34.あの頃のように
深い眠りから目を覚ましたエヴァは、夫の顔が間近にあったので声を上げて驚きそうになった。
「…あなた…!どうしてここに…?!」
言いかけてすぐに、自分の胸元で丸くなって寝ているソラの存在に気付いて彼女は真っ青になってしまった。
「ご、ごめんなさい…!これは、その…」
「――無理に起きなくていい。…何も謝らないでくれ」
「……あなた?」
普段の様子とまるで違う夫の態度にエヴァは面食らい、そしてやっと、彼女の手を夫が握っている事に気が付いた。
――若い頃よりずいぶん節くれだっているけど、変わらない温かな手。
エヴァは動揺しながらも、夫の顔を見つめた。
「ヘレナから全て聞いた。…申し訳なかった。君がこんなに苦しんでいたのに、儂は何も気付かなかった。宰相どころか亭主失格だ。本当にすまなかった」
頭を下げて詫びるフリードに、エヴァは首を振った。
「違うの、どうかそんな真似をなさらないで。…私が悪かったのよ。見栄を張って、何とかしてあなたの隣にふさわしい人間になろうと背伸びをしていただけなの。あなたが悩んでいた時も、一番近くで支えなければいけなかったのに、寄り添うことさえためらってしまった…本当にごめんなさい」
「謝らないでくれ、エヴァ。…儂は、君からずっと逃げていた。君に愛想が尽きたと言われるのが怖くて、勝手に距離を置いてしまったんだ。それがどれだけ君を傷つけているかも想像すらできず…儂は本当に馬鹿な男だ。己の振る舞いで、最愛の人の命まで失いかねなかったかもしれないのだ。こんな臆病な男がお前の夫で、本当にすまない…」
今まで眠りこけていたソラが軽い音を立てて床へ飛び降りた。
エヴァがフリードに抱きついたからだ。
「…あなたは、私をまだ愛してくれているのね?」
「当たり前だろう…君が許してくれるなら、この命が尽きる最期の日まで、どうか側にいさせてくれないか」
若かったあの頃のように、二人は固く抱き合いながら唇を重ねた。
夜の帳が落ちた空には、明るい星が瞬き始めている。
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「……で、使用人の皆さんに全部バラしちゃったんですね……」
ええ、とニコニコしながら答えるエヴァとは正反対に、ジャンはうなだれる。
翌日、いつものように見回りのためセバスター邸を訪れたジャンはエヴァから事の顛末を聞かされると、その場で昏倒しそうになってしまった。
宰相夫人が自ら淹れてくれた高価なお茶の味を感じるほどの余裕は、今の彼には全く無い。唯一救いがあるとすれば、使用人たちが皆好意的にソラを受け入れてくれたという所だろうか。それでも、予想外の事態にジャンの不安は尽きない。
「無許可で檻から出していた事が知られてしまったら、僕もソラもどんなお咎めを受けるか…」
「大丈夫よ、これから夫と王宮へ行く予定なの。陛下にきちんと説明してくるわ、どれだけネコが良い生き物かって。…ね、あなた?」
極上の笑顔を向けられ、彼女の隣に並んで座るフリードも微笑んで頷く。
「妻の命を救ってくれた恩はどれだけ感謝してもしきれない。私も微力ながら、ネコが安全な生き物であることを陛下にご説明申し上げるつもりだ」
「あら、”安全”だけ?…”私たちの幸せを招いてくれた”も、ちゃんと付け加えてね?」
「もちろんだとも」
(…これは…いわゆるお邪魔虫ってやつだ…)
”ラブラブです”と言わんばかりにうっとりと見つめ合う宰相夫妻の前で居たたまれなくなったジャンだが、どこか物憂げな影をまとっていたエヴァが明るく笑っている姿には心の底からの安堵を覚えるのだった。




