46.王の失望
夜にしては生暖かい風が微かに吹いている。
王との面談の後、ジャンはロータスに促されて庭園の東屋に腰を下ろしていた。
昼だったらきっと色とりどりの花が眺められただろうが、今はモノクロの世界が広がっているだけだった。
「全く、君は強心臓というか、無鉄砲というか…」
「…すみませんでした」
眉間に皺を寄せて額を押さえるロータスに、ジャンはひたすら頭を下げた。
申し訳なさそうにしている彼を見て、ため息を一つ吐いた後、静かにロータスは口を開いた。
「誤解してほしくないのですが、…陛下はコンラード様を誰よりも大切に思っていらっしゃるのです。意見の衝突は確かにあったけれども、ご自分には無い感性をお持ちになられているコンラード様の事を、陛下は内心では期待しておられたのです。いずれは自分の跡を継ぎ、新しい時代を作る国王になるのだと…」
――その全てが狂ってしまったのが、5年前の戦争だった。
「順調に思えたハンプール遠征は、ルガラントで敵の奇襲を受けたことで一変しました。戦況は悪化し、味方の一部隊が敵軍に包囲されるという危機に陥ったのです。その時、コンラード様は待機命令を破り、わずかな兵を率いて救援に向かわれました。
結果として、多くの兵の命が救われ、士気が回復した我が軍は最終的に勝利することができました」
しかし、とロータスの声は暗くなった。
「代償はあまりにも大きかった。救援に向かったコンラード様は重傷を負い、王位を継ぐことが絶望的なお体となってしまった。…陛下の悲嘆は、想像を絶するものでした。
ただでさえ、戦場での独断専行は重大な軍規違反です。規律を重んじる陛下にとっては決して受け入れられない行動であり、そのうえ、王太子としての未来を壊してしまった。
それから――陛下はコンラード様を遠ざけるようになられたのです。見舞いにさえ行こうとしませんでした。……陛下は恐ろしかったのだと思いますよ。傷ついた息子を目の当たりにして……息子が王位を継げないという現実を突きつけられる事が」
ジャンは言葉を発せずに黙り込んだ。
失望が深くなったのは、その分期待し、愛していた証なのだ。
コンラードが時おり、控えめでどこか諦観を帯びた物言いをする理由がロータスの話を聞いて少しだけ分かった気がする。
父親の期待を裏切った後ろめたさ。それが彼の心の中からずっと消えないのだろう。
「実は、コンラード様が助けようとした部隊の隊長は――私の兄なのですよ」
「えっ!?」
意外な言葉にジャンは思わず声を上げた。
「私たち兄弟は幼いころより陛下にお仕えし、共に成長し、そして遊んだ仲でした。この絆は、言葉にするのが許されるのなら――”友”と呼べるものでした。
兄の隊が危機に陥った時、陛下はさらなる損害を恐れ、断腸の思いで救援を出さない決意をしました。でも本心では誰よりも助けに向かいたかったはずです。
…コンラード様は陛下のお気持ちを理解していたからこそ、出陣なされた。助け出された兄は、その後、例の熱病で亡くなったのですが…病床でずっと、自分のためにコンラード様が負傷したことを悔いておりましたよ。
せっかく殿下にお命を助けて頂いたのに、こんなに早く死んでしまうなんて…我が兄ながら、実に恩知らずの馬鹿者です」
ロータスは瞬く星空を見上げた。
その目尻に光るものが一瞬流れた気がして、ジャンは目を伏せた。
――誰もが消えない傷を抱え、隠された痛みと戦っているのだ。




