43.王子の帰還
その日も、瑠璃の間は多くの恋患いの宮廷人達で賑わっていた。
だが不意に入口の扉が開かれると、人々からは一斉に悲鳴のような喚声が上がった。
――長く自室に閉じこもっていた第一王子が、侍従長に自身が乗る車椅子を押してもらいながら、突如として姿を現したのだ。
「――え、まさか…コンラード様!?」
「そ、そんな…嘘でしょ…!?」
慌てふためく人々の中、ジャンは微笑みながら王子の元へ歩み寄った。
「来ていただけたんですね」
「君と伯母に発破を掛けられたおかげでね」
そう言ってコンラードも笑みを見せる。
白昼の自然光の中では、長く伸びたプラチナブロンドの髪がより明るく輝いていて、まだ若い王子が放つ確かな威厳をいっそう引き立たせていた。
「こちらでございます」
二匹の猫が待つ檻の元へジャンが王子を案内すると、今まで檻を取り囲んでいた宮廷人達は蜂の子を散らすように道を開けた。
「皆も願い事があって訪れていただろうに、退かせてしまって申し訳ない」
コンラードが椅子の上から頭を下げると、宮廷人達は慌てて首を振った。
「と…とんでもございません!」
「何もお気にされる必要はございません!どうか、ごゆっくりお過ごしください!!」
「お…王太子殿下、万歳!!」
「万歳!!!」
次々と上がる歓声はしばらく瑠璃の間に響き渡り、なかなかスケッチを始められないコンラードが肩をすくませてみせると、ジャンとシェリルは思わず吹き出してしまった。
第一王子が姿を現したというニュースはあっという間に宮殿を駆け抜け、セバスター宰相夫妻が揃って現れた時の何倍もの大騒ぎになっていた。
しかも彼の行先は、例の瑠璃の間である。
「し、信じられない…まさか、こんな事が本当に起こるなんて…!」
「私はもう二度と、殿下のお姿を目にすることは叶わないものと…でもお元気そうで、本当に安心したわ」
「ええ、ええ、……お気の毒な身の上になられても、明るいお人柄は少しも変わっていらっしゃらない」
人々は一様に驚いたものの、その表情にはどこか安堵の色が滲んでいた。王子の元気な姿に涙を流す者も少なくはなかった。
口には出さないものの、誰もがずっと姿を見せないコンラードのことを心配していたのだ。
「――魔物だわ…あの子たちが、幸せを運んできてくれたのよ!」
ほんの少し前まで重苦しい空気が張り詰めていた宮殿には、嘘のように明るい幸せな雰囲気が漂い始めている。
そしていよいよ人々は、魔物の”御利益”を確信し始めたのだった。
――その頃。
息がつまるような暗闇の部屋に掲げられたろうそくの明かりが、ほんの僅かに揺らめいた。
「――私は申し上げましたのよ。人前に出るのはよしなさいと、何度も…。でも、彼は聞き入れてはくれなかった。伯母である私の言葉など、もうコンラード様には届かないようなのです」
そう言って彼女は顔を掌で覆う。
「…そうか、夫人には気苦労をかけてしまってすまない」
しわがれた声が闇の中に響く。
この国を統べる国王、アルテュール二世は深いため息とともに暗闇の向こうを見つめていた。




