24.見習い同士
「……う~ん…あれ?ここは…」
「良かった、気が付いた!大丈夫ですか?お水、飲みますか?」
訳が分からないといった様子で使用人の青年はあたりを見回す。
ここは瑠璃花の間のすぐ横にある、ゲストの為の控室。一時的に荷物を置いたりする場所なので広くはないが、ソファが置いてあったので、倒れてしまった彼を運んでしばらくそこで休んでもらっていた。
二人の兵士は、猫達を檻に戻した後は何事もなかったように瑠璃花の間の監視を続けてもらっている。
「あの…すみません。驚かせてしまって」
僕が謝ると、青年はきょとんとした後にすぐに顔を引きつらせた。
「…いえ、…檻に入っていると、聞いていたもので…少しびっくりしてしまって…」
「本当に、本当にすみません!僕が悪いんです、誰にも相談しないまま猫達を勝手に檻から出した事は本当にいけない事だと思っています。驚かせて本当に申し訳ありませんでした!」
僕は必死に頭を下げた。
「あの…そんな、やめて下さい。僕は使用人見習いですから。そんな、偉い方に頭を下げて頂く必要なんて無いですから…」
「…偉い方?」
「よくは存じ上げないけど、あなたは魔物の世話役という方ですよね。恐れ多くも陛下から直接任命されたと伺っています。きっと、平民の僕とは比べ物にならないほど高貴な身分のお方なのだと…」
「ちっ…違いますよ!僕なんか、全然偉くないです!だってひと月前までは、毎日雑用ばっかりしてた見習い兵士だったんですから!」
「えぇ??見習い… じゃあ、僕と同じ?」
「全く。全く同じです」
僕達は顔を見合わせ、笑ってしまった。
青年の名はカイルといって、本当に最近この王宮で働き始めたばかりなのだという。
癖っ毛が愛らしい、いかにも純朴そうな見た目の彼は年も僕と同じくらいだった。
「僕って何にも取り柄がなくて…実家の農家ではいつも怒られてばっかりで、邪魔にされて。領主さまの命令でここで働く事になったんですが、それでもやっぱり先輩たちに怒られたり、意地悪されたりしてて。瑠璃花の間の掃除もいつもは別の人が担当しているんですが…お前がやれって、無理やり押し付けられちゃって」
「…何か、すごく…分かります」
「えっ、分かるんですか?!」
「僕も同じでしたから…ずっと誰かにいじめられたり、怒られてばかりで。どうすれば周りの人の機嫌を損ねないか、そればっかり考えてました。楽しい事なんて何にも無いし…こんな日がずーっと、ずーっと…死ぬまで続くんだろうな、なんて思ってました」
カイルは僕の顔をじっと見つめた。
「そんな僕を変えてくれたのがクロでした。僕が一番はじめに出会った猫なんです」
そして僕は王宮に来るまでのいきさつをカイルに話した。
「…じゃあ、本当に…ネコがジャンさんの人生を変えてくれたんですね」
「ひと月前の僕では王様の前で意見する日がくるなんて想像さえ出来ませんでした。今後がどうなるのか分からないけど…少なくとも僕が今ここにいるのは、猫のおかげなんです」
「すごいな…本当に、ジャンさんに幸運を呼んできてくれたんですね」
「もちろん、いろいろな人に助けて頂いた結果ではあるんですけど。クロと出会わなければ、僕は今頃朝練でしごかれて、暗い顔をしながら朝食の準備をしていたと思います」
カイルは僕の話を聞きながら、美しい紋様がちりばめられた天井を見つめていた。
「カイルさん、僕が猫達を檻から出していた事は、どうか秘密にしていただけませんか?ああしないと、ストレスが溜まって病気になってしまうかもしれなかったから。…無理にとは、言えませんけど」
カイルは身を起こして言った。
「黙っている代わりに、一つお願いしてもいいですか」
「…何でしょうか?」
「僕をジャンさんの下で、働かせて下さいっ!!」
「……はいっ!?」
唐突な申し出に、僕は思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
「何でもやります!ネコの世話だって、怖いけど一生懸命やります!!だから、どうかジャンさんの部下として働かせて下さい!!」
「ぶ、部下だなんて、そんな…!さっき言ったじゃないですか、僕はただの見習い兵士で―」
「僕も、ジャンさんみたいに人生変えてみたいんです!!」
…困った。
必死の形相でそんな風に言われたら、断る理由が見つからなくなってしまう。
少し考えた後に僕は答えた。
「…”部下”は無理です。ごめんなさい」
そんな、という顔をするカイルに僕は続けた。
「”同僚”ならどうですか?…僕達、見習い同士なんだし」
ぱっと光が差すようにカイルは顔を綻ばせた。
彼の人生が変わるかどうかは分からないけど、こうして僕は、初めての同僚を持つことになった。




