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はじめまして、猫様。  作者: 西藤
45/49

45.厄介者

「――お呼びでございますか」


侍従長のロータスが声を掛けると、金箔で飾られた椅子に腰かけた男がゆっくりと顔を上げた。蝋燭の仄かな灯りが彼の動作を照らし出す。

薄明りの中でも分かる、その特徴的な薄い紫色の瞳がロータスに向けられる。

しかし息子や娘の色とはまるで違う、どこまでも冷たい、輝きを失ったその瞳――


ローシャム王国国王・アルテュール二世。


三十年以上にわたりこの国を治めてきた、武勇と統治に優れた名君として名高い人物である。

彼の長いあごひげの下には古傷が隠れているのだが、それを知るのはごく一部の人間だけで、その一人がロータスだった。


「コンラードの出立を早めてほしい」


単刀直入に王は切り出した。

「…それは、急なご命令でございますね。理由をお聞かせ願えますか」

あれ(・・)のおかげで臣下達の間で軋轢が生まれ始めている。これ以上妙な動きを見せられても困るのでな。争いの火種はなるべく早いうちに摘んでおきたい」

滔々としわがれた声が紡がれる。

老人と呼ぶにはまだ早い年齢だが、その男の声には溌剌とした生命力のようなものは感じられなかった。

「妙な動きとは?」

「今になって公の場に姿を見せていると聞いている。己の健在を見せつけることで王太子の除名を免れようとしておるのだ。全く、どこまでも愚かな息子よ」

「失礼ながら、コンラード殿下に王座を継ぐご意志はございません。それは陛下にも、再三申し上げたかと――」


「黙れ!!」

怒声と共に書類の束がロータスに向かって投げつけられた。


「あのような愚か者の顔など、余はもう二度と見たくないと言っておるのだ!」

「…それでもあなたは五年待った。もしかしたらコンラード様のお体が治るかもしれないという、僅かな希望にかけて」

静かな口調でロータスにそう言われると、王は黙り込んだ。


「…あの時の背反が未だに許せないのですか、リシャール様」


王の眉間に深い皺が刻まれる。

長年仕える侍従長を睨みつける瞳の先に映し出される、かつての光景――


「出立は一週間後だ。是非は問わぬ。お前が責任を持って取り仕切れ」

感情を押し殺すようにして吐かれた言葉は、王に翻意の意志が無い事を表すものだった。

ロータスは深く沈黙し、そして顔を上げた。


「ならば一つ、提案がございます」


************


急遽、王の自室に呼び出されたジャンははた目から分かるほど緊張していた。

久しぶりに対面する王から何を言われるのか、彼には全く想像がつかない。


「陛下から、今後についてのお話がございます」

ロータスに促されてアルテュール二世はゆっくりと口を開いた。


「一週間後、第一王子・コンラードと共に、魔物(デモーヌ)を連れてリヴェルノア宮へ移れ」


「…えっ?」


想像もしていなかった命令に、ジャンは思考が止まってしまった。

――僕と猫達が、コンラード様と引っ越す?

猫達の命に係わる命令ではなかったのでとりあえず安堵はしたものの、急すぎる展開にジャンは戸惑った。出立は一か月後の予定ではなかったか?


魔物(デモーヌ)の世話役として、今まで監視をよく勤めてくれた。宮中の人間達も、今では魔物(デモーヌ)には好ましい感情を抱く者が多いようだ。そこで、その方にはリヴェルノア宮の一室を与える事にした。そこでは今までのように檻には入れず、放して飼育して良いものとする」

「…あ――ありがとうございます!!」


ジャンは額を豪勢な絨毯に擦り付ける勢いで頭を下げた。

――やっとあの二匹を自由にさせてやれる。こんな嬉しい事があるだろうか!

喜びに溢れるジャンだが、王は冷たい声色で続けた。

「我が息子も魔物をいたく気に入っていると聞いている。ならばこれからは共に過ごせば良かろう。これでこの宮殿から厄介者が一掃できると思えば、一石二鳥というわけだ」

はっとジャンは顔を上げる。


――厄介者…?


猫達はともかく、自分の息子をそんな言葉で呼ぶなんて…


混み上げる怒りをこらえ、ジャンは笑みを浮かべた。

「ありがたく拝命いたします。あのように素晴らしいお方と共に暮らせるのは、これ以上ない幸福でございます」

「ほう、お前もあの愚息の肩を持つか」

「はい。殿下は優れた人格と、卓越した観察眼をお持ちです。あのようなお方が王様になれば、どれだけの国民が救われることでしょう」

「――ジャン!」

ロータスの制止する声に構わず、ジャンは王を見つめた。

しわがれた声で微かに笑うと、王はぎょろりと目を見開いた。


「――あのような体で国が背負えるか。ただでさえ王位というものは計り知れぬほどの重さがある。それを、地に足もつけられぬ男が一体どのように耐えるというのだ!!」

咆哮にも似た怒声。

それでもジャンは怯まず、言葉をつづけた。


「陛下はご存知ないと思いますが…はるか遠くのある国では、半身不随を乗り越えて国政を全うした指導者が実在いたします。そして、難病に侵され四肢を動かせないにも関わらず、史上最高の頭脳と称えられた学者もおります。

…体が不自由だろうが、病に苛まれようが、偉大な功績を成し遂げた人間はいくらでも存在します。コンラード様だけが、無理であるはずがございません」

 

「――国王の面前でずいぶんとよく喋る奴よ。もう気は済んだか?ならば一刻も早くここから立ち去るが良い」

吐き捨てるように王が言い放つ。

ロータスに促され、足早にジャンはその場を後にした。


――こうして王の決定は何も変わることはなく、ジャンと猫達はコンラードと宮殿を後にする事になった。

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