21.愚かな王
コツコツと小気味の良い靴音を鳴らしながら彼女は疲弊しきった男の前に進み出る。
「宰相殿。先週、お嬢様が初孫をご出産されたとお伺いしました」
「…あ?ああ、…その通りだが」
「不躾ではございますが、輿入れされてからお嬢様は長い間子宝に恵まれなかったため、宰相殿はこっそりと護衛隊の騎馬を邸宅に遣わし、初孫を抱きながら馬上で祝杯の音頭をとるほど喜ばれたとか」
「…えっ!?い、いや、それは…その…」
宰相と呼ばれた男は、焦った様子でしどろもどろになる。
「この際、陛下に無許可で騎馬を持ち出した事はひとまず置いておいて… これ以上ない慶事に恵まれた人間を選んであの猫は飛びついた。”繁栄の匂いを嗅ぎつける”とは、まさにこの事を指すのではないでしょうか」
エレン隊長の言葉に、その場にいた全員がはっとした。
「でも…偶然では…?」
「他にあの猫に飛びつかれた方はいらっしゃいますか?私が見ていた限り、そういう方はおりませんでした。それに、宰相殿の周囲にはたくさん人間がいたにも関わらず、あの猫は何の迷いもなく宰相殿に向かって飛びついていきました。…あの男の証言はにわかに信じ難いものの、全くもって信憑性が無いと断じるわけにはいかないようです。
―陛下に申し上げます。我が国に現れた猫は全て保護した上で、実際の生態が判明するまで詳しく観察する事が、今出来る最良の対策かと存じます」
彼女の提案に反論する声は上がらず、広間は再び静まり返った。
「―分かった」
王の承諾に、思わず僕はその場で飛び上がりそうになった。
これで猫たちはしばらくの間は命が繋がった。…繋げる事が出来た。
よく観察してもらい、危険な生き物ではない事が分かってもらえば、きっとこの国の人々に受け入れてもらえる。異世界で猫が生きていく道が作れるかもしれない、そう思うと自然に涙が溢れそうになってきた。
しかし…
「では、その三匹は余の下で預かる」
思いもよらなかった王の申し出に、広間は突如として驚嘆の声に溢れた。
「な…何をおっしゃられるのですか!!」
「危険です!おやめ下さい、陛下!」
「危険だからこそ国家の君主が直々に預かろうと言っているのだ。だが…確かに三匹まとめて観るのは少し多過ぎるかもしれんな。セバスター宰相、一匹は其方に預けよう。更なる吉兆に恵まれるかもしれぬぞ」
「えぇっ!?…わ…、わ、私、ですか…?!そんな、無茶な…!」
王のとんでもない提案を突き付けられ、途端に震えあがる宰相。
「其方も一国の柱として、国民の安寧の為に責任をもって猫を保護し、観察せよ」
「しかし、陛下…」
「会議は以上だ。これよりひと月、余と宰相の元で猫なる生き物を預かる事とする。もし此奴らが人間に危害を加えるような事態があれば、すぐに護衛隊に処分に当たらせる事としよう。―そこの男、其方を猫の世話役に任命する。これより余と宰相の元で従事せよ」
「……!は、はいっ!!」
え?え?
勢いで平伏した僕だが、何かとんでもない事を言われてしまった気がする…
「―陛下!やはりお考え直し下さい!万が一の際には陛下だけでなく、コンラード殿下やシェリル殿下の御身にまで危害が及ぶやもしれないのですよ!」
諦めきれない宰相が必死に王に喰らいつく。
が、王の返事はにべもなかった。
「猫の周囲には護衛隊を配置させ、監視に当たらせる。それで良かろう。…もしかすれば余の元にも、予期せぬ幸運が舞い込むかもしれぬ」
「まだそのような与太話を…!」
「そういう与太話が、愚かな余には必要なのだよ」
王はそう一言言い残すと席を立ち、重い足取りで部屋を後にした。




