すると、コンラードは静かに口元に人差し指を立ててみせた。

訝しむジャンだが、王子が手にした紙を覗き込んだ瞬間、思わずあっと声を上げそうになった。


(……ど、どうして……!?)

心臓が鼓動を一気に早める。あまりの衝撃に、視界が眩む思いがした。



――そこに描かれていたのは、紛れもない、一匹の猫だった。


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