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はじめまして、猫様。  作者: 西藤
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26.引っ越し

いよいよソラを送り出す時がやってきた。

三匹が入っていた檻とは一回り小さいサイズの檻が用意され、カイルや侍従長、護送する為に増員された数人の護衛隊の兵士が見守る中で僕はソラだけを檻から取り出した。

「どうしたの?」とでも言いたげなくりくりの大きな瞳が僕を見つめてくる。

ずっと一緒にすごしていた二匹と離れ離れにしなければならない罪悪感で僕は胸がいっぱいになり、思わずソラの小さな体を抱きしめた。

「いい子にしてるんだぞ」

背を何度も撫でてやると、ソラがごきげんで喉を鳴らす。

どうかこの子が辛い目に遭いませんように。酷い思いをしませんように。

出来れば、宰相の家で可愛がってくれる人が現れますように。

「別れは名残り惜しいですが、そろそろ出発しましょうか」

侍従長の声で我に返った僕は、慌ててソラを新しい檻へと移動させた。



宰相の住む邸宅は王宮の敷地内で、他の貴族達より王族の住む区画に近接している。近接とは言っても、歩いて20分以上はかかる距離なのだが。昨日は何度も往復したから移動のしんどさは身に染みている。

ともかく僕とカイルでソラの入った檻を台車で押し、その周囲を護衛の兵数人が取り囲む形で瑠璃花の間を出発した。侍従長は僕らを見送ると慌ただしく王族達が住む間へと向かっていった。王からの呼び出しがあったらしい。あちこちに気を使わなければいけない役職は、どこの世界でも一番大変だ。

ソラをむやみに驚かさないようにするため檻に布をかぶせた上で、僕達はなるべくゆっくりと進んでいったのだが、広い回廊を行き交う大勢の人間は僕達を目にした瞬間、一様にひきつった顔をして波が引くようにサーッと壁際へ避けていった。


「あれよ、例の生き物」

「信じられないわ。あんな恐ろしいものを宮殿の中に置いておくなんて」

「陛下はいよいよ、頭がおかしくなってしまったというものね」

「セバスター様はお可哀想に。陛下の尻ぬぐいはいつだってあの人なんだから」

「いい気味じゃない。あの人の物の言い方って、昔からきつくて好きじゃなかったのよ」


「…ネコも怖いけど、人の方が怖いかも」

カイルがぼそっと呟く。

ヒソヒソと噂話をする声と冷たい視線を浴びながら、僕達は黙って進んだ。


やたらと長く感じた道のりを経て、ようやく僕らはセバスター宰相の邸宅に辿り着いた。

石造りの堅固な作りをしたその建物はミニチュア版の小さなお城という印象だ。

他の貴族たちの邸宅と比べると、かなり凝った装飾をしていると思う。

ソラは館の北側にある小さな納屋を改装して、そこで暮らしてもらうことになっている。

昨日、皆で手分けして納屋に入っていた道具を全て出し、掃除や壁の修繕などをしたのであとはソラを入居させるだけだ。

納屋の周囲はよく手入れされた庭が広がっている。ここでソラを遊ばせてやれればいいな、なんて考えたが、そんな日が果たしてやって来るのだろうか…

僕の胸を不安がよぎった時、不意にソラが「にゃあ。」と鳴き声を上げた。

移動中、今まで一度も鳴かなかったのに。というか、この猫はあまり鳴き声を上げる事が無かったのだ。

急にどうしたんだろうと思った僕は、檻に被せていた布を少し開けてみた。

すると、僕の姿を認めたソラは、鳴きながら檻の隙間から小さな手を僕に向かって伸ばしてきた。


―寂しいよ、置いていかないで。とでも言わんばかりに。


「大丈夫だよ、ソラ。すぐにまた来るからね」

ふわふわの手をそっと握ってやると、ソラはにゃー、にゃーと僕に訴えかけるように鳴いた。

これからはずっと一緒にいられない事が分かっているのだ。クロやハナともしばらく会えないだろうことも、きっとこの子は分かっている。

…本当にごめん、ごめんな、ソラ。

僕達の勝手で、こんな思いをさせて。


僕は泣きながら、檻ごしに頬ずりした。

周りの皆はドン引きしていただろうが、僕は構わずに灰色の毛並みに顔を埋めた。

出来るだけ寂しい思いをさせないように頑張るからな、と誓いながら。


屋敷の最上階からじっと見つめる視線があったことに、その時の僕はまだ気づいていなかった。

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